第9話 ヒイロ

 幼稚園に通い、小学校に通い、ゾロゾロとみんな一緒に人生という道を進んでいくと思っていた。僕は本来、意識せずそれに従うような人間だった。もちろん、それを嫌う人もいる。社会ってものが嫌いで、学校が嫌いで、和を乱したり、先生の言う事をきかなかったり。僕はそういう子のことをあまり良く思っていなかった。異物のような子。結果として、僕の思いとは反対に、僕自身が異物として扱われるようになった。

 小学三年くらいになれば分かれ道が見えてくる。運動が得意な女の子も男子たちと遊ばなくなったり、女の子と気兼ねなく話していた男の子も少しずつ性の壁を感じるようになったりする。当然、僕も男の子だから男の子と同じ道へと向かった。

 足が遅く、球技全般が苦手で、力も弱かった。でも、そんな男の子はクラスに数人もいる。小四くらいまでは他の男の子と一緒に遊んでいて、サッカーとかで同じチームになれば足を引っ張ってかもしれないが、特別な違和感はなかったと思う。

 小五くらいからだろうか…………

 男の子は、男の体になっていくのだが、僕の体はそうでなかった。成長の早い子は、すね毛とかが生えていたり、又の毛も生えはじめる子もいる。みんなに見られたり、逆にわざと見せて笑わせたり、そういう子もいる。僕もみんなに紛れて見たが、ちょっとビックリした。大きさはそれ程ではないが、形は大人のアレと同じ。毛が生えているから、その部分だけ動物のように見えた。

 小五になる頃には、全くそういった成長のない僕の方が少数派となる。着替えるときに恥ずかしくて、端の方で目立たないように着替えた。

 ある日、プールの着替え時、

「おい、和田。なんでそんな隅っこで着替えてるんだよっ」

 クラスの中でもリーダー的な男の子、矢口君に見つかった。

「いや、あ、あの」

「男なんだからさ、恥ずかしがってんじゃねぇよ」

「ご、ごめんなさい」

 僕は下半身をタオルで隠すが、矢口君はタオルをつかむ。

「お前、本当に男なのか?」

「え? 何言って…………」

「ほら、じゃ、タオル、とってみろよ」

「いやぁ」

「お前だって、オレの、見てただろ」

 確かに見ていた。 

「だったら、オレが見ても文句言えねぇだろ」

 確かにその通りだ。僕は恥ずかしながらも、タオルを握っていた手の力をゆるめた。

「ほらっ」

 矢口君がタオルを奪うと、男子ほぼ全員が僕のところに寄って来て、僕の又に注目した。

「………………」

 恥ずかしくて手で隠した。

「そんなんじゃ見えねぇだろ。卑怯だろ、オレ、隠さなかったぜ」

「はぅ」

 僕は恥ずかしくて仕方ないのに、手をどかした。

「な、なに、これ」

「ツルツルじゃん」

「まぁ、こういう奴も、いなくもないけど」

「てかこれ、小さくない? うちの小一の弟のよりも小さい」

「てか、ほとんど、皮しかなくない?」

 僕の未成熟なアレをみんなでジロジロと見て評価する。

「玉、なくね?」

「ほらっ もっと、突き出して見せてみろよ、オレもやってただろ」

 僕は恥ずかしくて死にそうなのに少しだけ腰を突き出した。

「玉、ほとんど無いじゃん。へっこんじゃってる」

「皮、すごい余ってない? ドリルみたい」

「なにこれ、あかちゃんのみたい」

「体はあかちゃんじゃないからさ、余計に小さく見えるな」

 見られながら、侮蔑する言葉を投げかけられて、恥ずかしすぎて、

「うっ うっ うっ ううっ」

 涙がこぼれていた。

「な、泣くことないだろ」

「嫌なら、嫌って言えよ」

「これ、イジメじゃないからなっ お前が勝手に泣いたんだからな」

 そんな言葉を残し、男子達は散り散りに離れていった。その後も僕の方をチラチラみている男の子が多くて、すごく恥ずかしかった。このことを担任の先生が知って、男子達は怒られた。

