第6話
夏が終わる。夏祭りに来ると、いつも夏の終わりを感じては、寂しさにかられる。しかも今は、大切な人を完全に失ってしまったのだ。余計に辛かった。
隣には今、別の人が共に歩んでいる。
あの後私たちは、タイムカプセルを掘り起こした。
「やっぱり子供だったんだなあ」
ユウレイさんが苦笑交じりに、過去の自分が書いた手紙を読んでいた。しかしどこか嬉しそうだった。
私も自分の手紙を読んだ。内容は確かに子供らしいものだったが、あの時の私でもいいことを言っていた。
「『あの時のファーストフード店で働きたい』か」
後ろから私の手紙を覗き込んだユウレイさんが繰り返す。私は苦笑して彼に言った。
「あんなに怒られたの、あの日が最初で最後だからね。印象に残ってたんだ」
結局あそこのファーストフード店は他の店舗と合併してしまったけれど、と続けると、ユウレイさんは私の頭を撫でるように腕を動かした。
「それでも幼い頃の自分との約束をちゃんと果たしてる」
ニカッと笑って彼は言った。普通なら、約束どころかタイムカプセルの存在すら忘れてしまっていただろう。きっと過去の私たちはそれだけでも喜んでくれるはずだ。
ふと、ユウレイさんの透けた身体を通り越して空を見る。もう暗くなり始めた空は、紫色も混じってきて、さらに深い色になっていた。
私の視線がユウレイさんを見ていないことに気付いた当人は、一緒になって空を眺める。
羽矢岑が言った。
「そろそろ、帰りましょう」
重々しい口調なのは、きっとこれからすることがあるからだろう。帰ろうという意味すら私たちは違うのだ。しかし悲しむのは違う。
「……レっちゃん、色々ありがとう」
私から、せめてもの感謝を。しかし彼は、顔を歪ませた。今にも泣きそうに、苦しそうに歯を食いしばる。眉間にくっきりと刻まれた皺すら、悲し気だ。
「麻里」
彼が私を抱きすくめようとするが、それは叶わない。生きている者と、そうでない者の差が胸を締め付けるようだった。
次第に辺りの闇が増す。それに気付いてか、彼はスッと私から離れた。見計らったように宮司と羽矢岑が成仏に取り掛かる。
美紗紀の時とは違って、彼は暴れていないから、比較的スムーズに事は運ばれる。残酷なほど、素早く進む様子を見ていると、次第に息苦しさが襲ってきた。途端、彼はふいに、私に背を向けた。
「レっちゃん」
名を呼ぶが、彼はこちらを振り返らない。そうか、もう決めたのか。直観的に感じた彼の覚悟に、ストンと何かが落ちた。私の心はもう空虚な形ではなくなっていたのだ。
ふと、羽矢岑と目が合った。彼は複雑そうな表情で彼と私を交互に見ている。最後なのにいいのか、と言いたげな視線を彼に送っているが、彼は一向にこちらを振り向かない。
きっとわかっているのだろう。もう一度振り返ってしまえば、未練に身体を縛られて成仏が出来ず、その先の未来に行くことが出来なくなってしまうことを。
それ程覚悟は大きいのだ。……そうだと信じたい。そう思って私は微笑んだ。それでこそレっちゃんだから。
「さようなら」
私は背を向けたままの彼に言った。彼は、私の声に少し肩を震わせると、片手を上げる。手が震えていて、少々カッコ悪いが、私にはそれが美しく映った。もう指先は消えかけている。
「またね、麻里」
あえてさようなら、と口にしない彼。私は泣かないように頬の筋肉を全力でコントロールして、彼が消えていく様をこの目に焼き付けていた。
「見ていてとても、苦しかったんですよ」
隣を歩く彼は言った。まだまだ敬語が抜けない彼の情けない表情に、苦笑する。短髪の黒髪から汗がポタリ、と地面に落ちた。その横をすり抜けるように、まだ小学校低学年くらいの子供たちが走り去っていく。地元の夏祭りは、毎年熱気で湿度が高い。
神社を中心に並んだいくつもの屋台は、どこも香ばしい香りを漂わせ、小腹の空いた参拝客を立ち止まらせた。笑顔という花火がいくつも打ちあがる。
そんな光景を横目に、持っていたりんご飴を弄びつつ彼に返す。
「そりゃ私も、泣きたかったけど」
それは違うなって思って、と続ける。一度は忘れた彼を、再び別れなければならない事実を嘆くのは、違う。自分が許せないと思ったのだ。
私は結局あの後も泣かなかった。ただずっと虚空を見詰めて、感情の波が収まるのをじっと待っていたのだ。
隣を歩く彼はふうっとため息を吐いた。それは呆れているというか、感心しているというか。それでいて口元は笑っているのだから、よくわからない。
「彼は、本当に消えてしまったんですかね」
ふと、真面目にそう言った彼。つられて、考えないようにしていたユウレイさんのあの後の事を考える。
いくら考えても、一度地縛霊になりかけているのだから、消えてしまったと考える方が妥当だろう。
そう思った瞬間、一気に視界がぼやけた。
「あ」
ポロっと零れる雫。それに気付いた彼が慌てふためいて、持っていたゴミ袋を落とした。バラバラと地面に落ちるゴミが、動きを止める。
「もう、何やってんだよ羽矢岑」
それは、唐突だった。聞き覚えのある声。そしてバラまかれたはずのゴミが、一瞬で元のゴミ袋に収まっていく。
私も彼も動きを止めた。傍から見たら、ただ突っ立っているようにしか見えなないだろう状態だが、そんなことはどうでもいい。
「まさか、なんで」
私の口から掠れた声が漏れ出した。それを見た目の前に佇む彼は、綺麗な顔で微笑んでいる。
「久しぶり」
その声は、ちょっとだけ泣きそうだった。
和服に身を包んで、少し癖のある髪は軽く結われていた。全体的に小綺麗な彼に、どうして、と目で訴える。
彼はその問いに気付いてか否か。笑った。
「オレ土地神になりたかったんだ」
そしてあのファーストフード店一帯にいたかったのだという。
それを聞いた羽矢岑は、そういうことだったのか、とかすれた声を漏らす。急に周りと壁ができたように、お祭りの喧騒が遠退いた。私と羽矢岑を含めた三人の間を、静かな風が通り抜ける。
その後ろで今年の祭り、最初の花火が打ちあがった。それはそれは美しくて華やかで。見紛う事なき祝福の光だったのだ。
ハンバーガー、追加で幽霊テイクアウトで 三日月紫乙 @mikaduki0927
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