第7話 見つけた光
美琴は小さな雑貨店が多く集まる街で、スマホの地図を片手に彷徨っていた。
時間が空くと、評判のいいお店や商品を探して外回りをしている。
若い子に人気だという雑貨屋をのぞいてみると、溢れんばかりの商品が並んでいるものの、これだと思えるものはなかなかない。
たまに目を惹くものがあっても、すでに他社と専属契約をしていたりする。
居合わせたお客さんの「これかわいい」「あれ欲しい」なんて会話にさえ左右されていることに気づく。
「今日は帰ろう」
やみくもに探してもみつからないだろう。
午後から社内での予定も入っているし出直そうと駅へ方向を変えた。
お昼前の駅はゆったりとしていて好きな場所だ。朝のラッシュのように時間に追われる人は少なく、夕方のように疲れ果てた顔もない。
やってきた電車は適度に混んでいて、近くのつり革に掴まった。
乗客の服や鞄、アクセサリーに自然と目がいく。
もともと好きなものだけどそんなに詳しいわけではなく、社内資料やファッション誌で勉強しているうちに、どこの商品かすぐにわかることが増えてきた。
もう新作持ってるんだー、あのネックレス可愛いなあ、なんて乗客をさりげなくチェックしていると、美琴の数人向こう、横並びでつり革に掴まっている腕に目がいった。
七分袖のシャツから伸びた腕に、銀のバングル。マットな質感にシンプルなラインが入っているだけだけど、とても丁寧に作られていることがわかる。
きれい―――
惹きつけられるように眺めていると、電車が駅に止まり、つり革からその腕が離れた。
思わずその腕を追って、美琴も電車から降りていた。人の波をすり抜けるように速足で進んでいく銀色を、見失わないようについていく。
「待って!」
改札を出たところでその腕を捕まえた。掴んだ手首の感触ではっと我に返る。
腕を掴んだまま視線を上げると、驚いた顔をした男の人が振り返って美琴を見下ろしていた。美琴より少し年上か。黒髪に濃い黒い目が印象的だ。
「……なに?」
「あ、あの! そのバングル、どこのものですか⁉」
慌てて手を離してまくし立てる。
「なんで?」
眉をしかめてそっけない返事が来る。そりゃそうだろう、完璧不審者だと自分で突っ込む。だけど知りたい。
「あの、素敵だなと思って!」
「……忘れた」
「そんなっ…思い出してもらえませんか⁉」
「はあ?」
食らいつく美琴に、相手は心底呆れた表情だ。
美琴をよけて歩き出そうとしたところを前に回り込んで止める。
「お願いします!」
「知らねーよ」
深く頭を下げる美琴に、男の人は取り付く島もない。
「どこで買ったかだけでも!」
「覚えてない」
「いつ頃かも覚えてないですか?」
「だから、知らねーって! なんなんだよ、おまえはっ」
「颯ー! なに立ち止まってんだよ。俺一人で歩きながら喋ってたぞ。恥ずかしいだろうが!」
しばらく押し問答をしていると、別の男の人が声をかけてきた。
年はバングルの人と同じくらいだけど、こちらは短い茶髪がツンツンと立っている。どうやら二人で歩いていたところを美琴が引き留めたらしい。美琴を見て目を丸くする。
「颯の知り合い?」
「知らね。なんかついてきたんだよ」
「お引止めしてすみません! このバングルがどこのものか知りたくて」
「ああ、これ? でもどうして?」
颯と呼ばれた男の人の腕を見ながら、茶髪の人が首を傾げた仕草で美琴ははたと気づいた。
「自己紹介もせずすみません! 私、セレクトショップで働いていて……」
大急ぎで肩にかけた鞄から名刺入れを取り出し、一枚ずつ渡す。
「へえ、GROWか。美琴ちゃん、ね」
「GROWをご存知ですか?」
茶髪の人が名刺を見て顔を上げた。
「もちろん知ってるよ。センスいいよね」
「ありがとうございます!」
自分の功績ではないが、しっかりと頭を下げる。
茶髪の人は名刺と美琴を見比べ、颯と目を合わせた。
「……じゃあ、ちょっと来てみる? こたえがわかるかも」
「暁人っ!」
「はい!」
颯と美琴の声がかぶった。
満面の笑顔になった美琴に対し、颯はこれ以上ないほどのしかめ面になる。その表情に冷や汗が出るが、バングルのブランドを知りたい気持ちが勝つ。