 別の日、また似たようなことが起こった。

「和田くんってさ、やっぱ、意識的にやってるの?」 

 運動会の練習をしている時、足の速い子達がリレーの練習をしている間、体育座りで見ていた。隣に座った女の子、三枝さんに言われた。

「髪型とかさぁ、超、計算されてるっていうか」

「計算?」

「だって、可愛いじゃん」

 僕は自分の髪をサワサワとさわり、「そ、そんなこと……」と言った。

「そんなさ、前髪パッツンのショートボブってさぁ、そうとう自分に自信がないとできないよねぇ」

 僕はまた髪をサワサワとさわる。

「あっ いや、これって、お母さんがいってる美容院でやってもらっているだけで、僕は、別に、何も………… 座ってるだけ」

「その人さぁ、和田君のこと、女の子だと思ってるんじゃないの?」

「そんなことないよ。だって、ヒロくんって呼ばれてるから」

「ふーん」

 三枝さんはニヤァといやらしい笑いを見せる。

「てかさ、男子たちも、ちょっと可愛そうだよね」

「え?」

「だって、ほんど女の子にしか見えない子が、男です、って言われたって、ムラムラしちゃうんじゃないのかな」

「ムラムラ?」

 他の男の子からどのように見られているか、僕も考えたことがあった。

「仮に僕のこと女の子に見えたって、子供の、ってことでしょ? そういう対象にはならないよ」

 三枝さんは値踏みするように、ジロジロと僕を見る。

「てかさ、和田くん、ぶっちゃけ、男の子と女の子、どっち好きなの?」

「え? 好きって?」

「性の対象」

 それも考えたことがあったが…………

「わからない。まだ、僕の体が子供だから………… わからないのかな」

「ちょっと、こっち向きなよ」

 言葉に従うと、

「ん?」

 三枝さんに軽くキスされた。すぐにニコっと笑って、「ドキドキした?」ときかれた。

「ビックリしたけど」

「その感じだと、女の子には興味なさそうよね」

「そう…… なのかな」


 後からきいた話なのだが、三枝さんが

『男子の誰か、和田くんにキスしなよ』と言ったらしい。ジャンケンで負けた人がその役を担ったとか。室井君という。

「や、な、なに」

 いきなり襲われたので、

「お、大人しくしろよ」

「え、えっ」

 運動会の練習が終わり、着替えている時、室井君に押し倒された。上半身裸の僕は机の上に押しつけられて、手首をつかまれた。男の子の力がこんなに強いってはじめて知った。怖いし、何もできない。

「ううっ」

 怖くて涙がでた。室井君が顔をよせたので、顔をそむけた。すると、男子の何人かが僕の腕や顔を押さえる。

「大人しくしろよ。キスするだけだから」

「ほら、やれよ」

「んんっ」

 唇がふれると、すぐに開放された。キスされたことよりも、押さえつけられたことの方が怖った。

「うっ うっ」

 僕は次の授業になっても泣いていた。もちろん大きな問題になった。かかわった人の親が全員よばれ、先生や教頭から、かなり長い時間注意を受けた。最後に校長先生が、僕に言う。

「みんな、反省しているか、許してくれるかな?」

 『許せるわけないじゃん』と、心の中では叫んでいたが、空気を読んでうなずいた。その間、僕のお母さんは学校の人たちの言われるまま、相槌を打っていた。お母さんは、多分、僕という特殊な人間がいることで、問題が起きたのだろうと思っている。だから、僕にイラズラした男の子達にも、その親にも、文句を言わなかった。

 その後、僕に話かける人は少なくなった。彼らがどう思っていたのか、おおよそ解かる。イジメる気がなかったのに、イジメだって言われた。だったら、和田ヒロユキとは関わらない方がいい。そう思っているのだろう。


 中学に入ってからは、あまりからかわれなかった。詰め入りの学生服なのに、女の子のような顔で、しかも五才くらい幼く見えるので、とても奇妙な存在に見えただろう。僕自身がそう思っているのだから。たまに声かけられることもあったが、仲の良い友達はできなかった。休み時間も、ずっと教科書を読んでいて、『ずっと勉強している子』と、そんなふうに見られていただろう。たまに勉強の解からないところをきかれることもあったが、やはり仲の良い友達できなかった。

