第7話 真夏の空と火照る頬

 翌朝──


 私は宿での朝食の席で、まともにウォルグさんの方を見られずにいた。

 やはりそれに気付いていたらしいミーチャが、食後に私を部屋へと連れ込んだ。


「さあ! さあ! 昨日の晩、ウォルグ先輩と何があったか話してもらおうじゃあ〜りませんかっ!!」

「こ、声が大きいですわよっ……!」


 流石は有名リゾート地の宿。

 二人部屋でも充分すぎる広さで、南国の雰囲気漂う、明るい色彩のインテリアで統一された部屋。

 その室内で、私はミーチャに壁際へと追い込まれている。

 物凄い迫力で詰め寄ってきた彼女。何も言わずにはいられないだろう。

 でも、私だって一杯いっぱいなのですけれど……!


「だってさー、あれだけ空気が悪かった二人が、朝になったらチラチラ幸せそうに視線を交わし合ってるんだよ!? 絶対何かあったでしょ! あたしにまだ言ってない、二人っきりの秘密の時間があったんじゃないんですか〜?」


 そう言いながら、壁を背にした私を囲うようにして、ミーチャは両手を壁につける。

 ニヤニヤと興味津々で質問してくる彼女は、悪気が無いのは分かるのだけれど、この押しの強さには毎度困らされてしまう。

 ……しかし、このままでは埒があかない。

 私は一度大きく深呼吸をして、少しだけ気分を落ち着かせてから口を開いた。


「……あの、ですね」

「はい!」

「……私……ウォルグさんと、その……仲直りをしましたの」

「ほほ〜う? 仲直り、ですかぁ……」


 私の言葉を繰り返したミーチャは、興味深そうに片眉を上げる。


「でも、ただ仲直りした訳ではないんじゃないですか? あたしの目に狂いが無ければ、の話ですけど!」

「うぅ〜……。どこまでも追求してくるつもりですのね……!」

「当然じゃないですか! だってほら、親友の恋路はいつだって気になるものですからねっ!」

「し、親友……」


 ……そんな風に堂々と正面から言われてしまうと、こちらとしても、誠実に対応しなくてはならないような気持ちにさせられてしまう。

 事実、ミーチャはセイガフ入学前からの仲ではあるし、私の事を応援してくれているというのも間違い無い。

 ルームメイトとしても友人としても、彼女が側に居てくれる事実は、私にとって既に欠かせないものになっている。

 それだけ熱心に私の事を考えてくれている相手になら……話してしまっても、良いのかもしれない。



 ────────────



「か〜っ!! おめでとうございます、レティシア! そうですか、そうですか〜……。レティシアとウォルグ先輩が、遂に真の意味でパートナーになったんですね……!」


 昨晩、私とウォルグさんの想いが通じ合った──とだけ、彼女に説明してあげた。

 それだけの情報でもミーチャにとっては最大の興奮材料であったらしく、まるで自分の事のように私達の事を祝福してくれる。


「ありがとうございます、ミーチャ。私もその……自由恋愛というのは初めての事ですから、色々とまだ気持ちが落ち着かないのですけれど……」


 私がそう言えば、ミーチャは勢い良く私の手を取った。


「恋っていうのは、そういうものなんですよ……多分! それじゃあいよいよ、意中の男性にレティシアの高火力な魅力で完全ノックアウトさせるお時間ですね!」

「え?」


 前のめりな彼女に首を傾げると、ミーチャは目を見開きながらこう言った。


「あれ? もしかして忘れちゃってます? あたし達がここに来た目的、よーく思い出して下さいよ」

「目的……」


 彼女の言葉に従って、一つ一つの事柄を記憶の引き出しから確認していく。


 夏休みを利用して、課題である討伐依頼をこなすべく、私達はアルマティアナへとやって来た。

 アルマティアナ近海で暴れる魔物の討伐。

 これが、私達の第一の目的だ。

 そして二つ目は、リゾート地であるアルマティアナの海を満喫する……事……。


 そこまで思い至ったところで、私は荷物の中に入れてある『とある夏のアイテム』の存在を思い出す。

 と同時に、心臓がトクトクと早鐘を打ち始め、頬が熱を持ってくるのを実感していた。


「も、もしかして……!」

「フッフッフッ……! ようやく思い出したみたいですね〜?」


 言いながら、ミーチャは私の目の前で、突然衣服を脱ぎ去った。

 そうして私の目の前に服の中身を曝け出した彼女は──健康的な肉体を華やかに彩る、鮮やかなオレンジ色の水着姿であった。



 ────────────



 アルマティアナの海はどこまでも透き通っていて、白い砂浜とクリアブルーの海が太陽を反射し、現実離れした美しさを醸し出している。

 私達がやって来たのは、宿のあるエリアからかなり離れた、あまり手入れが行き届いていない浜辺だった。

 すると、夏服の制服に身を包んだケントさんが言う。


「この近隣に水棲の魔物の巣があるそうだから、それを手分けして探して、徹底的に討伐していこう。僕とウィリアム、ミーチャはここから東側を。他の皆はルークの指示に従って、西の方を任せたいと思うのだけれど」