「少し歩くよ」
「おい暁人! なに考えてんだよ!」
小声で言い合う二人についていく。
駅から続く商店街を抜けると広い公園があり、それを境に民家と町工場の混在する景色へと変わった。そこからしばらく歩き、暁人が立ち止まったのは一軒のカフェだった。
喫茶店と呼ぶ方がしっくりくるレンガ造りの建物は、アンティークな雰囲気でおしゃれだ。ドア横に掛けられた木製の看板は「BLUE STAR」と読める。
暁人が扉を開けると、ドアベルが心地よく鳴った。
「どうぞ」
扉を押さえて、暁人が美琴を招いてくれる。
「お邪魔します」
そっと足を踏み入れると、こぢんまりとした店内にはカウンター席と奥にテーブル席があり、数人のお客さんがいた。十人ちょっと入れば満席になりそうだ。
「いらっしゃいませ! …なんだ、暁人か」
カウンターの内側にいた女性が、暁人を認めるなり向けた笑顔を一瞬で引っ込めたけれど、後ろにいた美琴と目が合うと意外そうな顔に変わった。
「暁人の彼女?」
「ちげーよ。颯のお客さん」
「颯の?」
女性の表情は美琴に興味津々だ。なにか美琴に話しかけようとしたけれど、テーブル席のお客さんから声がかかり遮られたような形になった。
にこやかに応対する女性の横顔は意外に幼くて、美琴と変わらないくらいかもしれない。
「こっち来てごらん」
暁人に促されてレジ横を見ると、そこには造りつけの棚にいろんな雑貨やアクセサリーがディスプレイされていた。その中に、シルバーのネックレスやリングを見つける。
シンプルなデザインで、丁寧に磨かれる作業の様子が浮かぶようだ。さっきのバングルと同じ人の作品だと直感した。
黒い糸を通してつけられた小さなタグには、『spin・h』の文字。
「スピン、エイチ?」
「そう。紡ぐって意味と、イニシャル」
「自己紹介まだだったね。俺は村上暁人。さっきの仏頂面は、親友の浅野颯」
そして暁人は、並べられたシルバーアクセサリーを紹介するように掌を向けた。
「で、こっちが颯の作品たち」
跳ねるように顔をあげた美琴を、暁人は笑って見下ろす。
「親友の作品、気に入ってくれてありがとう」
「どうぞ」
目の前に置かれたカフェオレのグラスから、カランと氷の涼しげな音が鳴る。
「いただきます」
カウンターの空いた席に案内され、美琴は恐縮しながら暁人と並んで座った。
お昼時の店内は、ランチメニューのいい匂いが漂う。
「わあ、美味しいです」
濃くて香りのいいカフェオレは、美琴の好みだ。
「ありがとう」
にっこりと笑うと女性が手際よくオムライスを作ると、暁人が当たり前のように席を立ちテーブル席へ運んだ。
「へえ、GROWのバイヤーさんなんだ」
手の空いた女性が、手渡した名刺と美琴を見比べる。
「新しい作品を探していて、颯さんのバングルにこれだ!と思ったんですけど…」
この店の前まで一緒に来ていたはずの颯は、いつのまにか姿を消していた。
不安げな美琴に向かって女性がニコッと笑う。
「自己紹介してなかったね。私は長谷川千春。暁人と颯は幼馴染なの」
ふと千春の左手に目がいった。
手首にかかった銀色の細いブレスレット、その光り方に確信する。
「もしかしてそのブレスレット、颯さんの作品ですか?」
「よくわかったね。そう、最初の頃の作品だけどね」
手首からはずして見せてくれたブレスレットは、繊細に作られた小花が連なっていた。花びらや葉はとても細かく作られているのに、ひっかかりがなくとても滑らかな手触りだ。
最初からこんなにレベルの高い物を作っていたことに驚かされる。
「あの、颯さんの作品はどこかと契約されていますか?」
「ううん。知り合いに頼まれたり、気が向いたときに趣味で作ってるだけよ」
美琴の質問に、グラスを拭きながら千春がこたえてくれる。
とりあえず他との契約がないと知ってホッとした瞬間、美琴のスマホの着信音が鳴った。
鞄から取り出すと液晶には日高の名前。
「すみません、会社からで。ちょっと失礼します」
二人に頭を下げ、口元を手で押さえながら横を向いた。
「はい、北川…」
「おまえ今どこにいる? 何時だと思ってんだ!」
「何時って……あーっ!」
腕時計は午後一時。
