第2話 男子禁制、女子だけのお楽しみ

 今学期の成績で一通り騒いだ後は、女子だけでのショッピングの時間がやって来る。

 午前中に終業式が終わったので、その後は街でランチも済ませてしまう予定だ。


「楽しみだなー、アルマティアナ! 南国のリゾートなんて生まれて初めてですよぉ!」


 校門を出たあたりで、ミーチャが興奮気味に目を輝かせて言う。


「あ、でもレティシアは公爵家のご令嬢だし、やっぱりそういう場所には慣れてたりするんです?」


 物心つく前にバカンスに連れて行かれた、という話は知っている。

 けれども、私自身が覚えていない旅行を経験としてカウントしても良いものなのかしら。


 以前の人生では、セグの花乙女に選ばれるべく、様々な勉強やレッスンに励む日々が続いていた。

 そのせいもあって、遠出をする余裕はほとんど無く、最初の花乙女として選ばれたのはルディエルの学院に通い始める前だった。

 公爵令嬢に相応しい生活は送れていたはずだけれど、途中から生活の基盤を後宮に移した私は、実はそれほど旅行らしい旅行の経験が無かったりする。


「私はほとんどそういった経験はありませんわ。ですから、今度の遠征はとても楽しみにしておりますのよ」


 今の人生でも、すぐに家を出てミンクレール商会でお世話になる道を選んだから、それほど変化がある訳でもない。

 しかし、セイガフ生として討伐遠征で見知らぬ土地に赴くのは、ある意味旅行であるとも言えるだろう。




 足取り軽く、私達は目的の店に到着した。

 大通りに面したカフェに入り、美味しいと評判のサンドイッチをそれぞれ注文する。

 ふわふわのパンには玉子とベーコン、レタスにトマトが挟まれていて、見ているだけで食欲をそそられる。

 店員さんにお勧めの紅茶も頼んで、それを堪能して、少しまったりしてから店を出た。

 腹ごしらえが済んだら、次は今回の最重要目的となるアイテムを調達に向かう。


 リゾート地。

 南の海。

 そしてビーチ。


 ここまでヒントが揃えば、私達が何を欲しているかは一目瞭然だろう。

 そう──


「この水着、可愛い〜!」


 ミーチャが歓喜の声をあげたのは、ミンクレール商会のとある一室。

 アルマティアナ行きが決まってすぐに、私は商会で水着を用意してもらおうと話し合っていたのだ。

 入学前までビジネスパートナーだったマルコさんを通じて、夏に向けた新作の水着を何点か揃えてもらった。

 水着を選ぶのは勿論、試着もしなければならないので、彼には退室して頂いている。


「これなんてミーチャに似合うのではありませんこと?」


 大きな籠の中から私が手に取ったのは、オレンジ色の布地に白い花をあしらったビキニ。

 彼女の柔らかなミルクブラウンの髪と、活発なイメージにピッタリの水着だと思う。

 早速ミーチャはそれを受け取ると、カーテンで仕切られた向こう側へ姿を消した。

 けれども、仕切りの向こうから彼女の唸る声が聞こえてくる。


「どうかなさいました?」

「うーん……あの、レティシアは試着しなくて良いのかなって思いまして。せっかく色々用意してもらったんですし、レティシアの水着姿も見たいなぁ〜……と」


 けれど、ミーチャには大きな見落としがあった。

 私は彼女にこう告げた。


「……あの籠の中にあった水着を見て、何か気が付きませんこと?」

「え……?」

「この中にあるのは、スレンダーな女性……といいますか、少し幼い身体つきの方向けの水着です」


 その言葉で、ミーチャはハッとした。


「……! そういう事だったんですね、レティシア!」

「ええ、そうです。この水着は……私には着られません」


 十五歳の少女にしては発育の良い、お母様譲りの女性の象徴。


「レティシアならあたしと同じようなサイズだと、確実に収まりきらないでしょうね……!」

「ええ……。喜ばしいのか悩ましいのか、自分でも判断に困りますけれどね」


 レオノーラお姉様には及ばないけれど、私は彼女達よりも乳房が膨らんでいる。

 それは制服の上からでもよく分かる丸みで、年齢を重なるにつれて、それは大きさを増していた。


 胸が大きいというのは、男性受けがとても良い。同性にもある程度は羨まれるステータスだ。

 しかし、この年齢で支えが無ければ歩くだけで揺れるサイズなのだから、一般向けの衣服では着られないものが多いのだ。

 先程ミーチャにも言った通り、この水着は私には着られない。例え、どれだけ可愛いデザインだったとしても。

 だから私はこんな事もあろうかと、以前から別で私用の水着を頼んであった。


「ミーチャ、水着のサイズは大丈夫でしたか?」


 カーテンの向こうに居るミーチャは、丁度着替えを済ませたタイミングだったらしい。

 私が声を掛けるとほぼ同時にカーテンが開く。


「サイズはピッタリですね! どうでしょう、似合ってますかね?」

「その場でくるっと回ってみて頂けますか?」

「はーい!」


 指示通りに一回転したミーチャ。

 やはりオレンジ色は彼女によく合っている。

 私は満足げにそれに頷くと、ミーチャは嬉しそうに笑った。


「とてもよくお似合いですわ。水着はまだありますけれど、他のものも試してみますか?」

「ううん、あたしこれが良いです! このお花の模様が可愛いし、胸元についたリボンも気に入っちゃったの」

「それは良かった! 私もこれが一番貴女に似合うと思っていたので、我が事のように嬉しいですわ」




 ******




 あたしと入れ替わりで場所を移したレティシアに、どんな水着を選んだのか話を聞いた。

 でも、それは当日までのお楽しみだと言われてお預け状態。

 もう昨日の内に試着を済ませていたらしい。ミーチャさん大ショックである。

 だけどアルマティアナで水着の二人と遊べるのは間違い無いから、寮に帰ったら遠征の準備と、もうすぐ帰れるよって手紙を家族宛に書いておかないとね!


 それに、楽しみな事はまだまだあるんだから。

 だって海だよ? 水着だよ?

 リゾートなんだよ?

 水着の男女が揃えばラブへの発展間違い無しでしょ!?


 お調子者なのに、顔と成績だけは完璧なウィル。

 そして無愛想でちょっと近寄りがたい一匹狼。でも明らかに過保護な面を覗かせているウォルグ先輩。

 不定期に開かれる夜の女子トークでは、何やら二人から告白されちゃったみたいじゃない?

 あと、レティシアはこの商会で二年も働いてたっていうんだし、ケント先輩とも何かあってもおかしくないでしょ?

 それに、鈍感そうだけど、リアンだってレティシアの事は悪く思ってない。

 ルーク先輩も、最近はレティシアによく絡むようになったんだよねぇ……。


 何なの、恋のハリケーンですか!?

 めくるめくラブロマンスの必殺コンボ決めちゃいますか!?

 はー、レティシアしゅごい……!

 男も女も虜にしちゃうとか、ウィルじゃないけどホントに女神のような女の子だよね〜。

 男子達の行動には目が離せませんなぁコレは!

 ああ、なんか興奮しすぎて暑くなってきちゃった。


 大事な大事な友達の恋、あたし目一杯応援しちゃいますからね! レティシア!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る