寄附講座

 ボクは港都大考古学部古橋教室の天城茂です。この古橋教室なのですが、前教授が桐山先生、前助教授が曽我先生でした。だからどうしたと言われそうですが、キリヤマ、ソガ、フルハシ、そしてボクのアマギといたものでウルトラ警備隊と呼ばれた時期もありました。アンヌがいなかったのは遺憾とします。そういえばモロボシ・ダンもいなかった。

 エレギオン発掘計画へのクレイエールからの返事は、古橋教授もボクも喜ばせると同時に困惑させるものになりました。クレイエールの担当責任者は、やはりあの小島専務です。


「クレイエールにとってエレギオンは宝です。これの発掘プロジェクトに関われることは名誉と弊社は考えております」


 そう言われて小島専務は発掘プロジェクトへの全面協力を申し出てくれただけではなく、ボクたちの望んでいた協賛金のザッと十倍以上の資金提供を約束してくれました。これを聞いた瞬間に内心だけでなく実際に飛び上ってしまいました。隣に座っていた古橋教授は椅子から転げ落ちてましたし、お茶を運んでいた相本主任は床にぶちまけてました。それぐらい嬉しかったのです。

 エレギオン研究は先代の桐山先生から続く古橋研究室の長年の夢です。エレギオンについての資料はあきれるほど少なく断片的です、エレギオンの故地の比定は難題なんてものじゃなかったのですが、古橋教授がバクチのように行った予備調査で、ついにエレギオンの名が刻まれた粘土板を見つけたのです。

 そこを掘ればエレギオンが眠っているはずと確信しましたが、発掘の資金は底を尽いています。いや、あの予備調査のための資金も古橋教授が自宅を担保に入れて作ったもので、もう逆さに振っても鼻血も出ないぐらい研究室にはカネはありません。

 発掘にはカネがかかります。それを海外で大規模で行うとなると目も眩むような費用が必要です。エジプトで成果を上げられている早稲田の先生も資金調達には悪戦苦闘されています。エジプトにくらべて超マイナーで、有名人教授もいない古橋研究室では無謀すぎるプロジェクトだったのです。もちろん協賛金集めにかけずり回りましたが、そこでの反応は


『エレギオンって食べられるの』


 たしかにそうなるのは理解はしますが、見果てぬ夢と挫けそうな気分で落ち込むばかりでした。そんな時にクレイエールのジュエリー・ブランドにエレギオンがあるのを知りました。調べてみると伝説のエレギオンの金銀細工師が神戸で工房を開いているというではないですか。これについては妹がジュエリー関係の仕事をしているので詳しかったのですが、


『兄さん、あれは正真正銘のエレギオンよ』

『そんなに凄いのか』

『誰も見たことがないぐらい凄い』


 どういうことかと聞くと、エレギオンの名を冠して売り出される作品は極めて少なく、売り出されると世界の大富豪が群がって青天井のオークションになって消えて行くそうです。そこで一縷の望みをかけてお願いに行ったのです。ただなんですが小島専務からは条件が付けられました。


「一回目の発掘調査で成果を出すこと」

「テレビ取材の同行を許可すること」


 テレビ取材はOKでしたが、確実な成果の点では学者の良心として言葉を濁さざるを得なくなります。トドメは、


「今回の発掘プロジェクトは弊社の主催にして頂き、港都大学は協力の立場になって欲しい」


 これについてはさすがの古橋教授も即答できませんでした。聞くとクレイエール側が発掘団長の地位を占め、発掘作業の指揮権を握ると言うからです。ここも話を単純化すると現地に行ってどこを掘るかを決める決定権はクレイエールが握りたいとのことです。

 小島専務のエレギオン知識については驚かされるものがあります。驚かされると言っても、小島専務の言ってることが正しいか与太話なのかを判断する知見さえないのがエレギオン学なのです。それでもあの粘土板の解釈は、後日になって解読が進むほど小島専務の読みが正しいとしか考えようがありません。

 小島専務の提案は、現地にも小島専務が赴き、小島専務が指定する場所を古橋教室が掘るとするものです。日本の、いや世界を見てもエレギオン学で最高水準を自負している古橋教室がいくら詳しいとはいえ素人の意見に従うのはさすがにというところです。古橋教授と何度も協議しましたが結論としては、


「呑まざるを得ない」


 これだけの好条件の発掘の機会は二度と訪れないだろうとしか思えなかったのです。それと発掘場所の選定にしても、結局のところ賭けみたいなものです。今回よりももっと情報の多い時でもハズレる時はハズレます。古橋教授はあの小島専務の不思議な知識に賭ける決断をされました。研究室を訪れた小島専務は、


