第2話 落ち着け、俺!冷静に分析しろ!

 マナ(自然界に存在する魔力)が無い。全く無い。一切ない。

 どういう事だ?ここは魔力封印の結界内なのか?


 魔術が使えない、だと?まてまてまてちょっと待て、俺は魔術師だぞ!?

 腕力や体力に秀でてはいない。素早さや武器の扱いに長けるわけでもなく、精霊や神と交信できるわけでもない俺にとって、このマナが無い空間に居る事は手足をもがれたようなものじゃないか。


 MP(マジックポイント)の量だけは自信が有ったが魔術が発動しないのでは意味がない。こんな場所に長居はしていられない。いつ危険な敵が襲ってくるのかわからないのだ。


 混乱しつつ、ひとつひとつ分析する。こういう時に取り乱すのは即、命取りに繋がる。それで痛い目にあった冒険者たちを嫌という程見てきた。慎重に行動する必要が有る。落ち着け、俺!


 辺りを見回すと、見慣れぬものばかりだ。ベッドも、室内の調度品も、俺が横たわっているベッドの周囲の3人の服装も。

 そういえばここに居る3人はいずれも、東方の異民族のような顔立ちだ。冒険仲間であるニンジャマスターのセンゾウと同じ民族かもしれない。まさかこいつらもニンジャなのか?……いや、そうは見えないな。白衣のニンジャなんて聞いたことが無い。ちょっと面白くはあるけれど。


 俺を兄と呼んだ少女、”長峰樹里(ながみねじゅり)”が経緯を解説してくれた。というか、横から高速でまくしたてる。

 少し幼さの残る声を発する口と、華奢ではあるが快活に動く四肢は、遠慮という概念を持たぬかのように目まぐるしくちょこまかと動き、別段尋ねてもいない事も含めて多々説明してくれた。


「魔術師とかもう、いい加減にしてよね、明日斗(あすと)お兄ちゃん。……ああー、看護婦さんすみません、ウチの兄は時々こうやってくだらないジョーク言うんです。空気読めないってよく言われているみたいだし、こういうオタクネタはドン引きだって前から言っているのにホントごめんなさい。悪気はないと思うんだけど……」


「は……あ、いえ、別に……」


「ちょっと前もなんだかよくわからない病気で会社休んでパソコンいじっててたり、『俺もチート能力で無双してえ……』とかぶつぶつ独り言を言ってたり、ついこの間も真夜中に『おおお俺の真の力が目覚めようとしている!』とか高笑いをはじめたり……。あ、でもでも良いところもちゃんと有るんだよ。優しいし、人の事悪く言ったりなんてしないし、それにそれに……」


 身振り手振りを交えながらペコペコと何度も頭を下げつつ喋る。これは……やはりそうだ。東方の民族によく見られる仕草だ。


 少女の話を聞いて整理しつつ、周囲のものに視線を配る。

 何かしながら他の作業を行うのは結構得意だ。勇者一行の魔術師たるもの、敵の攻撃をかわしつつ魔術を発動する位は日常茶飯事、いつもの事だからな。


 ベッドの脇には俺の元々の衣服、深緑色のローブが折り畳まれて籠のようなものに入っているのが見えた。唯一これだけは見覚えがある。

 このローブは特別な品だ。物理攻撃のダメージを軽減し、魔術を使用する際には触媒の役割も兼ね、サラマンダーの炎の直撃を受けても燃えず、それでいて軽量で筋力に自信のない俺でも難なく身に着けていられる。一年ほど前に大森林のハイエルフの長老から賜った、思い出深い代物だ。


 それと比べると、今身にまとっている純白の衣服は動きやすくは有るが少々心許ない。打撃に対する防御力はほぼ無いに等しい。

 とは言え、この衣服の肌触りはかなり良い。更にベッドの布団もとても柔らかく、暖かい。これは危険な心地良さだ。東方民族の支配者階級用の寝具だろうか、いつまでも潜り込んで居たくなる。

