第4話 これが、モンスタークレーマー?
クレイモアモンスターか。そういえば死霊魔術師の洞窟を攻略したときに、動き回る両手剣そのものに襲われたことが有ったな。あれは強敵だった。
今、受付前でよくわからない利害の一致を語っているあの男がクレイモアモンスターなのか?背中にバッグを背負ってはいるようだが、大型の剣を持ち歩いているようには見えない……
マユカが一旦肩を落として落胆した様子を見せたが、直後、気を取り直して”モンスターの男”のに近寄り声をかけた。
「お客様、困ります。迷惑ですからもう来ないで頂けますか。」
「あ、まゆたん!もう来てくれたんだぁっ、ナース服も良いねっ!でもちょっとスカート長いかな。やっぱりボクは萌え萌えフリフリなメイド服が良いなあぁ~」
マユカに声を掛けられた男は振り返ると途端に破顔し、表情を崩す。なんとだらしない顔だろうか。よだれ垂れているぞ。
羞恥からか怒りからか、マユカは頬を少し赤らめる。
「ですから、以前も言った通り、あれは一週間だけの臨時のお手伝いなんです!もう二度とメイド喫茶なんかで働いたりしませんから、そういうのやめて下さい。訴えますよ!」
「おっ、良いねぇそのツンツン態度!まゆたんはそういう強気なカンジがまた萌えるんだよね!まゆたんだけはボクの辛さ、解ってくれているんだもんね。……じゃあお店じゃなくても良いからさ、今夜ボクの家においでよ。可愛いフィギュアコレクションを見せてあげる。まゆたん絶対喜ぶよ!デレるのは家に来てからね、ね?」
そう言って男は奇妙に腰をくねらせる。奇怪な生態だ。会話が成立していない。
なるほどこれは確かにモンスター化の寸前かもしれない。焦点の定まらないこの男の目は、既に魔物になりかけていると思われる。……しかし、クレイモア(両手持ちの剣)は持っていないのか?
男が俺の方、というか俺のすぐ隣に居るマユカに向かって歩み寄ってきた。
「まゆたん、あああ会いたかったよおぉう。まゆたんも俺に会いたかったんだよね。いつも『もう帰っちゃうの?』って言ってくれてたの、ボク忘れてないからね。うんうん、怒った顔もかーわいいぃーっ!」
喋りながら男はマユカの目前まで一気に詰め寄った。
近寄ってきた男からツンと酸い臭気が漂う。ああ、このニオイには記憶が有る。そうだ、オーク達の巣を制圧したときに、あいつらから漂ってきていたニオイだ。
俺が臭気に一瞬たじろいだ瞬間、男はいきなりマユカの手を取って両手で握りしめた。
マユカの腕や首筋に鳥肌が一気に立つの様子が視界に入る。彼女はひっ、と小さく呻くとそのまま硬直してしまった。一種のスタン(麻痺)状態だ。
一瞬の静寂。そして。
ぱしっ。
乾いた音が響いた。
「看護師のお姉さん、嫌がっているでしょ?」
ジュリの声だった。
男の手首をはたくと、その汗ばんだ手はマユカの手から離れた。
「ああん?なんだこのガキは?ボクはロリ趣味は無いんだよ。なんでこんな生意気なガキに邪魔されなきゃいけないんだよ。もういい。もう、行こうよ。……ね、まゆたん?」
「あ……あの、私、嫌なんです。……ご、ごめんなさい」
マユカが後ずさりしながら先ほど男に握られていた自分の手を擦り、膝を震わせつつ小さな声で詫びの言葉を告げると、男は笑い顔とも泣き顔ともつかない表情で、背負っていたバッグから何かを取り出した。
取り出したものは――やはりそうか。刃物か。
「やっぱそうなんだ、まゆたんさえもがそうなんだね。ひゃあはは、やっぱりボク、誰からも愛されないんじゃん。だよね~、そうだよね~、わかってたよ、ボクなんて誰からも必要とされてないんだ、うひゃぁあははははは……」
刃物を持っていたのは想定通りだ。肉切り包丁のようだ。あれをクレイモアと呼ぶのは随分と貧弱だが、切れ味は良さそうだ。無防備な女・子供を殺傷するにはこの程度の刃渡りで充分だ。
ところどころ声を裏返しつつ男が叫ぶ。
「モう、もういイや。もうどうナっても!」
手に持った刃渡り20~30cm程の包丁を振り上げて、男は再びマユカに歩み寄る。
マユカは俺の傍らで膝を震わせていた。今にも膝が崩れ落ちそうだ。
つい先ほどは威勢が良かったジュリは、すでにへたり込んで床に崩れ落ちていた。
刃物にはこういう効果が有る。殺傷力もあるが、それ以上に、威嚇の効果も大きい。
腕力も技術も無くても、簡単に生物を傷つける事が出来る。ちょっと触れただけで出血を可能とし、素手と比べると遥かに容易に一生消えぬ障害や傷を与えてしまう事ができる。
刃物を人間相手に使うということは、医療行為などは例外として、相手に対する残酷な攻撃を行うという宣言に等しい。
ゴブリンがショートソードを持っただけで、一般人にとっては充分脅威なのだ。俺も冒険者になりたての頃はだいぶ苦戦した。
熟練の冒険者にとっても、刃物は注意しなけれればならない危険物なのかかわらない。
この刃物男をこのまま放置してはおけない。
先ほどのジュリのように、ただ男の手をはたいて刃物を取り落とさせるだけであれば難しい作業ではないが、その為に負うリスクが大き過ぎる。ほんのちょっと切りつけられるだけでも大損害なのだ。
先程までざわざわとしていた周囲は少しずつ静まった。
すぐに喋る者は居なくなった。
空気が張り詰める。
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