第8話 ユイ その3

 噂が広まっている。学校のトイレにて、こんな話をきいた。

『2組の篠崎っているじゃん』

 篠崎とは私の名字である。

『篠崎の元カレって、今、篠崎の親友と付き合ってるって』

『なにそれ。ちょっと、ありえないよねぇ』

『それだけでも引くのに、なんかその彼氏、西高の田中ユウジって男なんだけど、なんかさぁ、三つ上の大学生の女と続いているらしくて』

『えぇ、最低』

『ありえないっていうかさぁ、その男、完全にヤリ〇ン男だよね。あはは』

 まぁまぁ当たっているので、ただの噂とは思えない。同じ部活の子とかにも、『ユイの元カレさぁ、なんか有名になってんじゃん』とか、そういう話も何度かきいた。どうやら怪文書のようなものがメッセージやメールで拡散されているらしい。

 ユウジについては『ざまぁ』って思うだけで、特別な感情はない。だけど怖さを感じた。噂の内容ではなく、広まり方だ。ある者にはメールで、ある者にはSNSで、ある者には映像で。犯人は噂を拡散させている。つまり、非常に大きな労力をかけている。おそらく犯人は、ただの愉快犯ではない。ユウジとカナを別れさせたいのだろうか…………

 昼休み、カナのことが心配で四組の教室へ向かった。

「もう、山田さんたらっ」

 カナの高い声が聞こえる。カナも噂について知らないはずないが、いつもと変わらない。友達三人で弁当を食べている。女子高なので男子生徒はいない。教師もほとんど女性だ。だから、カナはのびのびと楽しそうに話している。近くに一人でも男がいたのなら、こうはならない。

 私が近づくと、友達二人は私に目を向ける。背を向けているカナは気づいていない。

「ちょっと」

 声をかけると、カナは振り向く。

「あっ ユイ どうしたの?」

「どうしたの、じゃないわよ」

「え?」

 カナの友達の一人、山田さんが「私達、外そうか?」と気を遣う。

「ちょっと、あなた達にもききたいから」

 そこら辺の椅子をかりて、カナの正面に座った。

「例の噂、このクラスだけ広まってないって、そんなことないよね?」

 カナのもう一人の友達、吉田さんは苦笑いするが、やはりカナは表情を変えない。

「ユウジ君が浮気している、とか、そんなデマでしょ」

 私が嫌味をこめて「デマ、ねぇ」と言うと、カナはムスッとする。

「犯人、ユイじゃないでしょうね?」

「はぁ? 私? 私が噂をばらまいてるって? なんですんなつまらんことすんのよ」

「前にユウジ君が浮気したとか、ウソを言ってたじゃん。落書きの内容と似てる」

「は? 落書き?」

 山田が説明してくれた。

「私、カナちゃんと同じ塾なんだけど、塾でちょっとした事件があって。花壇の真ん中に石の看板みたいのがあって、そこにスプレーで落書きされたの」

「なにそれ、もはや犯罪の領域じゃないの」

「で、その落書きの内容って、そのぅ、なんていうか、田中君が二股してるって、そんな内容だったって」

「それって、昔の話じゃなくて、今の話?」

「え? そうなんじゃないのかな。カナちゃんと別の誰か、って話だから」

 私と別れた後もシホって女と続いていて、そんでカナと付き合いはじめたって? 私の心配をよそに、カナは「デマよ、デマ」と言う。

 デマ? 本当にそうだろうか…………

「てか、カナさ、その落書きも私がやったって、疑ってるの?」

「別にホンキで言ったわけじゃないって」

 落書きって…… 本当なのか、デマなのか、どっちにしろ犯人はシホって女のこと知っている。もしユウジの浮気が今も続いているのなら、カナと付き合い始めた後だとしも、ユウジのこと調べれば、シホって女のところにたどり着く。私が考えていると、カナは「怒んなくたっていいじゃん」と軽い声をきかせる。

「ユイさ、前に、ユウジ君が浮気した、とか言ったから、仕返ししただけだよ」

 カナはクリームコロッケを頬張り、モグモグしている。

「カナさぁ、危機感足りないんじゃないの? その犯人って、あんたのストーカーかもしれないじゃん」

 カナはクビを横にふる。サラサラの長い黒髪がゆれるほどに。

「違うでしょ。ユウジ君のことを好きな人がやってるのよ」

「なんで、そう言い切れるのよ?」

「そりゃ、ユウジ君がカッコイイから」

 なんだろう、この根拠のうすい推理は。私だけでなく、カナの友達も微妙な表情をしている。カナは場の雰囲気を感じて「な、なに?」と戸惑う。山田さんが現実を語った。

「田中君の写真、私達も見せてもらったけど、まぁ、なんていうか、別に外見をランク付けするのも、どうかって思うけど、でも、あえて評価するなら、中の上、くらいなんじゃないかと。田中君と話したこともない子とかが、顔だけ見て、ストーカーになるってのは、どうかなって」

