鬱病編 三学期の私
年が明けて新学期の時期が来た。もしかしたら行けるんじゃないか、そんな淡い期待はあっけなく打ち砕かれる。それでも、三学期は一度だけ学校に行ったことがある。勇気を出して一歩踏み出して、部活の朝練から参加した。みんな驚いていた。
「まひろが来た!久しぶり!」
「久しぶりー。」
行ってみるとわりと普通で、練習メニューがわからないのが苦痛なくらいだった。
「それ、どうしたの?」
朝練終わり、手を洗おうと袖をまくった時
ちらっと傷が見えたらしい。私は内心慌てて、それでも顔に出さずに笑った。
「やー、猫に引っかかれちゃって。」
「あぁ、まひろの家猫も飼ってるんだっけ?」
「そう、黒猫。可愛いけど引っかくんだよね。」
我ながら苦しい言い訳だと思った。きっと友達も感づいていただろう。朝練から参加したのは、友達と一緒に教室に入れるからだ。教室に入ると、案の定クラスのみんなも驚いた。
「え、まっひー?嘘、幻覚?」
「あはは、幻覚じゃないよー、本物!」
普通なふりをした。普通に笑った。けど心は笑えなかった。注目を浴びることが嫌いなわけではない。けれど、今だけは私を見ないで、そう思った。地獄だったのはお昼の時間だ。班の形になって昼食をとる。仲のいい子達の話し声、私は班に仲のいい子がおらず、喋ることなく黙々と食べていた。といっても、食事は喉を通らず、ほとんど残した覚えがある。居心地が悪かった。みんなに好奇の目で見られている気がしてならなかった。
ーー怖い。怖い。怖い。
具合が悪くなって、午後の授業は受けずに早退した。そしてまた、行かなくなった。あぁ、私、本当に行けないんだ。行かないんじゃなくて、行けないんだ。
三学期が終わった。明日から春休みだ。その日は学校に行かなくてはならなかった。プリントと通知書を受け取りに、生徒が帰った後に父と行く約束をしていた。
「無理そうなら先生が行くけど。」
担任はそう言ってくれていた。それでも私の方から行くことにしたのは、それくらいなら行けると本当に思っていたからだ。約束した時間は十六時頃だったか。その時間が近づくにつれて、怖くなってきた。
ーー今から学校に行くんだ。行きたくない、逃げ出したい。……海が見たい。父が連れて行ってくれた、江ノ島の海が見たい。
なぜそうなる、と自分でも思う。それでも当時の私は真剣だった。相模原から自転車で江ノ島まで行こうとして、誰にも言わず家を出た。時折携帯(当時はガラケー)の地図を確認しながら、とりあえず大まかにこっちだろうという方向に足を動かした。二時間くらい経っただろうか、完全に迷子だった。約束の十六時はとうに過ぎていた。あとどれくらいで着くのかもわからない。父から数件の不在着信が来ていた。コンビニに自転車をとめて電話に出る。
「どこにいるの?学校行きたくなかった?だったらそう言っていいんだよ。」
「わかんない。海が見たくて、でも迷子になったっぽい。」
結局車で迎えに来てもらって、車の中に自転車を乗せて帰った。突然いなくなった私に、誰も何も言わなかったのは、気遣いだったのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます