エピローグ

公爵令嬢は幸せを求めて

 ルークさんを先頭に、私、ウォルグさん、リアンさんの四人による討伐に取り掛かる。

 アルマティアナの海岸でも人気の無いこのエリアは、水棲系の魔物にとって絶好の棲家となっていた。

 エルフの魔法で周辺の動植物から情報を得たウォルグさんが言うには、私達が向かう西側にスカルクラブの巣があるのだという。


「この先だ」

「はいは〜い! さっさと討伐を終わらせて、思いっきりビーチを満喫したいもんだねぇ」

「ホントホント! だけど、海で泳ぐ前の準備運動には丁度良いよね!」


 言いながら双剣を持ってウキウキとしているリアンさんは、本当に戦うのが好きなのだろう。

 ウォルグさんも討伐はお好きな方だと思うのだけれど、リアンさんのように分かりやすい反応はしない。

 自然と歩くペースが早まるリアンさんは、ルークさんと共にどんどん先へと進んで行く。

 けれども私は、慣れない砂の上を歩いているせいで遅れてしまう。


「……あいつらなら、先にスカルクラブに遭遇してもどうにでもなるだろう。俺達は俺達のペースで良い」


 ウォルグさんは私の歩く速度に合わせてくれていた。

 彼の言う事は正しいのだろうけれど、ウォルグさんの照れ隠しのような言葉に、無意識に頬が緩んでしまう。

 そんなちょっぴり回りくどい言い方が、彼なりの気遣いのあらわれなのだもの。


「ふふっ……。ええ、ありがとうございます」


 隣を歩く彼の顔を見上げてお礼を言うと、少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らされた。

 すると、ウォルグさんがそっとこちらに身体を寄せてくる。


「……歩きにくいなら、俺の腕に掴まれ。その方が楽なら、の話だが」


 距離を詰めてきたのは、そういう事だったのね……!

 私はこれまで以上に優しくしてくれる彼──想いが通じ合った愛しい人の腕に、思い切って抱き着くように両腕を絡めてみた。

 普段から槍術の稽古で鍛えている逞しい筋肉が、夏服で外気に晒されている。

 その手触りがダイレクトに伝わり、細身ながらしっかりと男性らしい身体つきを意識させ、思わずドキドキと胸が高鳴っていくのが分かった。

 突然私の方から積極的にアプローチをされた事に驚いたのか、一瞬ウォルグさんの肩が跳ねたのが、途轍とてつもなく可愛らしく思えて仕方がない。

 もしかして私、いざ恋人同士になったら度胸がつくタイプだったのかしら……?


「お言葉に甘えさせて頂きますわ。私のエスコート……宜しくお願い致しますね」

「あ、ああ……!」


 胸を弾ませながら歩く砂浜。

 ふと視線を上に上げれば、未だに彼はあらぬ方向に目を向けている。

 表情が読み取りにくいからルークさんには鉄仮面だなんて呼ばれているけれど、今の私には彼の考えている事なんてお見通しだった。

 だって……ハーフエルフである証の尖った耳が、ほんのり赤く染まっているんですもの……!

