第3話 ここにもモンスターが居る?

 ようやく事態が呑み込めて来た。

 そうか、”転移”の魔術が暴走して、俺はこの、マナ――自然界の魔力が存在しない場所、いや、この世界に飛ばされてきた、ってワケか。どおりで。

 異空間・異世界に敵を封じ込めるという魔術の存在も聞いたことがある。場所が違うだけではなく、どうやら世界が違うという事なのだろう。


 もう一度体内の魔力の流れに意識を集中する。体内の魔力は確かに流れている。術式も覚えている。しかし、何度試してもやはり指の軌跡は空中に残らない。空中に術式を描く事ができない。


 転移のアミュレットは破損し、マナも無い。転移魔術の術式を記憶はしているが、これでは転移魔術をもう一度発動する事はできない。元の場所に戻る事が出来ない。


 なんてこった……。

 魔王軍との一大決戦を間近に控えていたのだ。

 俺の冒険仲間はホーナーをリーダーとし、「勇者一行」とも呼ばれる目覚ましい活躍を重ねている。

 勇者ホーナー率いる俺達のパーティを筆頭に討伐軍の精鋭が集まって、物資を輸送するための貨物ゴーレムが次々に到着していた。決戦の準備は整いつつあった。


 あいらの事だ、俺が居なくても討伐軍の先陣を切って魔王の居城に乗り込もうとするだろう。とは言え、いかに勇者一行といえど酷く苦労するのは火を見るより明らかだ。

 またあの魔界の獣はきっと現れる。ここでのんびり療養している訳にはいかない。


 手前味噌ではあるが、王国内の魔術師のうちで、俺より実力のある者は多くは無いという確信がある。それだけの経験を重ねてきたという自負も有る。

 仲間達の役には立っていたつもりだ。俺の魔術によるサポートが無ければ、魔王の居城で跋扈する魔法生物どもと戦って無事では居られないのはもうわかりきっている。物理攻撃が効かない敵も多く居るのだから。ホーナーは頼ってくれていた。


 救われるべき人がいた。

 許し難い理不尽があった。

 戦うべき敵がいた。

 変えるべき世界があった。

 頼ってくれる仲間がいた。

 そして俺にやれる事があった。……が、今はそれら全てが無い。


 今、ベッドの傍らにいる三名に現在居るこの場所について聞いてみたが、聞いたことのない地名だった。そんな見知らぬ土地にまで転移されてしまったのだろうか。

 まずは今いる場所を把握したい。何処かに世界地図くらいは有るだろう。


 包帯や固定具が取り付けられていたものの、ベッドから降りて立ち上がる事はできた。身体各部、とりわけ左足が強く痛むが堪える。


「あっ、まだ急に動いてはいけません。骨折は無くても何か所もヒビが入っているんですよ。筋繊維の損傷や出血・内出血も有ります……ああんっ、駄目ですってば!」


 吉野真由香――マユカが俺の袖を掴んで止めようとした。

 いくら俺が屈強とは言い難い魔術師だとは言え、彼女の白く細い手指でそうそう制止しきれるものではない……振りほどこうとしたところ、左足に負荷がかかった。強烈な痛み。力が入らずバランスを崩してしまう。


「おおおお兄ちゃんあぶあぶあぶななななぁっ!!!」


 長峰樹里――ジュリが慌てて俺の身体を抱きとめようとする。そんな華奢な小さな身体で俺を支えようとしても一緒に倒れてしまうのが関の山だ。

 ジュリを押し倒して彼女の発育充分とは言い難い細い身体を押し倒してしまう可能性が頭をよぎる。


 ……が、その予想は外れた。

 倒れそうになる寸前、俺の身体の下に松嶋翔太――ショウが潜り込み、片膝を床につきながらも支えてくれていた。

 まだ少年の体つきである割に、意外な力強さだ。単純な筋力というより、強靭な体幹を持っているという事がわかる。そういえば、冒険仲間の叙勲騎士ライアーがこんな感じだったな。


 ショウの肩に寄りかかり、支えられつう礼を言う。


「ありがとう、君には助けられてばかりのようだな。」


「あ……い、いえ、僕じゃなくて、本当に頑張ったのはこここちらの看護師さんですから、ぼ、僕なんてそそそんな別に……」


 謙遜するショウと、看護師と呼ばれた女性――マユカとを見比べる。

 にっこりと優しく微笑むマユカ。見ているだけで治療の加護効果が現れそうな実に魅力的な笑顔であるが、ショウはその表情を直視できないようだ。

 軽く頬を染め少し昂揚しているのが見て取れた。なるほど、大人の女性に対して照れているのか。これはまた純情な少年だ。


「お兄ちゃん、無理しちゃだめだよう。ほら、松葉杖有るから、歩くときはこれ使ってね。でも焦って歩かないほうが……」


 残念ながら人違いではあるが、本気で身を案じてくれているのはわかる。こんな良い妹を持った”長峰明日斗”という奴は幸せ者だな。

 ここで綺麗な女性と可愛い女の子、それから真面目そうな少年に世話になりながら安静にしていれば、程なくして身体も治癒するだろう。それは幸せな時間かもしれない。……だが、それで良いのだろうか。


 外に出てみたい、とマユカに告げた。

 白衣に身を包んだ美女――マユカは一旦俺を見つめた後、一瞬遠くを見るような表情になった。何かを思い出すかのような目。

 短い逡巡の後優しく微笑んで、言ってくれた。


「そうね。リハビリがてら、外の空気を吸ってくるのも悪くないかもね。……でも無理はしないで」


 ジュリから受け取った松葉杖をついてベッドの有った白い部屋から廊下に出てみた。


 長く、綺麗に磨かれた廊下に、先程居た部屋と同じような部屋の入り口が並んでいる。大きく、非常に高度な技術をもってつくられた治療施設だ。

 いつの間にこのような施設が作られていたのか。あちこち旅を重ねて見識を広げたつもりではあったが、まだまだ知らぬことが多いようだ。

 目に入るもの全てが目新しい。元の街に帰ったら一旦、賢者ユゴスに尋ねてみるのも良いかもしれない。


 マユカ・ジュリ・ショウの三名と共に部屋を後にする。

 マユカに施設入口のロビーを案内して貰う。入り口で受付を行っているようだ。俺の他にも怪我人・病人が多くいるようだ。医療スタッフも忙しそうにあちこちを歩き回っているのが見えた。


 受付に何人かの人だかりが出来ている。何やら揉め事のようだ。

 30代と思われる男性が、受付の女性を恫喝している。

 不健康そうだと感じる精気のない目、曲がった背中、縦に皺の寄った眉間。ひと目見ただけでこの男は充実した生活を送っていないと察知できる。

 そして滑舌は良くなかったが酷く不快な高い大声で、話している言葉は聞き取れた。


「”吉野真由香”って看護師さん、ここに居るんだよね?呼んできてよ。ああ、ボクが全室探しまわって探しても良いんだけど、かえって迷惑だよね?だからここに連れてくれるかな。その方がお互いの為だよね? Win-Winの関係、って奴ね。ね? ははははっ」


 マユカが自分の頭を手で抑えながら呟いた。


「あぁ、あのモンスタークレーマー、また来たんだ……」


 彼女が与えてくれる先ほどまでの安心感と、今の彼女の苦い表情とのギャップが気になり、つい尋ね返してしまう。


「……モンスター……クレイモア?」

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