第6話 閉じ込めたもの

 私とパートナーのリアンさんの対戦相手は、ウィリアムという変な男と、控え目な印象の少年である。

 見たところ、ウィリアムさんは武器らしい武器は持っていない。

 しかし、彼のパートナーは杖を構えていた。

 前衛で戦うであろうウィリアムさんは、どこかに武器を隠し持っているのかもしれない。それを念頭に置いて行動しなければならないが……。


「よーし、やってやろうぜレティシア! あんな変なヤツに負けてたまるかってんだ!」


 私の隣で息巻くリアンさんは、冷静に相手を分析出来るタイプには思えなかった。

 双剣を握り締め気合いを入れている彼に、私は小声で囁く。


「……あの変な人が何を隠し持っているか分かりません。ですから、それに注意して戦うようにして下さいませ」

「え? どゆこと?」

「どういうって……。武器を隠し持っているかもしれないから、気を付けて下さいという意味ですわよ」


 ああ、やっぱり駄目そうですわ……。

 私は思わず、可哀想な生き物を見る目で彼を見てしまった。


「ああ、そういう意味か! 分かった分かった、気を付けて戦うよ!」

「本当に分かって頂けました……?」

「おう! まあ見てろって!」


 そう言って、リアンさんは元気いっぱいな笑顔を向けた。

 それはまるで、向日葵ひまわりのような明るい笑顔。

 私達二人の試験の評価がかかっているというのに、プレッシャーなんて何一つ感じさせないその振る舞いには、素直に感心した。

 きっと彼は、騎士か戦闘系ギルドのメンバー入りを目指して受験を決めたのだろう。

 戦いを前にして瞳を輝かせ、己の強さを信じる真っ直ぐな心を持っているように感じる。



 そして、試験監督が合図の笛を鳴らす。

 私達の模擬戦が──始まった。


「いっくぜー!」

「オラ来いやぁ!」


 まずは、リアンさんが突っ込んだ。

 余裕の態度で彼を見据えるウィリアムさんは未だ丸腰の状態。どんな手で迎え撃つつもりなのだろうか。

 一気に距離を縮めたリアンさんがウィリアムさんを斬り付ける。


「何!?」


 しかし、彼のついの刃は、虚しく空を切る。


「だからてめぇはドアホだってんだよ、ボケがッ!」


 完全に動きを読んでいたのだろうか。

 ウィリアムさんは鮮やかに攻撃を避け、ガラ空きになったリアンさんの背中に回し蹴りを入れられる。

 リアンさんは床を転がるように蹴り飛ばされ、その衝撃で双剣が手から離れていってしまった。


「いってぇ~……!」


 痛みに顔を歪めるリアンさん。

 私はその時、もう一人の少年が何かの詠唱を始めたのに気が付いた。

 彼が見つめるのはリアンさんだ。彼を狙った魔法を仕掛けるつもりなのだろう。

 私はすぐに詠唱を開始し、リアンさんの周囲に強固な魔法防御の結界を展開させる。

 すると、リアンさんの周りが一瞬で炎に包まれたではないか。


「うわっ、何だ何だ!?」


 魔法で生み出された炎は、リアンさんに触れる事なく徐々に消えていった。


「へぇー……。ヤケド一つねぇとは、やるじゃねぇか」

「凄いなレティシア! 火傷は勿論、全く熱くもなかったぜ!」

「そういう結界魔法を使ったのですから当然ですわ! ほら、ぼーっとしてないで立ち上がりなさい!」

「ご、ごめんごめん!」


 リアンさんの攻撃は単純な動きだから、武術の心得がある人ならば読みやすいはずだ。だからあんな変な人にも簡単に避けられてしまう。

 しかし、彼は転がる程蹴られたというのに、笑っていた。

 まだまだ勝機はあるのだと、そう感じさせるような──希望に満ちた表情を浮かべるのだ。


「うっし! 次は同じ手でやられねーかんな!」


 再び両手に剣を握り、リアンさんは好戦的な笑みを口元に宿す。

 ウィリアムさんは片眉を上げ、やれるものならやってみろとでも言いたげな表情。

 全然相手にしていないような、相手を小馬鹿にした雰囲気で鼻で笑った。


「レティシアも援護宜しくな! キミになら背中を託せそうだ!」

「全身を託されても問題ありませんわ! 思い切り戦って下さい、リアンさん!」