「苦渋の御決断と存じます。弊社は貴研究室の誠意に必ずお応えします」


 寄付講座を設けて頂きました。特任教授にボク、そしてこれは小島専務からのとくにの要請だったのですが特任准教授に相本君の指名がありました。寄付講座名はエレギオン学なんですが、目的はズバリ発掘プロジェクト準備室です。相本君はクレイエールとの連絡係的な役割を担ってもらってます。

 発掘プロジェクトとなると様々な物品の調達準備が必要です。いわゆる事務作業なのですが、これについてもクレイエール総務部が全面協力して頂きました。香坂部長も若く見えて仕方がないのですが、逆にいえばあの若さで部長、これも後で聞くと副本部長兼任の重役と聞いて目眩がしそうになりましたが、実に手際が良く準備を進めてくれます。それこそ痒いところを見つけだしてまでの準備が進められます。

 相本君と小島総務が行っているのが発掘場所の選定作業の再検討です。この相本君から小島専務の会社での様子を聞いています。小島専務は実質的に会社のナンバー・スリーであり、次期次期社長どころか、下手すると次期社長も噂される実力者であることです。この辺は専務の肩書で理解できますが、年齢がなんと四十五歳。ボクとあんまり変わらないのです。腰を抜かしたというか魂消ました。

 伝説のエレギオンの金銀細工師はマルコ氏と言うのですが、奥様がなんと総務部長の香坂氏。香坂氏も総務部長にしては若すぎるというか、どう見たって二十代前半にしか見えないのですが、お子様が二人おられて三十歳。もうどうなってるか理解不能状態ですが相本君は、


「教授、会社を訪れた時に小島専務の部屋に行く途中でちょっと迷いまして、制服を着た若い女性社員に道案内をお願いしたのです。とても親切に案内して頂いたのですが、これがなんと結崎常務で、年齢が三十五歳と聞いてビックリ仰天しました」


 もっともクレイエールの女性社員がすべて異常に若く見える訳でなく、小島専務、結崎常務、香坂部長の三人だけでクレイエールでは三天使と呼ばれて、若さと美貌はもちろんのこと、その卓越した仕事ぶりから全社員の信望を集めているとのことです。相本君は、


「とにかくその三人の仕事ぶりは伝説的なようで、見た目の若さに見逃しそうですが、実年齢でも異常な昇進を遂げられています。普通に考えて三十代で重役なんてあり得ないからです」


 エレギオン発掘プロジェクトの社内での評価も相本君は教えてくれたのですが、


「とにかく小島専務が進んで担当責任者になられたと言うだけで、必ず成功すると誰もが確信どころか、疑いすらしていません。むしろ我々が余計な口を挟んで小島専務の邪魔をしないか心配しているぐらいです」


 問題のエレギオン学の知識ですが、


「教授も良く御存じの通り、エレギオン学は殆ど何もわかっていないに等しいものがあります。ですから真偽を確認する方法がないのですが、私が感じるところでは、まるでエレギオン時代を実際に見て知ってるぐらいの話し方をされます」

「相本君、断片的にも根拠が付けられる部分はあるのかい」

「それがなんとも」

「では妄想?」

「そうとは言い切れないのです。我々の知識を否定される事も多いのですが、否定の仕方が、なんていうか非常に論理的なのです。論理的はおかしいかもしれませんが、先ほども申し上げた通り、現場目撃者の臨場感が溢れすぎているのです」


 具体的な例をあげると、古代エレギオンが滅亡し、シチリアに移った経緯です。我々はカエサルの手によって滅亡したと考えているのですが小島専務は、


『カエサルを名乗り、ローマ軍団に見える軍勢は来たが、あれはカエサルではない。なぜならエレギオンが滅亡したのはゼラの戦いの前、ファルサルスの決戦の後。カエサルがアレキサンドリア戦役を終わり、クレオパトラとエジプトで遊んでた時期だから』


 我々はゼラの戦いの後と考えていましたが、


『とりあえずの証拠は内乱記。これを否定しては学者さんは困るんじゃないかな』


 こうやって相本君はあしらわれてしまったようです。相本君も頑張ってローマ軍団に見えてローマ軍団じゃない軍勢なんてどこから出現したのかと聞いたそうですが、


『ガラティア王のデイオタルスですよ。デイオタルスはポンペイウスのために軍団を作ってるでしょ』

『第二十二軍団です』

『相本さんは端折られたけど、第二十二軍団はこの時点では存在しないわ。ドミティウスはガラティア王国軍とデイオタルスから献じられたデイオタリアナ軍団を率いてフェルケナス二世と戦い大敗するじゃない』

『そしてドミティウスはアンチオキアに逃げ込みカエサルがエジプトに来るまで逼塞を余儀なくされた』

『そうなんだけど、ゼラの戦いにデイオタリアナ軍団は参加するのよ。誰が大敗したデイオタリアナ軍団を再編したのかしら』


 つまりカエサルが来るまでの間にデイオタルスが軍団を再建したと主張されています。その軍団の再建のための軍資金集めのためにエレギオンが襲われたとしています。相本君は、