 するとカナは「えぇ ふふふ」と笑いだす。

「中の上? あはっ、ふふ、ちょっと、なに、それ、ふふふ………… 上の上とは言わないけどさ、彼女だから、そりゃ高めに言うわよね、とか、そう思われるから。でもね、上の中くらいはあるでしょ、最悪、ね。客観的に見て。中の上ってねぇ。普通よりもちょっといいかもぐらいでしょ、ユウジ君が? ないないない」

 まったく客観的に見れていない女が言い切るので、場はさらに微妙な雰囲気になっていく。カナはもう一人の友達、吉田さんに「ねぇ?」と、威圧的に同意を求める。

「わ、私、そんな、男の子とか、かっこいいとか、そういうの、うといけど。確かに男の子を何人か並べてみたとして、写真でみた田中君が、どの位置かな、って思うと、まぁ、半分よりは良い方かなって、思うけど」

「思うけど?」

「上の中ってことは……… ないかなぁ」

 この二人、大人しそうに見えて意外にハッキリと言う。カナの威圧にも負けなかった。

 カナはムスッとする。

「ユイはどう思うの? ぶっちゃけ。ユイなんか、つい最近まで付き合ってたんだから」

 カナの声がだんだんと大きくなっていく。エコロジーの話をしているときに私が反論しようものなら、だんだんキレだすが、その時に似ている。

「デカい声で、そういうこと言わないでくれる? そもそも、誰かが意図的に広めている噂がさ、人の興味を引いている理由の一つが、私ら二人が順に同じ男と付き合ってるからなんだから」

「そんな話、どーでもいい。上の中はあるわよね?」

「なに、つまんねぇことに突っかかってるの。どうでもいいだろ、そんなの」

「答えなさいよ」

 面倒だが、会話が進まない。仕方ないので答えてやることにした。

「顔? 顔だけなら、まぁ、中の上くらいが妥当でしょ。てかさ、山田さんと吉田さんだって、カナに気を遣って、中の上、って言ってるだけだからね」

 カナは「え?」と疑問の声をもらし、二人の顔を順にジッと見る。二人は苦笑いするしかない。私は二人の気持ちを代弁して、

「まぁ、中の中、くらいじゃないかな」と言ってやった。

「ありえないっ ユウジ君と別れたからって、くやしくて、わざと低めに言ってるんでしょ」

「だから、そういうことをデカい声で言うなって、さっきから言ってんだろっ」

 山田さんに「ユイちゃんも声、大きいから」と言われた。なるほど、気を付けないと。

 カナはスクッと立ち上がり、別のグループのところまで歩く。

「ちょっといい?」

 スマホにうつるユウジの写真を見せて、「どう思う?」ときく。

「上の中はあるよね?」

 きかれた子は顔をひきつりながら、「あ? あ、あぁ、うんうん。あるかも」と答えた。カナはその隣の子にも「上の中はあるよね?」ときく。

「うんうん。あるある」

 カナはニコッと笑う。、

「だよねっ ありがとう」

 カナは戻ってきて、「ほらぁ、ね?」と嬉しそうにする。『恋は盲目』とは、よく言ったものだ。全く現実が見えていない。

 噂のとおり、ユウジの浮気がまだ続いているかもしれないと、私は疑っている。それをカナに伝えたいわけだが、おそらく話している間にこの女は我を失い、声が大きくなり、私が恥ずかしい思いをするだろう。そして、その姿を見たクラスメイトは噂をさらに加速させる。

「カナ、今日、付き合いなよ」

「え?」

「カラオケ」

 カラオケボックスなら、この女がいくらデカい声を出しても問題ない。

「どうしたの突然? 二人で?」

「そうそう」

「まぁいいけど。でも、塾あるからなぁ。夜の二コマ目だけ。駅前だったら、7時くらいまでなら」

「ああ、じゃ、それで」

 私は教室から離れた。


 授業が終わり、駅のあたりに着く頃には四時を過ぎていた。二人でカラオケ屋へ向かうと、カナは、

「久しぶりだなぁ、ユイとカラオケって」と楽しそうに言う。

「え? 歌うために行くんじゃないけど」

「へ?」

「カナ、興奮するとデカい声だすから、カラオケボックスなら平気かなと」

「私、デカい声なんて出してないじゃん」

 自覚がないのか………… 時間も時間なので、待たずに入れたし、この時間ならかなり安い。ドリンクバーもある。女子高生の憩いの場。ドリンクを持ってきて、狭い部屋に入った。私達は対面に座ると、カナは曲を入れるパッドを手にする。