 

 ずっとひとひぼっちの僕。なんで誰も僕にやさしくしてくれないの? なんで? 寂しそうにしてるって、思わないの? 自分だけ良ければいいの? 僕のことを花や木だと思っているの? 心が少しずつむしばまれていって、本当に花や木になってしまえばいいって、そう思うようになった。見られれも、見られなくても、花や木の姿が変わらないように、僕もそうあるべきなのだ。でも僕は彼らを見ている、そこが花や木との違いだ。彼らは『やさしさ』なんてものをいくら口にしたって、そんなもの全く持ち合わせていない。上っ面だけで人間のようにふるまうが、中身はネズミやブタと大してかわらない。


 高校生になっても、今まで同じだろうと、そう思っていた。おそらく一生、このように生きていくんだろうなと。高校の制服、男子の制服もブレザーで可愛いデザインだ。詰め入りと比べると、僕の外見的な奇妙さは緩和されたと思う。

 でも……………

 自分を鏡で見て、自分がなんであるのか? それが自分でもわからない。心に外見をあわせればいいと、そうは思う。だけど、僕の心はボンヤリとしていて、ハッキリとした形になっていない。男なのか。女なのか、それとも単にずっと子供のままなのか……………

 

 高一のクラスで、隣になった女の子に話しかけられた。

「あなた、男の子なの?」

 自信がないながらも、「あ、はい」と答えた。山岡シホという少女。少しポッチャリした感じの子。胸とお尻が大きい。スタイルの良い子と比べても、ある意味女の子らしい体形をしている。

 僕をかわいそうだと、思ったのかな……………

 女の子のグループに入れてもらえるようになって、それ以降、他の人も話かけてくれるようになった。文化祭の時に、女装させられたり、プールの時に下着がなくなったり、変なメールが来たり、そういうことは多々あったが、ある程度、僕が望んでいた普通の高校生の生活ができるようになった。


 僕にとってシホちゃんは特別だ。今まで誰も僕を救ってくれなかったのに、シホちゃんは僕を救ってくれた。ただなんとなく声をかけただけかもしれないが、僕にとっては、間違いなく、救いの手だった。


 シホちゃんと一緒にいることが多く、他の友達からは「妹みたいだね」と言われた。僕はそれで充分だった。僕をひとりぼっちの暗闇から、シホちゃんは救ってくれた。それだけでも、僕にとって天使のような存在だ。同じ歳だけど、お姉さん、という存在に近いかもしれない。そっか、僕は妹のような存在になれば他の人にも違和感なく応対できるのかなと思い、その後、人間関係もうまくいった。自信もついてきた。言葉もだんだんと多くなっていた。体育などの着替えは、空き教室を使ってもいいといわれて、一人で着替えることができた。女子の制服を着てもいいと、担任から言われた。どうも、シホちゃんが先生方に色々と言ってくれたらしい。制服については、お父さんに反対されて、結局、男子の制服を着続けたが、そういう選択肢があると思えただけでも、僕の心はだいぶ軽くなった。

 僕はシホちゃんに救われた。シホちゃんのためだったら、なんでもできる、そう思うようになった。シホちゃんのとなりにいて、ずっと妹のような存在でいられたらいいなと。

 でも……………

 シホちゃんが、ふざけて、だと思うが…………

 シホちゃんの部屋で二人で勉強することなった。でも、勉強などはせずにシホちゃんは僕にキスをした。何度かされて、ドキドキしていると、今後は深くキスされて、ヌヌッと舌の感触を感じた。僕も同じことをしなくてはならないと思い、舌を突き出した。シホちゃんが抱き着くので、体の柔らかさも感じて、単純に嬉しかった。涙がだいぶ出ていた。

「ヒロ……… 子供のころ、人形とキスしたことあるけど、それに似てる」

 少しずつエスカレートしていく。シホちゃんがしたいことならば、どんなことでも付き合うし、人のぬくもりを感じることが、クセになっていた。でもどこかで、自分のこの感覚は性的なものではないとわかっていた。