「ボクで良いの? まあ、この中で最年長だし、別に構わないんだけどさ」


 すると、それに対してウォルグさんが反応する。


「俺もそれで構わない。名ばかりのリーダーになるのは目に見えているがな」

「ちょっとー、それどういう意味〜?」


 不満そうに唇を尖らせるルークさんに、ウォルグさんは面倒臭そうに言葉を返す。


「俺の能力を使えば、魔物の巣を探す手間が一気に省けるだろう。だからわざわざお前の指示を仰ぐ必要が無い、と言っているんだ」

「む〜……。ホントのところ、鉄仮面のエルフ魔法が便利なのは事実なんだよねぇ……」

「その呼び名は止めろ」

「あーい、すみませ〜ん」


 言葉のやり取りだけ聞けば、仲の悪い二人に見えるかもしれない。

 けれど、憎まれ口を叩く彼らの表情は、心の底から憎しみあっているようなものではなく……それを見守る私達の表情も、とても穏やかなものなのだ。

 元々は私とウォルグさんの心のすれ違いが原因だったけれど、夏休み前と同じように、いつも通りのやり取りを出来るこの空気感が──ようやく戻って来てくれた。

 そんな何気無い日々の幸せと、ウォルグさんと本当の意味で通じ合えた事が、心から幸せだと感じるのだ。


「それで、討伐対象の魔物って何なんだっけ?」


 リアンさんの疑問に、ウィリアムさんがすぐに答える。


「スカルクラブとウォータースライムだろ? アンタ、本当に何の為にアルマティアナまで来たつもりだよ……」

「あー! そういえばそうだったね!」

「本気で忘れてたんだな……」


 若干の哀れみを含んだ視線を向けるウィリアムさん。

 そんな彼の反応を全く気にしていないリアンさんは、元気良くウォルグさんにこう言った。


「オレ、出来るだけ前線で活躍するんで! 新しい場所で知らない魔物と戦えるなんて、ワクワクするよな〜!」


 ウズウズとした気持ちを抑え切れない様子の彼に、ウォルグさんが小さく笑う。


「それなら、俺とどちらが多く魔物を狩れるか勝負するか?」

「勝負!? うわ〜っ! そういうの一度やってみたかったんだよね!!」

「じゃあ、それで決まりだな。……レティシア、ルーク。お前達もそれで構わないな?」


 そう問われた私とルークさんは、苦笑混じりに頷いた。


「お二人共、負けず嫌いですものね。一度勝負すると決めてしまったのであれば、私達が止められるはずもありませんもの」

「レティシアの言う通りだね〜。それじゃ、ボクらはその分、たっぷり楽させてもらいますよ」


 そんな中、先程水着を披露していたミーチャは、寂しそうな顔をして制服に着替えていた。

 海で遊ぶのは、この討伐が済んでからの約束だったのだ。

 それなのに、すっかり朝から遊び尽くすつもりでいたミーチャ。


「くぅ〜……。まさか、あたしの方が本来の目的を見失っていたパターンだったとは……! ミーチャ・シャーン、一生の不覚……!!」


 ……大丈夫ですわよ、ミーチャ。

 ここに居る全員、依頼が済んだらすぐ遊ぶつもりで居ますから、貴女と同じく制服の下に水着を着ていますわよ。


「さて、組み分けも済んだ事だし……。それぞれしっかり役割をこなして、昼までにここに戻って来るのを目標にしよう!」

「「おー!!」」


 ケントさんの声を合図に、リアンさんとミーチャが拳を突き上げながら応える。

 賑やかな雰囲気の中で二手に分かれ、それぞれが担当する区域へと歩き出した。

 すると、少し先を歩いていたウォルグさんが、私の方を振り向いて小さく微笑んだ。


「どうした? あいつらに置いていかれるぞ」


 彼が女の子に笑顔を見せてくれるのは、きっとこの世界で私だけ。

 寿命の違いだって、これまで生きてきた世界だって違うだろう。

 それでも私は──彼は、お互いを人生のパートナーに選んだのだもの。


「ふふっ……ええ、すぐに追い付きますわ」


 私は彼の隣に駆け寄った。

 自然と溢れる笑みをそのままに、ウォルグさんの手に自身の指を絡める。

 彼は少し驚いた様子だったけれど、心なしか嬉しそうに私の手を握り返してくれたのだった。

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