「ガラティア王デイオタルスがデイオタリアナ軍団を作ったのは確かだし、ファルサルスの戦いの後にカエサル軍のドミティウスが率いたのも史実です。さらにフェルケナス二世に大敗し、ゼラの戦いに参加したのも史実です。小島専務の主張に無理はありません」


 ボクも穴を指摘する事は出来ませんでした。例の粘土板の文字の解読も相本君は驚嘆していました。


「小島専務の主張では、古代エレギオンの言語の源流はシュメール語だそうです」

「その点は我々の見解と相違はないが、シュメール語では読めない部分があるのも事実だ」

「その点について、小島専務はシュメール語といっても方言はあり、エレギオンが話していたのはシュメール語のアラッタの言葉が源流としています」

「小島専務はエレギオンがシュメールのどこから来たかも知っておられるのか」

「そうとしか思えません。それだけでなく、時代が下るにつれて文字は変化し、滅亡時にはアルファベット表記に近いものになったとされています。ですから、文字を見ればいつ頃のものかの特定は可能とされていました」


 相本君が小島専務がまるでエレギオンに実際に住んでいた感触がするというのが理解できる気がします。


「小島専務は粘土板に記された文字を示しながら、同じ表現がこう変わっていったとの変遷を具体的に説明されました。それは現段階では信じるしかないのですが、私には間違ってるとは思えませんでした」


 さらには政治形態、国民の生活の様子などもまるで見た者にしか話せないレベルで具体的に説明されるそうです。今や相本君も必死になってメモを取り、それを持ち帰ってボクだけではなく古橋研究室でも信憑性の検討に懸命です。古橋教授も、


「なんの根拠もないと言えばそれまでだが、小島専務の話は妄想と片づけるには余りにも具体性に富み過ぎており、わずかに知られている情報と矛盾する点は殆どない。いや、我々が持っている情報と言っても伝聞の果てみたいなレベルだから、すべて小島専務の主張が正しい可能性すらあり得る」


 ボクももちろんですが、古橋教授、さらには研究員も相本君が小島専務から聞きだしてくる情報に興奮状態です。もし小島専務の話が真実なら謎に包まれたエレギオン学は長足の進歩を遂げるかもしれないからです。ただ残念なのは、


「小島専務はとにかくお忙しいのです。これは会社の重役ってあれほど忙しいのかと感嘆するぐらいです。小島専務に取ってエレギオン発掘プロジェクトに割ける時間は限定的で、私が週二回、一時間程度お話させていただくのも、相当な無理を重ねられているのは嫌でもわかります」


 問題の発掘地点の選定ですが、


「小島専務は予備調査が行われたところは都市の外縁部にあたるとしています。ですから、あそこを掘っても住宅遺跡が出てくるのが関の山とされております。小島専務が見つけたいとしているのは女神の神殿とされています。エレギオンは神政一致の政治形態で、中心となるのは女神の神殿になります」

「エレギオンの政治形態がそうであったらしいのは我々の見解と一致するが、王宮はどうなんだ」

「エレギオン王は世襲でなく女神の指名で選ばれるそうです。権限は名前こそ王ですが、実態的には官僚のトップぐらいで、王宮とされるところは行政府に過ぎないそうです」


 相本君というか小島専務の話によると、女神の神殿は当初は丘の上にあり、滅亡時には都市の一番北側、最初の神殿があった麓に位置したそうです。後から出来たものを大神殿、最初の神殿は本神殿と呼ばれたそうです。


「小島専務は地上部分の建物は破壊にあって何も残っていないとしていましたが、どちらの神殿にも地下部分があったそうです」

「そこは残っている可能性があるのか」

「小島専務は残っている可能性は高いとは仰いましたが、とにかく滅亡から二千年ですし、破壊がどれほど徹底されたのか見ていないので、後は掘ってみないとわからないとされてました」


 まあ、そうなんですが、女神の神殿跡が発掘されただけで大ニュースになるかもしれません。というか、クレイエールはそこに絞って盛り上げる企画を進めています。ん、ん、ん、何か引っかかる。


「相本君、小島専務は『見ていない』と仰ったのか」

「教授も気づかれましたか。小島専務の口ぶりは建国から滅亡まですべて見ているが、滅亡時の様子は見れなかったと」

「それはシチリアに移住のためにエレギオンにいなかったからとか」


 ボクも考えこんでしまいました。小島専務のエレギオンについての話はその場、その場に居た人間しか話せないことばかりです。それも政治の中枢にいなければわかりようもない内容です。

 それだけでも理解不能なのです。荒唐無稽ですが、タイムトラベラーみたいなものが頭に浮かんでしまいます。ただ荒唐無稽のタイムトラベラー説でさえ、あれだけの長期間の物事を見知ると言うのは不可能にしか思えません。謎ばかり深まるところです。

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