 ウォルグさんって押しに弱いのかしら。まあ、私も人の事をとやかく言える程、経験豊富という訳でもないのだけれど。

 恋人の新たな一面を発見した私は、浮かれ気分で南国の風に身を任せるのだった。




 ────────────




 それからしばらくして、私達はスカルクラブの巣を壊滅させた。

 ウォルグさんの予想通り、一足先に討伐対象と交戦していたルークさん達。

 少し遅れて合流した私とウォルグさんも参戦し、確認出来た限りのスカルクラブは全て討ち果たす事が出来た。

 東側へ向かったケントさん達も同様に、ウォータースライムの群れの討伐を無事に終えたと報告してくれた。

 となれば──


「いざ! いざいざ!!」

「南国のビーチへ!!」


 ミーチャとリアンさんのテンションは最高潮に達し、いよいよお楽しみの時間がやって来た。

 私達は宿の近くの綺麗なビーチに移動して、海を目の前にしたミーチャ達は水着姿で浜辺へ飛び出していく。


「ヤッホーウ! 海! 念願の高級リゾートのビーチで遊び尽くしますよぉ〜!!」

「ウィルもルーク先輩も、早く早く〜!」


 オレンジ色の明るい水着のミーチャが、早速波打ち際でキャッキャとはしゃいで。

 赤い水着を履いたリアンさんは、浜辺の方からウィリアムさん達にブンブンと大きく手を振っている。


「ったく、こんなトコまで来ても落ち着きがねぇなあ……」

「それがリアンのイイ所なのかもしれないけど、それよりも──」


 苦笑するウィリアムさんとルークさん。

 すると、二人はこちらを向いて言う。


「その水着可愛いね、レティシア! ウンウン、ボクそういうの好きだよ?」

「美少女様の水着姿は、夏の女神の降臨に他ならないからな! いやー、この日の為に今日まで生きてたんだなぁ、俺!」

「そ、そこまでのレベルですの? ですが、その……お褒め頂きありがとうございます。お二人の水着もお似合いですわ」

「フフッ、ありがと!」

「レティシアの眩しい水着姿の前には、俺らなんざ浜辺に打ち上げられた海藻同然だぜ……!」


 うーん……どうやらウィリアムさんのテンションもおかしかったらしい。まあ、それでこウィリアムさんだと言えるのでしょうけど。


 既に制服は脱ぎ去られた後で、私達はそれぞれが用意した水着で太陽を浴びていた。

 ウィリアムさんは元から日焼けをしたような褐色肌であるだけに、海をバックにした立ち姿がとても画になっている。

 一方ルークさんはというと、あくまでも黙っていれば素敵な少年に見えた。


 そして、私が二人に褒められた水着というのが……ミーチャ達にも当日までのお楽しみとして秘密にしていた、オーダーメイドの品である。

 私はミーチャに比べると、発育が良い。主に胸部が。

 なので、少女らしい可憐なデザインを選んだミーチャとは異なり、女性らしい美しさを引き出すものを頼んでおいたのだ。

 私が頼んだ水着は白と紫を基調としたデザインのビキニで、シンプルながらも品のある深いパープルの腰布を巻いている。

 腰布には華やかな南国の花をイメージした模様をあしらっており、それに合わせた紫色の髪飾りが、私の銀糸の髪を彩る。

 流石に南国──それもこれから海で泳ぐのだがら、腰まで伸びた髪はミーチャの手によって綺麗に纏め上げてもらった。

 あらかじめ日焼けを防止する成分が含まれた薬草入りのクリームを肌に塗り込んであるので、定期的に塗り直していけば完璧な常夏レディの完成である。

 事前に試着もしたので、しっかりと胸がビキニに収まっている。これなら多少激しい動きをしても、不測の事態は防げる事だろう。


「……レティシア」


 その声に振り返れば、彼らと同じく水着姿になったウォルグさんとケントさんが居た。

 ……どうしましょう。

 お慕いしている殿方の水着姿を前に、動悸と息切れが……!

 けれどもウォルグさんも私と似たような状況だったようで、お互いまともに目を合わせられなくなっていた。


 だってだって、想像していたよりも……その、ウォルグさんの胸板ですとか割れた腹筋ですとか、物凄く輝かしく見えるんですもの……!!

 ああ……これがウィリアムさんの、私の水着姿に対する反応なのね……!?

 そうだわ。きっとそうよ。普段は見られないような艶姿を陽の光に晒している状況下で、冷静でいられるはずがないものね!!


「……その、ウィリアム達に先を越されたが……よく、似合っている……と、思う」


 段々と尻すぼみになっていくウォルグさんの声。

 ちらりと彼に目を向けてみると、やはりこちらを直視出来ていないようだった。耳だけでなく、頬も赤く染まっている。

 けれどもそれは、私もきっと同じ事で──


「……わ、私も……ウォルグさんの水着姿、よくお似合いだと思います」

「そ、そうか。……礼を言う」

「いえ、こちらこそ……!」


 側から見れば、何ともぎこちないやり取りなのだろう。

 でも仕方が無いのよ。彼の魅力が留まる事を知らないの……!

 そんな私達の会話にクスクスと笑いを零すのは、ケントさんだった。


「ふふふっ……! うん、ウォルグの言う通りだ。その水着、君によく似合っているよ。レティシアがあんまりにも綺麗だから、ウォルグはどうしたものかと困っているみたいだね」

「お、おい……!」


 顔を真っ赤にしながらウォルグさんが睨みを利かせるも、ケントさんはどこ吹く風だ。


「良いじゃないか、これも青春の一ページだよ? ああ、そろそろサーナも来るだろうから、君達は先にビーチで待っていてくれるかい?」

「はいはーい。それじゃあデレデレ鉄仮面、レティシア。ボクらは先に向こうに行ってよう?」

「ええ、分かりましたわ」

「だからそのふざけた呼び方を止めろ……!」


 私とミーチャの制服を宿に置きに戻ってくれたサーナリアさんは、ケントさんがここで待っていてくれるらしい。

 彼の厚意に甘えて、私達はリアンさん達の待つ青い海を目指して歩き始める。




 一度目の人生は、散々な結末だった。

 けれども哀れな悪役令嬢だった私は、新たな人生を歩んでいく。

 これから数え切れないような困難が待ち受けていたとしても、私の魔法とウォルグさんの槍術が合わされば最強だもの。

 それに、とっても心強い親友や仲間達も大勢居てくれる。

 こんな私を全力で愛してくれる人の為に、私──公爵令嬢レティシア・アルドゴールは、この愛の全てを彼に捧げて生きていくのだ。




 〜END〜

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【公募版】元花乙女は幸せを求めて家出する 〜悪役令嬢みたいな人生なんて、もう結構ですわっ!〜 由岐 @yuki3dayo

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