最終章 たとえこの命尽きたとて
第1話 夏の訪れ
ヘンリー先生からの招集があった日から、数週間後。
夏休みを目前に控えた生徒達は皆、帰省や遠征に向けて準備を始めていた。
その中には当然私達も含まれている。
今日は終業式の後、ミーチャと一緒に買い物に行く約束をしていた。
私達の班は砂浜と太陽の似合うリゾート地、アルマティアナ近海に出現する魔物を退治しに向かう。
アルマティアナまでの交通費と宿泊費などは、本来ならばそれぞれで出し合って
けれども私やウォルグさんという成績上位者への特別なご褒美という事で、それらの代金はセイガフの理事長様が自ら支払って下さるのだとか。
ああ、そういえば私達がアルマティアナに行く事が決まったのは、同じくヘンリー先生に呼び出されたロビンさんに頼まれたからなのよね。
何があったかは教えてもらえなかったけれど、彼には海に良い思い出が無いらしくて……。
だから自分は気の合う友人を誘って、タルカーラ大森林の方を担当させてほしいと言われたのよ。
せっかくの夏休み。それも高級リゾート地に皆で行けるという機会を譲ってもらえたのだから、ロビンさんには何かお土産くらいは用意して差し上げなくては失礼よね。
そうして終業式の準備が整うまで教室で待機を命じられた私達は、いつものように窓際に集まり雑談をしていた。
「クラスの半数は、ご実家に顔を出しに行かれるそうですわね」
「オレはこのまま寮に残るけど……」
「俺もだな」
今朝のホームルームまでに、アレク先生に帰省届を提出したのはこのクラスの半数程。
ケントさんは帰省なんてしなくても、元々この学校があるアレーセルの街の住人だ。
そういう人も少なくはないのだけれど、夏の間に畑の手伝いに帰る方や、単純に家族に会いに行くという方も多いようだった。
すると、ミーチャが口を開く。
「あたしは遠征が済んだら帰省しますね〜。元気にやってるよって報告したいし、地元の友達とも久々に会いたいですし!」
彼女の明るい性格を踏まえれば考えるまでもなかった事だけれど、やはり私達以外にもお友達がいらしたようね。
別に、ちょっぴり寂しかった訳ではありませんけれど。
……ほ、本当ですわよ?
「あ、そういえばレティシアはどうするんです?」
「私ですか?」
急にミーチャに話を振られて驚いた。
「落ち着いたら、一度実家に帰ろうかと思っていたのですけれど……」
「けれど?」
先日ルークさんに聞かされた、魔族大陸と魔王についての話が脳裏にちらつく。
どうやら彼も実家には戻らないそうだから、この夏休みの間にルークさんからもっと詳しい話が聞ければ……そう思うと、アルドゴールのお屋敷でのんびりしているのもどうかと思ってしまうのだ。
明確な理由は無いけれど、私は巫女や魔王についての事をもっと知っておかなくてはならないような──そんな気がしてならなかったから。
「……色々ありまして、今年は帰れそうにありませんの。家に手紙は出してありますから、それ程心配はしないでしょうし」
「結構な長旅になりそうだしなぁ。連絡取れてんなら大丈夫じゃねぇか?」
「ええ。それに先日はお兄様が会いにきて下さったので、私の事はお父様達もお兄様から話を聞いているかと思いますわ」
それからしばらくして、終業式が始まった。
一年生から四年生まで、全クラスが集まる。
壁際には先生達が並んでいた。
『それではまず始めに、セイガフ理事長からご挨拶をお願い申し上げます』
拡声魔法が講堂に響き渡る。
声に従って、くすんだ赤髪の男性が壇上に現れた。
よく見ると猫耳らしきものが見える。獣人だろうか。
肉体派のこの学校を体現するような逞ましい身体つきが、服の上からでもよく分かる。
『新入生の諸君、入学おめでとう。挨拶が今日まで遅れてしまった事、ここに深くお詫びする。私はこの学校の理事長を務めるログス・セイガフだ』
ログス理事長は、かなりの強面だった。
しかし、悪い人ではなさそうだ。だってほら、私達の旅費を快く出して下さるような、懐の深い殿方のようですし。
『今年は優秀な生徒が多いと聞いている。二年生、三年生、そして最上級生も含め、休み明けのルディエルとの魔法大会にて諸君らの活躍を期待している。以上で私からの挨拶を終わる』
それから何事も無く式が終わり、教室に戻ってアレク先生から通知表を受け取った。
私の成績は絶好調だった。主に座学と魔法はパーフェクトと言っても過言ではない。
「うわぁぁぁ! 実技系以外ほぼヤバい!! こんなのオヤジに見られたら半殺しじゃすまねーよ!!」
「ほほーん? ま、俺様はお前と違って勉強も出来ちまうから? 超余裕で夏休みをエンジョイ出来ちまうんだよなぁ〜コレが! 自分の才能が怖いわ、ホント」
「どれどれ〜?」
横からミーチャがウィリアムさんの通知表を持ち去り、私にも見えるように隣に並んだ。
彼の発言通り、魔法系の科目は私より劣るものの、確かに好成績に間違いなかった。
「うわ、あたしより成績良いとかマジですか!?」
「ウィリアムさん、確か特待生で入学なさったんでしたよね? わたしよりも評価が高い科目ばかりです!」
驚く二人に、ウィリアムさんは機嫌良く答える。
「そうだぜ、見直したか? これで俺様は心置き無く南のリゾートで美少女様と遊び尽くせるってワケだ! リアンと違ってな」
「ぐうっ……反論出来ないのが悔しい! 相手がウィリアムっていうのが余計に悔しい!!」
「まあまあウィリアムさん、その辺にしてあげて下さいな。リアンさんも次こそはもっと良い成績を残せるよう頑張りましょう? 私も教えられる範囲なら勉強にお付き合いしますわ」
私の言葉にリアンさんと、何故かウィリアムさんまでもが反応した。
「ホント!? じゃあ今度のテストの時に勉強付き合ってよ!」
「ええ、勿論ですわ」
「おい、バカリアン! てめぇ、バカってのを利用してレティシアとイチャイチャお勉強会しようったってそうはいかねえぞコラァ!!」
「バカなのは認めるけど……い、イチャイチャだなんて、そんな事考えてねーよ!」
「今一瞬想像しただろ? 二人っきりの甘い時間を想像しただろ! 俺はした! 想像だけでも最高だったさ!」
ああ、また二人の喧嘩が始まった……。
「そんな……そんな羨ましいシチュエーションをお前だけに味わわせてやるかってんだよ! その時は俺も参加するからな! 絶対だからなこの野郎!!」
「ちょっと落ち着きなってウィル! レティシアが困ってるでしょー!」
でも、こんな喧嘩でもちょっとだけ心地良かったりもする。
あの日ウィリアムさんに森の中で告白されてから、もしかしたらこれまでの関係がぎこちなくなってしまうかもと心配していた。
けれども彼は今のように、それまでと変わらずに私と接してくれている。
いつまで答えを出すのに悩んでいるかは、私にも予想がつかない。
ウィリアムさんのそういった優しさに、私は甘えてしまっている。
ウォルグさんの事だってそうだ。
でも……今は、まだ。
全てに決着がついたら、答えを出そう。
私を愛してくれる、素敵な人。
私の未来の旦那様になる人を──きっと。
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