「リアンで良いよ……っとぉ!」


 突然、赤い風が駆け抜けた。

 火炎弾のような猛スピードで走るリアンさんであろうその風は、瞬きの内にウィリアムさんの背後に回っていた。

 私の脳がそれを理解するよりも早くウィリアムさんがその異変に気付いたが、彼が防御の態勢に入る間も無くリアムさんに背中を蹴飛ばされる。


「んなっ!」


 数メートル身体が飛ばされたウィリアムさんだったが、着地のタイミングで受け身を取って何とか耐えた。

 ついさっきまで綺麗にセットされていたアメジストのような髪は乱れ、同じ事をやり返された怒りからか、表情が一変している。


「オレが本気を出しゃあこんなモンよ!」


 先程までとは打って変わって無表情になったウィリアムさんは、ふらりと立ち上がる。

 その黄金の瞳は、もう私を映してはいなかった。


「……調子乗んなよ、クソチビが」


 地獄の底から響くような低い声が、私達の鼓膜を揺らす。

 次の瞬間、ウィリアムさんは両手に魔法陣を出現させた。


「俺様をコケにした事、後悔させてやるよ……!」

「お前、一体何を……」


 明らかに様子が変わったウィリアムさんに危険を感じた私は、改めてリアンさんに結界を張る。

 今度のものは、物理と魔法の両方から身を護る種類のものだったのだけれど、急いで作った結界だから強度に少し問題がある。

 しかし、今はそんなに時間を掛けられる余裕が無い。ウィリアムさんは魔法陣から二丁拳銃を召喚したらしく、すぐさまそれを使って攻撃を開始したせいだ。


「オラオラオラぁ! これでもまだ反撃出来るってのかよ、ああ!?」

「なん、だってん、だよっ!」

「リアン……!」


 ウィリアムさんが撃ち続けている銃弾は鉛玉ではなく、使用者本人の魔力を消費するタイプの魔法拳銃のようだった。

 彼の得意属性の傾向なのか、赤紫色の光の玉が途切れる事なくリアンさんを襲う。

 それを両手の剣で弾いていくリアンさんだったが、時々上手く弾けなかったものが私の結界にぶつかり飛び散っていく。

 そして遂に結界が耐え切れなくなり、リアンさんを包んでいた光の膜が崩壊した。


「くっそぉ……!」

「終わりにしてやるよッ!!」


 捌ききれなくなった魔法の銃弾が彼の身体に命中し、次から次へとダメージを与えていく。

 あまりにも一方的なその光景に、ウィリアムさんのパートナーは棒立ちで見ているだけだった。


 けれど、私の準備は整った。

 目の前のリアンさんしか捉えていないウィリアムさんの目では、彼の足元に私が展開していた巨大な魔法陣なんて見えていない。

 私はありったけのマナを掻き集め、大声で叫ぶように詠唱する。


「古の宮殿を形作りし堅固なる水晶よ! 我は今ここにそれを再現せん! クリスタルパレス!!」


 魔法陣は眩い光を放ち、ウィリアムさんを呑み込む。

 そして──


「……これ以上彼に怪我を負わせれば、貴方はパートナーもろとも、ルール違反で失格になりますわよ」


 ウィリアムさんは、私が発動した水晶で出来た空間に閉じ込められていた。


「……っ、おい美少女様! 俺をここから出してくれ!」

「出しませんわよ。貴方達が負けを認めるまでは……ですけれど」


 クリスタルパレスとは、結界魔法の中でも発動が難しい古代魔法の一つである。

 私が以前の人生で選んだ研究テーマは、結界魔法だった。

 その中で調べ物をしている内に知ったものが、この魔法だったのだ。

 外からも中からも簡単には壊せない、とてつもなく頑丈な魔法の水晶。それをドーム状にした事で、ウィリアムさんを閉じ込める檻になるのだ。

 魔法銃を受けたリアンさんの身体は痛々しく、服には赤い模様が滲んでいた。

 ウィリアムさんの魔法の弾丸は、やじりのように鋭かった気がする。きっと、それで肉を突き刺すように撃たれているのだろう。


「私は結界しか使えない魔法使いではありませんわ。その気になれば、この建物を壊すぐらいの威力の攻撃魔法は使えますし、回復魔法でリアンさんを癒して貴方のパートナーを追い詰める事だって可能です。さて、貴方達はどちらで負けるのがお望みですの?」