 シホちゃんはいろんなことを試した。長くキスしたり、いろんなところを舐めさせてり、舐めたり、楽しそうではあった。でも、ときおり僕の又の方を見て、それ以上のことができないことを悟った。いじったり、くらえられたり、シホちゃんの女の子の部分でこすったりもしたが、反応はなかった。

 シホちゃんは僕のことを彼氏にしたかったのだろう。僕も、シホちゃんが望むのなら、そうなりたい。でも、体の方はそうではなかった。

 そんなことをしていたから、噂になった。たぶん、シホちゃんが誰かにちょっと話してしまったのだろう。僕はそういうのに慣れているが、シホちゃんはどうなのだろう? こんなことを続けてていいのか? そう思い、僕は別れた方がいいんじゃないかと言った。僕がそう言ったのには、理由もあった。シホちゃんは三才下の田中ユウジのことをよく話す。「男の子ってね………」みたいな言い方をよくする。あえて悪い言い方をするならその口調に、女のエロさみたいなものを感じた。僕とどんなにまぐあっても、そういった表情にはならない。その男の子に向けるシホちゃんの感情は、恋愛に近いのではないかと、僕は思った。それなのに、シホちゃんは僕のことを愛している、と言う。人形を恋するように。

「ユウジ、ユウジ」

 ヘッドフォンからシホちゃんの………… 女の声が聞こえる。男の子の方は低いうなりで「ふぅ、ふぅ」と息が荒い。

「キスして」

 シホちゃんの部屋にあったアヒルのぬいぐるみ。それを勝手に持って帰り、そのぬいぐるみにカメラを仕込んだ。そのぬいぐるみはカバンをもっていて、そのカバンのすきまからカメラのレンズが出るようにした。音声が発生すると、自動的に撮影するように設定して、放置した。シホちゃんの部屋に行ったときに、ぬいぐるみのカバンを開いて、SDカードとバッテリーを入れ替える。そして家に帰ると、その映像を見た。

「これがセックス………なんだろうなぁ」

「はぁ」と、ため息が出てしまう。僕とシホちゃんのまぐあいは、セックスではない。ただ触れ合っているだけ。映像の中、シホちゃんの感じ方は全然違う。もちろん強いジャラシーも感じたが…………

「この男の子、中一、なんだよね」

 大きくて堅そう。僕もこれくらい大きかったら、シホちゃんを喜ばせてあげられるのに。この男の子は僕にはできないことをしている。ジェラシーで胸のあたりがズキズキしているのに………… 僕が求めているものが『逆』であることにと気づいてしまった。

 僕は…… どちらかというと女の子、なのかもしれない。

 男の子にもある穴に細身のオモチャを入れて、女の子になれるのか、試した。気持ち良いって感じはあって、性欲というものを少しは感じ取れた。親の目を盗んで月に二回くらいはしていた。その時は、男性のを入れてみたいって、そうは思わなかったんだけど…………

「あ、あぁ」

 シホちゃんとユウジの行為を見ていると、急に欲しくなって、おもちゃを入れた。この映像の中に、もし僕がいるのなら、どこにいるのか? 気づいたら、僕の欲望はシホちゃんと重なっていた。僕は想像の中で、この中一の男の子に犯されていた。

「はぁぁ、はぁ」

 気持ちよくなりながらも、ハッキリと解かった。やはり、性というのが男女を強くむずびつけていると。仮に、すごく仲のいい同性の友達がいたって、そこに性愛がなければ、二人をそれ以上に強く結びつけることはない。僕とシホちゃんだって同じ。友達を続けて、そして親友になれたとしても、それ以上にはなれない。

 でも…………

 僕は考えた。シホちゃんの幸せを第一に考えて、かつ、僕がそばにいつづけられる方法。僕はもともとシホちゃんにとっては拾い猫のようなもの。シホちゃんの幸せを考えるのなら、もちろん僕以外の『彼氏』が必要だ。この中一の男の子とシホちゃんは色んな意味で相性がいい。シホちゃんとユウジが、互いに『この人しかいない』という状況にすれば良い。そうすれば僕は飼い猫のようにシホちゃんのそばにいられる。もし二人に『いらない』と思われたのなら、去ればいいだけ。