「話ってなに?」

 私はパッドを取り上げた。

「カナ、あの噂、どこまで信じてるの?」

「またその話?」

「教室じゃ話できないから、ここに来たって言ったでしょ」

 カナは鼻からフゥと息を出す。

「どこまでって、そもそもデマなんだから、全部デマでしょ」

「私、前に言ったよね、ユウジと別れた理由」

 『浮気』だと、カナに言った。

「悪いけど、信じてない」

 私はジロっとカナを見つめたが、カナはドリンクを飲んで「コーラ、うめー」と言う。

「ユウジの浮気相手ってさ、近所に住んでいる女なの」

 昼休みの間に、塾の落書きになんと書いてあったのか、きいた。

『田中ユウジは浮気者。三つ上の大学生と同い年の女の子とやりまくり』

「その女って、ユウジのお母さんの友達の娘で、私らよりも三つ上の女。大学に行っているのかは、私、知らないけど」

「なに? あのデマが本当だって言いたいの?」

「どこまで本当かわからないけど、全くのウソじゃないって」

「くだらない」

 カナの声、だんだん大きくなっていく。

「少なくてもユウジは、私と付き付き合いながらも、その三つ上の女とも付き合っていた。それは本当だから」

 カナはさっきまでのうすら笑いではなく、ムスッとしている。だたのデマだとは思えなくなったのだろう。

「それ言いたくて。私、カナのこと、親友だと思ってるから」と、ガラにもなくクサいセリフを言ってみた。カナはうなずく。

「まぁ、ユイの気持ちはわかった。私達の友情はすばらしいと思う。私もユイのこと親友だと思っている。だからこそ、あえて言う。ユイが勘違いしてるんじゃないかと」

「なによ、勘違いって。そんなんで別れるわけないでしょ」

「言い方悪いけど、証拠、あるの?」

 証拠はないが………… 一番思い出したくない過去を、私は思い出した。

「ユウジの妹ちゃんに言われたの。ユウジの机の中にコンドームが入ってて、その三つ上の女、シホっていうんだけど、ユウジがシホのところに行くと、コンドームが三つも四つも減るって。でも、私のときは必ず1つしか減らないって」

 別にこのことが別れた原因ではないが、私の心に傷をつけた。

「それいつの話?」

「中二」

「え? だって確か、ユウジ君の妹って三つ下でしょ? 小五の子がそんなこを言うわけないじゃん」

「言ったんだから、しょうがないでしょっ」

「信じられない」

 カナはイライラして、コップからストローを外し、口をつけてゴクゴクとコーラを飲みほした。「ふぅぅ」と息をつく。

「コーラ、うめー」

 これでは話にならない。

「わかった。カナが信じなかったとしてもね、ユウジにね、三つ上の知り合いがいるってのは事実なの。噂を広めようとしている奴が、その事を知ってるって、私が言いたいわけ。そりゃ愉快犯でしかないのは、そうかもしれないけど、かなり調べてるって話よ」

「かなり調べている、ってことは、ストーカーのレベルとして相当ヤバい奴かも、ってこと?」

 私はうなずいた。しかし、カナは納得していない。

「それさ、塾のチューターさんも言ってたけど、犯人って私のストーカーだろって。でもね、私はありえないって思うな。仮に私がストーカーを引き寄せる絶大な魅力を持っていたとしてもね。落書きにはユウジ君の名前はあっても、私の名前はなかったんだから。普通に考えれば、ユウジ君のことを好きな女の子の犯行でしょ」

 カナのやつ、話してみてわかったが、意外と論理的に考えてはいるな。

「でも犯人ってさ、カナのストーカーで、ユウジと別れて欲しいって思っている男の子、かもしれないじゃん」

「もしそうなら、その犯人、ちゃんと調べてないってことになるわよ。さっきユイが言った『かなり調べてる』って分析と合わない」

「なんでよ?」

「その犯人、私のこと、ちゃんと調べてないじゃないの」

「カナのこと?」

「もし、あの噂が本当だとしても、私、絶対にユウジ君と別れないから。例え、ユウジ君が浮気していても、仮に、浮気している相手のことの方が私よりも大切だとユウジ君が思っていたとしても、私と会うのが億劫だと思っていても。私、絶対に別れないから」