 衣服もベッド素晴らしいが、ベッドの脇に有る金属製らしき箱も、壁も天井も、高度な技術による工芸品である事は見ただけで理解できた。これでも観察力は結構あるつもりだ。


 ”吉野真由香”と名乗った白衣の女性の手には、小さな文字がびっしり書き込まれた書類があるのが見えた。

 見慣れない文字……おそらく東方の辺境国の文字で、俺には読めない文字だったはずなのに、何故かすっと頭に入ってきた。……読める。理解できる。


”【診断書】長峰明日斗(ながみねあすと)”か。ふむふむ。

 何故読めているのかは不明だったが、ここまでの情報を踏まえて類推する。俺はその明日斗という人物と間違えられ、東方民族の治療施設か何か、魔力封印の結界内で治療を受けている、という事なのだろう。


 暴走貨物ゴーレムに跳ね飛ばされたところまでは憶えている。

 しかしながら、俺の記憶と今ここに居る3人の記憶とには随分と食い違いが有る。


 少女(樹里)の話を要約すると、まず兄である俺、”長峰明日斗”は少し前から体調が優れずに仕事を休んでいたが、本日しばらくぶりに職場に向かった、との事だった。

 職場に向かう途中、”とらっく”という大きな物体に跳ね飛ばされ、先程まで意識を失っていたらしい。

 丁度その事故の瞬間を目撃していたのがショウ(松嶋翔太)と名乗った少年だ。今居るこの医療施設に連絡を取ったのも彼だと言う。

 この医療施設に運び込まれた俺はすぐに治療を受け、施設の職員である真由香が家族――妹の樹里に連絡を取ってくれた、という経緯であるようだ。


 ……ふむ。とすると、だ。

 この施設内で治療を受けているうちに人違いが発生した可能性も有るか。

 俺、”魔術師アーネスト・ガルニエ”と、”長峰明日斗”が何かの混乱によって取り違えられたという事なら納得できる。逆にこの施設内の何処かで、”長峰明日斗”という奴がホーナーたち冒険仲間に囲まれていたりするんじゃないのか?顔や背格好が似ているのかもしれないな。


 その疑念はすぐに否定された。

 ベッドの周囲に居る3名とも、眉根を寄せつつ人違いの可能性はあり得ないと断言している。

 あちこち軋む身体の痛みを堪えて、起き上がって部屋の窓から外を見回すと、そこには衝撃の光景が有った。


 屹立する高層建造物、緑がところどころにしか見えない景観、地面を走る金属の箱、そして、結界など見えず一切感じられないマナ!!!

 ……軽く眩暈を覚えた。そんな、そんなハズは無い。


 取り乱すな俺、冷静に、状況を整理しろ!

 そうだ、落ち着いて分析するのがパーティ内での俺の役目だ。それが魔術師アーネストの得意分野だったじゃないか。


「そ……そうだ、このエルフ族のローブを見ればわかるだろう。これを所有している人間はそうは居ないはずだ。俺はアーネスト、勇者一行の魔術師だ。……ん?」


 ベッドの傍らに折り畳まれていたローブを手に取った際に、ふと違和感に気づいた。胸の部分に縫い留められていた宝石細工のアミュレット(お守り)の宝石が砕けている。


 これは……

 これは、”帰還”の魔術が封じ込められていたマジックアイテム(魔術装具)だ。確か、強大な魔術を操る死霊魔術師を倒した際に手に入れた逸品だったな。……っておい!?アミュレットの宝石がこのような砕け方をしたら、魔力が一気に漏れ出て”帰還”の魔力が暴走してしまうじゃないか。

 そんな事になったら何が飛ばされるか、何処に瞬間転移されるかわかったもんじゃないぞ。


 という事は。……という事は、だ。


「もしかして……俺、異世界に飛ばされちゃった?」


 事故を目撃したショウと名乗った少年と、俺を兄と呼ぶ少女ジュリ、そして医療関係者である女性マユカはまた一瞬互いに向き合い、そして俺の方に向き直って……今度は3人同時に首を横に傾げた。

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