 ユウジはユイという同級生と付き合っていた。僕はユウジの妹に化けて、二人を別れさせようとした。二人が別れた直接的な原因にはならなかったと思うが、ある程度の成果はあったと思う。時間はかかったが、ユウジがシホちゃんの彼氏になるだろうと、僕は思っていた。でも、実際は違った。ユウジはユイの親友、カナと付き合うこととなる。

 ありえない。

 僕はこの二人を別れさせるため、ユウジが浮気しているという噂を拡散させ、そして、塾の看板にその噂をスプレーで書いた。色々とゆさぶっていけば、カナもユウジから離れるだろう。でも、実際は違った。カナはユウジに対して一途で、もはや病的と言っていい程だ。何をやったとしても別れそうにない。カナの性格が、僕のたくらみを打ち破る。


 どうすれば、シホちゃんを幸せにできるのか……… いつもそのことばかり考えている。


 全ての授業が終わり、塾生の子達と三十分くらい話して、帰ることにした。外はもう暗い。塾生の何人かは友達と話していて帰りずらいのか、花壇のレンガに座って話している。ジュースを飲みながら、キャハハと楽しそうにしている。

「早く帰りなよ」

「はーい」

 塾からの細い道、まっすぐ行けば駅、曲がれば公園だ。その岐路は木々に囲まれていて、公園まで続く。そこに四人くらいが座れるベンチがあるのだが、そこに、がっちりとした体格の男が座っていた。こっちを見た。

「あっ 田中君? どうしたの?」

 ユウジは立ち上がる。近くで見ると背が高いのがわかる。

「ヒイロさん。あなたが、和田ヒロユキ、だったんですね」

 どうしてバレたの? まぁ、ハデにやっていたから、いつかはバレと思っていた。

「昔の名前よ」

 ユウジはニヤッと笑い、「男の娘ってやつですか?」ときく。

「元々は病気なんだから、そんな言い方しないでよ。今はホルモンの薬とか飲んでるから、かなり女性化しているけど」

 塾生に聞かれたら嫌なので、私は「こっち」と言って、公園の方へ歩いた。公園の中央に時計が立っていて、LEDの電灯が強く白い光をはなっている。ベンチに座った。もう夜の十時をすぎているので、人通りも多くない。数分で一人が通り過ぎるくらい。

「で、なに?」と、私は開き直った。

「オレの浮気の噂を広めたのも、三年前にユイに変なことを吹き込んだのも、ヒイロさんなんでしょ?」

 どこまで証拠をつかんでいるのか………… 

 私が「疑っているってワケ?」ときくと、ユウジは「そうですね。疑ってます」と即答した。

「他のチューターさんにきいたんですよ。落書きの件で、警察に通報しない方がいいって言いだしたのもヒイロさんだって。犯人がブカブカの作業着を着ていたって、オレには言いませんでしたよね? あと、動画が消されたのも外部からハッキングされた、みたいな言い方してましたけど、実際は塾の内部から操作されたって」

 ユウジが言っているのは推理であって、証拠ではない。でも、こんな言い方をするば余計に疑われる。違う言い方にした。

「私だってバタバタしてたんだから。ちょっとニュアンスの違うこと言ったってしょうがないでしょ」

「まぁでも、オレの推理が間違いないなって思えるような証言があるんですけど」

「証言?」

「ユイにヒイロさんの写真見せたんですよ」

 え?

