重役会議
港都大学のエレギオン発掘調査への協賛問題はコトリ専務の手によって重役会議にかけられましたが、社長の関心を大いに引くことになりました。まずは学術的に価値が高い事業であるとしたいですが、会議では本音で語られますから、学術的価値が高いのは単なる必要条件です。
社長が気に入ったのはエレギオンに関わる事業である点です。エレギオン・ブランド自体は宣伝不要で世界の大富豪が群がります。そういう意味で宣伝は不要みたいなものですが、だからこそストレートな売名行為に見られにくい点を高く評価していました。
一方でエレギオンが超どころでない高級ブランドであるのが広く周知されれば、それを取り扱っているクレイエールのイメージが自然に上がります。つまりエレギオンとクレイエールの結びつきをアピールする機会になる点です。この辺はまだ計画段階ですが、クレイエール・ブランドから高級品部分を独立させる案があり、高級イメージとしてエレギオンの利用が有用との判断です。
「小島君、もう少し盛り上げる案はないかね」
「テレビ局とのタイアップは効果的かと」
いわゆる同行取材によるドキュメンタリー番組の作成です。これも出来れば二回に分けて行い、一回目はエレギオンの基礎知識編を中心とした紹介番組、二回目は発掘ドキュメンタリーです。これについては広告部長が検討に入るとしました。
「もう一つの問題だが、肝心の発掘調査だが、成果無しでは困る」
「その点はご安心ください。必ず成果をお見せできるとお約束します」
「えらい自信だが、この手の発掘調査では、なかなか目に見える成果は出ないものだが」
「そこで社長にお願いがあります。現段階では協賛となっておりますが、これを主催にして頂けませんか」
「どういう意味だ」
「わたしに調査隊長の権限を与えて頂きたいのです。そうすれば間違いなく成果があげられます」
「なんだって、小島君が行くと言うのか!」
この時には会議室に動揺が広がりました。議題としては比較的平和な文化事業だったはずなのに、ナンバー・スリーであるコトリ専務の進退問題にも関わる話に発展してしまったからです。コトリ専務はその明らかすぎる実績と、卓越した手腕。さらには厚い人望から、綾瀬体制が始まったばかりだと言うのに、次期次期社長、下手すれば次期社長だって可能性はあると見られています。これをこんな文化事業で進退を懸けかねない立場になるとは、どう反応したら良いかわからないぐらいでしょうか。社長も、
「私はこんな件で君の経歴に傷を付けるようなことはしたくない」
「仕事にこんな件もあんな件もありません。社長が文化事業に前向きなのは存じておりますが、これは慈善事業ではありません。社の宣伝戦略の一環であり、投資した費用は回収されなければなりません」
「それはその通りだが・・・」
「エレギオン発掘事業への参加は言い換えれば、社長の構想の一つである新たな高級ブランド設立のための広告事業の一環になると解釈しています」
「そういう点は期待しておる」
「期待ではなくそれが目的のすべてと見るべきかと。その要が発掘事業での成果です。成果がなければ無駄カネとして消えていきます。逆に成果があれば社長の構想の新事業に非常に有用であります。成功を確実にするには投資が必要です」
社長は少し考えてから、
「港都大学の発掘計画では成果を期待できないのかね」
「私も計画書を確認しましたが、あれでは成果は期待できません。発掘計画の変更が必要です」
「どうしてそれがわかるのかね」
ここで小島専務の微笑みは今までにない凄味を見せました。
「それは私が天使であるからです。計画を変更するには発掘プロジェクトの主導権を握る必要があります。もちろん、それに伴い費用も大きくなりますが、責任は専務である私がすべて取ります。どうか協賛から主催への変更をお願いします」
「小島君が天使だからが理由だと・・・」
「そうです。まさかお認めにならないとは仰らないでしょう。私は最終報告書を見れる立場の人間であり、なおかつ調査対象になった人間です。私は自分がどういう人間か、どういう扱いをされているかもよく存じております。まさか社長は私が気づいていないとでもお思いでしょうか」
会議室の空気は一変し、誰もが息苦しい思いになっています。社長と専務の議論に唯一立ち入ることが出来る高野副社長でさえ、なにも発言されません。そこにシノブ常務が、
「社長、よろしいでしょうか」
「なにかね結崎君」
「わたしは小島専務の意見を支持します」
ミサキも弾かれるように、
「わたしも小島専務を支持します」
三女神がコトリ専務の意見を支持したことで会議室の空気が異様なものになります。社長は苦渋の表情で、
「どうしてだ、どうして小島君はそこまでのリスクを負うのだ。君がどれだけ有能かはよく知っているつもりだ。君が手がけて成功しなかった事業はないのも良く知っている。だが考古学など門外漢も良いところではないか。そんなバクチみたいなもののために、君を失うわけにはいかないのだ」
コトリ専務は、
「私は歴女の会です。考古学の素人とは少し失礼かと。それとエレギオン研究ではおそらく世界で一、二を争うものと自負しております」
「港都大の古橋教授よりもか」
「あの程度は話にもなりません。それともう一人頼りになる人物も同行します」
「誰だ」
「私と世界一を競える唯一の人間です。この二人で成果が上げられなかったら、世界中の誰が発掘しても成果は上げられません。ご安心ください、成果は必ず上がります」
その後も社長はコトリ専務に翻意を促すように説得を続けましたがついに、
「わかった、すべて小島君に一任する。予算も小島君が望むままに出来るだけ考えよう。これが私に出来るせめてもの好意だ」
「社長、ありがとうございます。後は吉報をお待ちください」
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