咄嗟に午後の予定を思い出し悲鳴のような声をあげてしまう。
午後からの予定に合わせて乗った電車だったのに、颯を追いかけてなにも考えずに降りてしまった。
「すみません! 間に合わないので日高さんだけでお願いします!」
社内での打ち合わせに同席させてもらう予定を、きれいさっぱり忘れていた。日高がいてくれなかったら、サプライヤーを待ち惚けさせてしまうところだった。
「は? おまえ、今どこだ」
「えっとえっと……すみません、ここってどこですか?」
電話口を押えて暁人に問いかける。そういえばついて行くのに必死で、どこの駅で降りたのかさえ確認しなかった。
暁人が飲んでいたコーヒーを吹き出し、駅名を教えてくれる。
「ついでに駅から徒歩十五分、でいい?」
日高に聞こえないよう押さえたつもりが、暁人の声が聞こえたらしい。
「誰と一緒なんだ?」
「あの、新規開拓中です! すみません、また連絡します!」
これ以上やらかして颯の作品を逃したくない。誰が好き好んで頼りない新人に自分の作品を任せるだろうか。
美琴は慌ててスマホを切った。掛け直されると困るので電源を落とす。
「すみませんでしたっ」
肩をすくめる美琴に、暁人はおおらかに笑う。
「いや別に俺はいいよ。上司から? 大丈夫?」
「はい、大丈夫です!」
電話の向こうで怒っているだろう日高を思うと動揺してしまうので、一旦忘れることにする。カフェオレを飲んで気持ちを落ち着かせる。
「それで、颯の作品のどこが気に入ったの?」
美琴の動揺が落ち着き始めたタイミングで、暁人に問われて考える。
「見た目はもちろんきれいで目を惹くんですけど、それだけじゃなくて、すごく丁寧に作られていて、作り手さんの気持ちが見えるんです」
美琴は自分の気持ちそのままを伝える。通じるだろうか。
「そっか」
暁人は嬉しそうに笑った。
「こっち来て」
「ちょっと暁人? 颯、怒るわよ」
席を立った暁人に、千春が眉をひそめた。
「大丈夫だろ」
千春の声を意に介さず、暁人はお店を出て行こうとする。
「あの、あとでお支払いしますね」
千春を振り返り、それだけ伝えると美琴は暁人を慌てて追った。
再びドアベルの音を聞きながら外へ出ると、暁人が向かったのはカフェの隣の建物だった。
町工場と呼べるそこは、敷地の前に広いスペースがあり、その奥にある建物は入り口が大きく開け放されている。中では作業着姿の人が機械を操作している様子が見え、そこへ暁人は迷いもせず入っていった。
「こんにちは、おじさん」
暁人は入り口近くで機械を操作していた年配の男性に声をかけた。美琴の父親ほどの年齢だろうが引き締まった体型だ。
「おう、暁人。彼女連れか?」
「違うよ。颯、帰ってる?」
「奥にいるぞ」
「サンキュ。入るね」
暁人は軽くお礼を返すと、躊躇なく奥へと入っていく。
美琴も「お邪魔します」と男性にお辞儀をして後に続いた。
「なんだよ、暁人。かわいい子連れて」
「見せびらかしに来たのかよ」
「違うって。なんですぐそっちに結び付けるんだよ」
作業中の人たちにからかわれながら、暁人はいろんな機械の横をすり抜けて作業場の奥へとたどり着く。立ち止まった暁人の後ろから伺うと、そこには小さな機材や道具が乗った作業台に向かう颯がいた。
椅子に座り小さなナットのような金属を磨く颯は、集中しているらしく全くこちらに気づかない。しばらくしてふっと息を吐き、顔を上げた颯と目が合う。
「うわっ。なにおまえこんなとこまで入ってきてんだよ!」
颯がガタガタっと椅子を引いた。後ろが壁でなければ、ひっくり返っていたかもしれない慌てぶりだ。これは怒られると覚悟したが、それより先に暁人が割って入った。
「俺が通したの。彼女、おまえの作品のファンだって」
「あの、ファンというか」
バングルに一目ぼれしたのは確かだけど……
どう言えば伝わるだろう。しどろもどろになってしまう。
「なんだよ。俺は商売する気で作ってるわけじゃねーからな」
毛を逆立てた猫みたいな颯の言葉に、美琴はきょとんとした。颯の言葉を咀嚼するように考え、口を開く。
「売るために作ってもらおうなんて思ってないです」
首を振ってゆっくりとこたえた美琴に、わけがわからないといった様子で颯は顔をしかめた。
「店で売る商品探してんじゃないのか?」
「そうなんですけど、そういうわけじゃなくて…。お店に颯さんの作った作品を置いてもらえたらなあと思って」
颯の勢いが一瞬止まり、渋い表情になる。
「意味わかんないんだけど。それは売るためなんだろ?」
「えっと…」
口下手な上に頭の回転が速くない美琴は、説明や例え話が苦手だ。それでも必死に考える。
「絵の個展みたいなものです! 好きな絵を描いて個展開くのと同じです。売るために作るんじゃなくて、颯さんが作りたくて出来上がった物をお店に置いてもらえたらなって思っています」
自分の言葉で伝わるだろうか。日高ならどんなふうに話すだろう。
「そんな作品が、気に入ってくれたお客様の手元へ届けば素敵だなって」
「商品になるほどたくさん作れねーよ」
手のひらでナットを弄びながら颯が呟く。
「一点ものから扱っているので、一つだけでもいいんです。それにGROWでは商品じゃなく、作品をお預かりしているって思っています」
オリジナルブランドに関しては最初から商品として作っている。
だけど、個人でお店に並べてくれている人の品は、売るために作る人がゼロではないけれど、自分が作ったたった一つしかない作品をGROWに置かせてくれている人の方が多い。
一つしかないのに、GROWにならと預けてくれる。
客として通っているときにはわからなかったけれど、お店に入って品物を扱っていくうちに美琴が感じたことだ。
「なんで俺のもんを置きたいわけ?」
「颯さんが丁寧に気持ちを込めて作っているのが作品に見えるから、私なら身につけたいって思います!」
即答した美琴に、颯が目線を逸らせた。
ああダメかと、美琴は一瞬目を瞑った。
でもまだ終わらせたくない。
美琴は鞄から封筒を取り出しテーブルの端に置いた。GROWのコンセプトや案内の記された、サプライヤー向けの冊子だ。
「GROWのパンフレットです。考えてみてください。あの、またお伺いしてもいいですか?」
颯を直視できず、ずるいと思いつつ視界に入れた暁人が頷いた。
「こんなところまでお邪魔してすみませんでした。失礼します」
颯に腰から折って詫びる。初対面でいきなりずけずけと、ここまで入って来るなんてたまったものじゃないだろう。
早足で工場を出てカフェへ戻ると、千春が驚いた顔で振り向いた。
「作業場入ったの? 大丈夫だった?」
「暁人さんが通してくださったので。またお伺いします」
美琴はカフェオレ代を置くと、深くお辞儀をして店を出た。
肩を落とすように深く息を吐く。
まるで好きな人に告白して振られた気分だ。
それでもまだ諦めきれずに挑むなんて、向こうには迷惑なだけだろう。
だけど、ようやく見つけたのにあっさりとは引き下がれない。
「そうだ、連絡…」
駅までの道中、美琴は鞄からスマホを取り出した。電源を入れ直して仰天した。
「うわっ」
画面に出てきた着信履歴は十件。SNSは三通。
恐る恐る開いてみると、全部日高からだ。
着信は、美琴が電話を切った直後に立て続けて三回。三十分空けてその後七回。最終は十分前の履歴になっている。
察するに空白の三十分は美琴がすっぽかした打ち合わせだったのだろう。
SNSは、「どこにいる」「電話しろ」「なにかあったのか」。最終受信時刻はついさっき。
日高には悪いけれど、電源まで切っていてよかったとスマホを握りしめる。
こんなに鳴らされていたら、どれほど信用のないヤツだと警戒されてしまう。
元はといえば、打ち合わせの約束を忘れた自分が悪いのだけど。
駅のホームで掛け直そうとしたら、コール二回目で電車が滑り込んできた。一刻も早く社に戻った方がいいだろうと慌てて電話を切り、「今から戻ります」とSNSで返した。
電車内以外の走れるところは走って、汗だくで商品管理部のブースへ戻ると、パソコン画面から顔を上げた吉岡がにんまりと美琴を見た。
「おかえり、美琴。なにやらかしたの? 日高、えらい剣幕だったわよ」
「打ち合わせを忘れてまして」
「あー、やっちゃったわねえ」
吉岡は痛々しい顔をしつつもからかっているのがわかる。