 そういう状況になって、本当にカナがユウジのそばにい続けられるのか………… 私は自分の経験から、それはあえりないと思う。そもそもカナの『想像力』に問題がある。

「そんな男が無茶苦茶やってさ、そんで何も言わず耐えるなんて、昭和の女かっての」

「言う事は言うでしょ」

「きいてくれなかったら、どうするの?」

「きいてくれるまで、言い続ける」

「ウソついたら、どうするの?」

「ウソはつかない」

 私は過去のユウジを思い出して「ふっ」と苦笑してしまった。

「なんでそんなことが言えるの?」

「私はウソをつかないし、隠し事もしない。そんな私の前で、ユウジ君はウソなんてつけない」

 二人とも声がだんだんを大きくなっていく。ガラスのドアの向こうで、店員にチラッと見られた。

「ユイに対して、ユウジ君がウソと言っていたとしたら、それってさぁ、ユイが素直じゃなかったからじゃないの?」

「え? 何? 私が悪いっていうの?」

「少なくても中三くらいまでのユイは、スキスキモードだったでしょ、それなのに、なめられちゃいけない、みたいなイジはって、それがきっかけで、少しずつギシギシしてたんじゃないの?」

「そういうの、全くなかったとは言わない。でもさ、私達の仲がおかしくなったのは、別だから。ユウジが浮気してたのは、もっと前だし」

 カナはドリンクをゴクゴクと飲みほした。

「メロンソーダ、うめー」

「それ、わたしんだろっ」

 恋とは盲目。私が何言ってもやはり意味がない。

 その後は、またドリンクを取りに行って、歌って、カラオケを普通に楽しんだ。


 一時間くらいたつと…………

「おっ」

 ガラスの扉の奥に、人影が見えた。

「やっと来たか」

 私がドアをあけると、

「え?」

 カナは驚いた。

「ユウジ君!」

 ユウジはカナの両手をにぎって、「良かった」と安心する。カナは手を握られて赤面した。ユウジはすぐに手をはなし、私をにらむ。

「お前、悪趣味なことすんなよな」

 カナは「どういうこと?」ときく。

「別に大したことしてないよ。カナを預かってるからここに来なって、メッセ送ったの」

 ユウジは頭をかく。

「オレ………… ユイが落書きの犯人じゃないかって思って。で、とうとうカナを誘拐したのかって」

「なにそれっ そんで呼び出すのが、カラオケボックスってありえねぇだろ。ふざけんな。しかもぉ、あんたのことなんて、私、ゴミ以下だと思ってるから」

「そりゃ、どうも」

 ユウジがドリンクを持ってくると、私は「そこに座って」と促した。私達と対面になるように座らせた。

「私ね、欠席裁判って好きじゃないの。あんた、正々堂々と裁判にいどみなさい」

「裁判?」

「あんたが、どれだけクソかって話」

「オレがどんなにクソだとしても、お前にはもう関係ねぇだろ」

「お前 って言うな。浮気野郎が」

「お前だって、オレのこと、あんたっあんたって言ってんだろが。てかさ、お前だって高橋とちょくちょく会ってただろが」

 カナは「え? 高橋君?」と驚き、私の顔を見る。そんな目で見ないでくれ。

「あ、会って何が悪いのよ?」

 ユウジはアゴをなでる。

「お前なぁ、そんな言い訳が通じるんだったら、オレだって同じ言い訳すればいいだけじゃねぇかよ」

 こいつと話していると無茶苦茶腹が立つが、先にキレたら負け、そんな勝負のようにも思えた。私はイライラを抑えるために、「ふぅ」と息をついた。

「私はカナの親友なの。カナがクソみたいな男と付き合ってたら、それを止める義務があるわけ」

 ユウジはカナの手を握り、「帰るぞ」と言って、出ようとしたので、

「逃げるの?」と言ってやった。

「バカらしいから、帰るんだよ」