 早くこの試合を終わらせて、一刻も早くリアンさんの治療を行うべきだ。

 私にもっと丁寧で迅速に強固な結界を作れる技術があれば、彼をこんな目に遭わせる必要も無かったのだ。

 ……せめて、彼の治療くらいはさせてほしい。

 そんな焦りの色を公爵令嬢の仮面で隠し、私はウィリアムさんと、もう一人の少年に目を向けた。




 ******




 ウィリアムとかいう変なヤツが閉じ込められて、レティシアは俺を庇うようにして、その小さい身体で二人に立ち塞がった。

 怪我でボロボロになったオレを、こんな細っこい女の子が護っている。

 すっげー情けないし、カッコ悪い。ダサすぎるぜ、オレ。

 でも、レティシアがかけてくれた魔法が無かったら、多分もっと酷い事になってたと思う。

 あの変な紫芋みたいなヤツは、俺に蹴り飛ばされてからふいんきがおかしくなりやがった。


「ほら、降参なさるなら今の内ですわよ? 十数える間に決めて下さいな。はい、ひとーつ。ふたーつ。みーっつ」


 俺の炎獅子モードが上手く使いこなせてればどうにかなったかもしれないけど、そんな急にコントロールが完璧になる訳でもないもんな。

 今はスピードだけしか上がらないから、もっと練習しなくちゃならない。


「よーっつ。いつーつ。むーっつ。ななーつ」


 それにしても何だってんだ、あいつの豹変っぷりは!

 オレがあいつにやられたのと同じ事をしてやっただけだってのに、あんなバカみたいにバンバン銃撃つなってんだよな!


 ……ってか、やばい。

 急に安全になったからか、気が抜けるついでに、意識が……とびそう、かも──




 ******




「わ、分かりました! 降参します!」

「ハァ!? てめぇ何勝手に──」


 容赦無くカウントダウンをしていると、ウィリアムさんのパートナーが、私の思惑通りに降参してくれた。


「では、私達の勝ちで宜しいですわね?」

「もう、それで良いですから……。ぼ、ボク、こんな怖い人がパートナーだなんて最初から嫌だったのにっ……」


 緊張の糸が解けたのか、少年はその場に座り込んで泣き出してしまった。

 というか、そんなに嫌われていましたのね、ウィリアムさん……。


「てめぇ失礼だなオイ! いくら俺様が海のように広いハートの持ち主だからって、傷付く事はあるんだからな!?」

「貴方の見た目が威圧的で怖いからでしょう? それに、あんな場面を目の当たりにしたのだから……」

「それはっ……!」


 親の仇でも見るような恐ろしい顔で、ただひたすら銃を連射する、色黒不良少年の図。

 いかにも優等生で優しそうなあの子には、いくら何でも刺激が強すぎるだろう。


「……こっちだって、色々と思う所があんだよ」


 それに気付いたらしいウィリアムさんは、そう呟いてから気まずそうに黙り込んだ。

 私は試験監督に言う。


「こちらのお二人はもう降参し、戦闘の意思はありません。よって試合は終了ですわよね?」

「は、はい! 気が回らずに申し訳ございません!」


 ちょっと、何故貴方が私にまで怯えるのですか。訳が分かりませんわ!


 私に促され、試合終了を告げる笛が高らかに鳴る。

 さて、これでひとまず模擬戦は終わった事だし、リアンさんの治療をしなくては。

 私は背後を振り返る。

 すると、リアンさんはゆっくりと目を閉じて──前のめりに倒れ込んだ。

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