当の日高は自席でこの上なく不機嫌な表情を貼りつけ、キーボードをものすごい勢いで叩いている。恐る恐る近づいた美琴に気づくと、日高はギロッと睨みつけてきた。
「北川! おまえ携帯の電源切るな‼ そっちから掛けておいて出た途端に切るとかふざけてんのか‼」
さっき駅のホームで掛けたときのことだ。そんな最悪のタイミングで切ってしまったのかと知る。嫌がらせだと思われてもおかしくない。
「すみませんでしたっ」
謝るしかなく、腰を九十度に折った。日高は大きく溜息をつくと、座れと美琴の席を目で制した。椅子をこちらに向け、向き合う形になる。
美琴の向かいの席からは、森谷が気の毒そうな顔でこちらを気にしている。
「約束事をすっぽかす非礼がわかるか? しかもサプライヤーにお越し頂いてるんだぞ」
「はい。本当にすみませんでした」
「次はないからな。自分の予定をしっかり把握して動け」
「はい」
テンション高く怒鳴られるより、トーンを落として噛み砕かれる方がきつい。 失念した自分の能力の低さが恥ずかしい。
次からは絶対に予定を確認してから動こう。
「自由に動いていいとは言ったが、連絡が取れなくなるようなことはするなよ。勤務時間内は、どこにいるか常に連絡して来い」
「わかりました」
「で? 新規開拓はどうなったんだ?」
美琴にも日高が切り替えたことがわかった。お説教モードが消えホッとする。
「あの、シルバーアクセサリーを作る方にお会いしました」
「アクセサリーか。どこかの店で? 工房か?」
「いえっ。電車の中で偶然見つけて…」
偶然同じ電車に乗り合わせた颯の腕のバングルに惹かれたところから説明をしていくと、日高の顔がどんどん渋っていく。
一緒に聞いていた森谷もあんぐりと口をあけて聞いている。
颯の工場でのやりとりまで話すと、目を閉じた日高が右手を自分の額に当てた。
「おまえなあ、そんなヤツに普通ついて行くか?」
「えっ、でも。逃したらもう会えないかもしれないじゃないですか」
「いや、日高さんのいう通りだよ。結果なにもなかったからよかったけど、どこかに連れ込まれたりしたかもよ」
向かいから森谷まで日高に加勢する。
「そんなことあるわけないですよ!」
思いもしなかった方向から注意を受けた美琴は、暁人や颯に失礼な気がして反発した。
二人がため息をつく。
「おまえが考えもしないような行動に出るやつだっているんだ。女子なんだからもうちょっと想像しろ」
日高の声や表情は心配しているものだと気づいて、美琴は不本意だが言葉を返せなくなった。
「すみませんでした。気をつけます…」
さっきから謝ってばかりだ。謝罪の言葉を口にするたびに、自分がどんどん小さくなっていく気がする。
「それで? そのアクセサリーは販売してるのか?」
日高の声色が通常になった。それだけで美琴の気持ちはほんのすこし浮上する。
「知り合いに頼まれたら作っているだけで、他所との契約はしていないそうです。気が向けば作るってスタイルで数は作られていないですが、すごく丁寧なつくりでデザインも素敵でした」
「写真は?」
「撮っていません。というか、許可を言い出せなくて。受け入れてもらうまでにちょっと時間がかかりそうです」
あの颯の尖った空気に、写真を撮らせて欲しいとはとても言い出せなかった。
「そうか…。まあ、おまえがいいと思える物ならアタックしてみろ」
日高はさっきの剣幕が嘘のように穏やかな顔を見せた。
「はい! 初めてお店に置きたいと思える作品だったので、がんばってみます」
「ブランド名はあるのか?」
「spin・hです」
日高が一瞬難しい表情を浮かべた。有名な名前じゃないとダメなんだろうか。
「いけなかったですか?」
「ああ、いや。次は俺も行こうか?」
「いえ、まだ全然壁を崩せていないので、一人で行ってきます」
契約内容の説明まではとてもたどり着けそうにない。
「そうか。しっかりやってこいよ」
はい、と頷くと、日高は椅子を机に向けていつもの仕事に向かう表情へ変わる。
美琴はどことなく不自然な日高の様子が気にかかった。
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