「ユウジさぁ、カナに話してないこと、あるんじゃないの?」

「………………」

「シホって三つ上の女のこと」

「うるせえぇって」

 またユウジがカナの手を引いて出ようとするが、今度はカナが立ち止まった。二人の手は離れ、カナは手を胸元にもっていき、逆の手でつつんだ。

「私、怒ったりしないから………… 話してほしい」

 ユウジはドスッと音をたてて、ソファに腰をおろした。

「ユイと付き合う前から、その、なんだぁ、シホさんって人と関係があった」

「え?」

「でも、彼女って感じじゃない。なんていうか、遊びみたいなもんだ。オレそん時、中一だからな。まぁ、遊ばれたんだよ」

 カナは顔面蒼白になる。私は、まぁ、予想した通りだったか、と思うだけ。私は「遊び、ねぇ」と言って、ジロッとユウジに視線を送った。ユウジは言葉を続ける。

「ユイと付き合ってる間も、続いていた」

 カナの瞳からポロッと涙が落ちる。ユウジはカナの手を握る。

「でも、カナちゃんと付き合うことを決めてからは、もう会ってない。これは本当だ」

 カナはうつむいてウンウンとうなずく。涙はあふれ続けて、制服に涙がポタポタと落ちるほどだ。

「ユイが言ってたこと ……………本当だったんだ」

 カナは顔を上げて、「ごめんさい」と言い、私に抱き着く。

「うううう、ごめんさい」

 私はカナの頭を撫でた。ユウジが浮気していたことをアッサリと認めたのは意外だったが、私にはユウジにもう一つききたいことがある。カナをなでながら、きいた。

「うちの学校にもさ、あんたらの噂、変な怪文書みたいのが広まってて、あんたらが通ってる塾にもスプレーで落書きされたとか聞いた。で、その怪文書とか落書きによると、あんた、まだあの女と続いてるって」

「今、言っただろ。続いてるわけねぇって」

「じゃ、なんで怪文書書いた奴は、そんなこと書いてるのよ? 火のない所に煙は立たぬ、ってやつじゃないの? その人は、なんでシホって人のこと知ってるのよ?」

「しらねぇよ、そんなこと」

「あんたのこと調べてたら、シホって女にたどり着いたんじゃないの?」

「だから、しらねぇって、ふざけんな。今回の件、オレ、被害者だからな。なんで、被害者のオレが裁判にかけられなくちゃならねぇんだよ」

「一度裏切った男の言葉、信じられると思う?」

 ユウジの言葉がとまる。カナも顔を上げて、涙目のままユウジを見つめる。

「私はね、仮にユウジ君がウソをついたって、信じるからね」

 私は呆れた。

「また、カナはそんなこと言って」

 でも、カナの声、涙声にも関わらず、震える声で、狂気を含んでいるようにも聞こえた。

「この意味、ユウジ君、わかる? 信じるって言葉の意味を」

「あ、あぁ、もちろん、わかる。だから、オレはカナちゃんにはウソをつかない」

 カナは涙を流しながらも、ジロッとユウジのことを見つめた。

「軽井沢にあるうちの別荘にはね、地下室があって、昔、そこでお父さんがギターひいてたんだけどね、今はもう全然使ってなくて、物置になってるの」

「え?」

 私は「地下牢じゃん」と言って、笑った。

「ウソをついたユウジ君が悪いんじゃなくて、周りの人がユウジ君にウソをつかせたのよ。だったら、ユウジ君を地下室にとじこめてしまえば、もうウソをつかなくなる」

「な、なんだ、それ、ふざけんなっ 絶対、脱出すんぞ」

「まぁ、無理だと思うけど」

「な、本当に牢屋になってるんじゃないよな?」

 カナは涙を流しながら、ニヤっと笑う。

「だって私、ユウジ君のこと、剥製にするから。そしたらもうウソもつかないでしょ? 逃げたりもしないでしょ? 大丈夫、剥製になったって私にはユウジ君の声が聞こえるから。ふふふふっ」