「そしたら、ユイが三年前くらいに会った妹って、オレの妹じゃなくて…………」

 ユウジが答えを言う前に、

「はっ はっ はっ」

 笑って誤魔化そう。当たり前だが、ユウジは呆れている。

「てか、あんたら、うまくいってるの?」

「その会話の流れで、本気で誤魔化せると思ってるんですか?」

 私は「ふぅ」とため息をついた。

「なんで、あんたらうまくいってるの? ユイって子と付き合ってる時に、あんたがシホちゃんと続いていたって、それは事実じゃないの」

 もうバレてしまったから、思っていたことがスラスラと口から出てくる。

「カナちゃん、そんなこと知って、なんであんたら、うまくいっているの? 信じられない」

「浮気の件、まぁ、バレますよね。カナちゃんには、まぁ…… 泣かれはしました」

「泣かれただけ済むなんて、随分と都合の良い女をつかまえたわね」

「考え方が違うんですよ。今後、オレがウソついたら地下牢に閉じ込めるって言ってますから」

 カナという子には『別れる』という選択肢がないのだろうか。

「そもそもね、シホちゃんとあんたの関係って浮気なのかってことよ」

「え?」

「どっちが本気なのか、どっちが浮気なのか、普通に考えれば、先にやちゃったが本気で、後からしちゃった方が浮気、なんでしょ。シホちゃんの方が先だったんでしょ? だったらユイって子の方が浮気じゃないの? あんたの妹のフリしてユイって子にそう言ってやったけど、これに関しては間違ったことは言ってない」

 ユウジは納得していない。

「てか、シホさんがオレに手だしたのが、そもそも遊びだったんじゃないですかね。だったらオレだって…………」

「なんでそう思うの?」

「だって…………和田ヒロユキって彼氏がいたから」

「もしいなかったら、どうなのよ?」

「そんなタラレバの話、しても意味ないでしょ」

 こんな言い方をしているのだから、おそらくタラレバの話を考えたことがあるのだろう。だから、あえて言ってやる。

「たぶんシホちゃんに彼氏がいなかったら、あなた、ユイって子と付き合ってなかったでしょ? もちろんカナちゃんとも」

 ユウジは同意もしなかったが、反論もしなかった。私はさらにユウジの心を攻める。

「当ててあげようか?」

「え?」

「あんた、まだ、シホちゃんのこと好きなんでしょ?」

 私がユウジの瞳を覗き込むと、彼は目をそむけた。

 ユウジが何を求めていたのか? 今、何を求めているのか?

 もともと、この方法しかなかったのかもしれない。随分と遠回りしてしまった。

「あんたが望むなら、私、引いてもいいよ。あんたがシホちゃんのことを幸せにできるのなら」

 私は椅子から立ち上がえり、スカートに手を入れた。下着をずらして、スカートを少しだけ持ち上げた。

「な、なにして」

 幼稚園児のような小さいアレ。ホルモンの薬飲んで以降、もっと小さくなった。袋はもう完全に引っ込んでしまっている。ユウジは一度は目をそむけたが、

「見なさいよっ」

 私が強く言うと、ユウジは私の小さいモノを凝視した。

「男の娘に興味があるっていうなら、私、相手してもいいよ」

「誘惑、しないでくださいよ」

「興味あんじゃん。ホルモンで胸もちょっと出てきたし、あんたが吸って、もっと大きくしてよ。ねぇ」

 ゴクッと唾液を飲む音がきこえた。

「私ね、あんたとシホちゃんが、してるところ、盗撮してたの、知ってた?」

 ユウジは「え?」と驚く。

「シホちゃんの部屋にアヒルのぬいぐるみ、あったでしょ。そいつが持ってるカバンにカメラを仕込んだの」

 さらに私は腰をユウジの顔の前に突き出した。ユウジも反応している。

「その映像見ながら、私、いっつも一人でしてたの。あんたに犯されるのを想像をしながら」

 私もちょっとだけ反応している。そう思うと、心臓がドキドキしてきた。

「私達三人、相性バッチリじゃないの? ねぇ」

「三人って、そんな」

「特別なことはないでしょ。私は猫みたいなもの。シホちゃんとあんたで彼氏彼女になればいいだけ」

 下着を直して、 幼稚園児のような小さいアレをしまった。両手でユウジの肩を強くつかんだ。

「初恋は実らない、なんていうけどね。そりゃ、人を愛する気持ちなんて全くわからないまま、それをはじめるんだからね、そりゃ、実らないよ。僕の初恋も多分。でもね、実る初恋もあるんじゃないかって、思う。偶然、超偶然に愛称の良い二人が出会ったらさ」

 耳元に口をよせた。

「それが、あんたとシホちゃん、なんだよ」

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