 ユウジはビビッて言葉がでない。

「カナ?」

 私は呼びかけて、肩をゆする。カナは肩をピクッと震わせる。

「なーんて、冗談」

 涙目のまま高い声をきかせる。

「剥製はウソ。そんなこと、しないよ?」

 ユウジは「あぁ、そ、そうか」とうろたえている。『剥製は』って言ってるんだから、地下牢の話は本気なんだろう。

「ユイ、ごめんね。ユイが別れた後も嫉妬してたのかなって、私、勝手に思っちゃって。だからユウジ君が浮気したって、ウソ言ってたのかなって。ごめんなさい」

「わかってくれれば、いいよ」

「ユイ、大好きっ」

 ギュッと抱きつく。今まで、カナにも散々なこと言われたような気がするけど、この『ギュッ』で無かったことになる。カナも自分のキャラをよくわかってるんだろうなと。

 本題に戻さなくては。

「カナと付き合ってからは、シホって女と続いてないってのは、信じていいんだよね?」

「当たり前だろ」

「あんた、ウソ言ってたら、本当に地下牢にブチ込むからね」

「軽井沢にあるのって地下室なんだろ? なんで地下牢にバージョンアップしてんだよ」

 カナは私から離れると、ドリンクを一口飲み、「ふぅ」と息をつく。

「ユイには悪いけど………… どうしても信じがたい話があって」

「え? なに?」

「ユウジ君の妹さんの話、あれって本当なの?」

「妹?」

 さすがにユウジの前だと、妹さんに言われた話をするは恥ずかしい。問い詰めるのはカナに任せよう。

「もっと具体的に言うなら、そのぅ、なんていうか、コンドームを使った個数の話」

「は?」

「シホさんって人と会うと、コンドームがたくさん消費されてて、ユイのときは一個しか減らないって話」

「なんだ、それ?」

「妹さんが、ユイに言ったって」

「うちのマナ? そんなこと言いわけないだろ」

 あんなドギつい話を、当時小五の妹が言うわけない、という気持ちもわかるが、言ったのは間違いない。そう考えると………… あんな話を小五の女の子が創作できるだろうか? という疑問にぶつかる。

「もちろん私だって妹ちゃんの話、鵜呑みにしたわけじゃないよ。でもさ、実際どうだったの? あんたが浮気して、私らおかしくなったんだからさ、それくらい答えなさいよ」

 ユウジはウンウンとうなずく。

「そういうこと、覚えたての頃は、そりゃ、一回会うたびに何回かって、あったかもだけど、お前と付き合いはじめた頃なんか、もう、その頃にはだいぶイキにくくなってたし、とりあえず、たまった分だけ、出せればっていいって感じだったよ。お前に会うときも、シホさんと会うときも、一回だ。だいたいな、そういうの期待して呼び出すのはお前ら女だっただろ?」

 思いかしてみると、そうだったので、私は恥ずかしくなる。

 こんなことを今更言っても意味がないはわかっているが、

「でもね、あんたの妹がそう言ったのはホントだからね」

「マナってそんなマセた嫌味、言うほどの知恵がないからな。マナって、身長が高くて、足が速くて、小五の頃っていうと男の子と一緒に遊んでた、そんな感じだぜ? 今だに髪とか伸ばし放題で、テキトーに後ろで結って、あんま髪とかもとかさずに学校とか行っちゃうような、そんな妹だ」

「うそだぁ。あの時、小五だよね? にしては、かなり小さい方だったし。髪型は耳を隠すくらいの前髪がそろったボブだったんじゃないかな。目がクリっとしてて、まつげが長くて、細い顎で、形のよい鼻。子役のモデルみたいな」

「てか、誰だよ、それ? マナってオレに似てるからな」

「え、そんなことないって。あんたなんかよりも、全然可愛らしい顔してるでしょ。あんたの顔なんて、贔屓目で見ても、中の中くらいだし」

「なんだよ、その言い方。『中の中』って『普通』って意味だろ? 『普通』って言えよ」

「でも、あんたの妹ってさ、上の上レベルだったよ。本当に兄妹?って思ったし」

 ユウジは私の言葉を、繰り返してつぶやく。

「小さい? 目がクリっとして………… まつげが長くて………… 細い顎で………… 形のよい鼻。モデルのような…………」

 ユウジはスマホをいじり、私に写真を見せた。

「あっ この子よ、この子。妹のなんでしょ? 三年くらいたったけど、あんま変わってないわね。髪型とか、だいぶアカぬけてるけど。やっぱさぁ、あんたと全然に似てないじゃん」

 すると泣いていたカナも「え、見たい」と言って、ユウジのスマホに飛びつく。

「え?」

 カナは驚く。

「これ、ヒイロさんじゃん?」

 私が知らない名前だったので、「ヒーロ?」ときいた。

「塾のチューターさん。和田ヒイロさん」

「え? チューター? この人、大学生なの?」

「そだよ。私らよりも幼く見えるよね、ふふふ」

「え?」

 私がユウジの妹だと思っていた子は、実は、カナが通っている塾のチューターだって?

「え? どういうこと?」

 ユウジはストローをくわえながら、「オレが知りたいよ」と、低い声でつぶやいた。

「和田ヒイロ………… なんかどっかで聞いたことあるって思ってたんだけどな、まさか」

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