第7話 重ねてしまう知らぬ過去

「リアンさん!?」


 突然倒れたリアンさんに駆け寄る。

 集中力が途切れたからだろう。ウィリアムさんを閉じ込めていた水晶は消滅し、彼も走って側に来た。


「ちょ、大丈夫か!? これって俺のせいだよな!?」

「貴方はとりあえず騒がないで下さい!」

「美少女様の仰せのままに!」


 ひとまずウィリアムさんを黙らせたところで、私は倒れた彼を仰向けにさせ、回復魔法を発動しつつ試験監督に告げる。


「急いで医療班を呼んで下さい! 応急処置程度なら私でも出来ますから、早く!」

「は、はい!」


 慌てて指示に従うその後ろ姿を視界の端に捉え、私は内心舌打ちした。

 模擬戦ではこういった怪我や事故も想定して動くべきだろうに、何をやっているのだろうか。

 私の命令が無ければ動けないだなんて……。お兄様が卒業した途端にこの体たらくですの!?

 他の教師達もこんなありさまだったらどうしましょう。さっきの人が、今回の試験の為に雇われた人間である事を願いたい。



 リアンさんの出血が激しい。

 気を失ったその顔は青白く、これ以上血を減らさないように魔法のベールで傷口を覆った。

 医療班が来るまで、これが解除されないように意識を集中させる必要がある。

 しかし、さっき使った古代魔法で魔力が大きく消費されている為、いつまで保つか分からない。

 この光景を目の当たりにしている他の入学希望者達もざわついていて、動揺が広がっていた。


「……何か、俺に出来る事はあるか」


 ふざけた様子が一切無い声色で、ウィリアムさんが言う。


「……回復魔法の心得は?」

「使えねぇ」

「でしたら、魔力を回復出来る物は?」

「ブルーポーションなら一本ある。飲むか?」

「ええ、戴きます」


 ウィリアムさんが腰にさげた道具袋から取り出した、ブルーポーション。

 細長いガラス瓶に入れられたその青い液体は、飲んだ者の気力を回復させる効果のあるアイテムだ。

 気力が戻れば魔力を引き出す力を持ち直せるのだが……魔力とは、魂から生み出すエネルギー。

 魂に負担を掛ける頻度でこれを繰り返してしまうと、寿命が縮んだり、魔力の最大量が減ってしまう事もある。

 しかし、使い方さえ間違えなければ心強い薬品なのだ。

 私は片手でポーションを受け取り、もう片方の手からはリアンさんを癒す光が発せられ続けている。

 少し癖のあるハーブティーのような香りのそれを飲み干し、一分もすればある程度は楽になってきた。

 回復魔法は基本的なものしか扱えないので、私は止血のベールと同時に、下級の外傷治癒の魔法を展開させていく。

 ウィリアムさんの銃弾が掠めた小さな傷は治っていくけれど、直撃した部分はなかなか治ってくれない。


「こんな事になるのなら、もっと回復魔法を学んでおくべきでしたわ……」


 本格的な戦闘の経験なんて無い。

 以前の学校でやった模擬戦レベルでは、ここまでの負傷者が出る事は無かった。

 何故なら、相手は互いに貴族である事が多い。余計なトラブルを起こさない為に、ある程度能力をセーブして戦うよう決められていたからだ。

 だから私は、こうして誰かが窮地に立たされた時の対応が出来ない。

 お兄様はきっと、こんな状況を何度も切り抜けてきたはずだ。

 そして今もなお、『ガリメヤの星』を壊滅させるべく戦う道を選び、突き進んでいる。


 誰かを護る為の戦い──

 私もお兄様のように、私の周りの人達を護れるようになれるだろうか。

 だって私にもっと力があれば……一瞬でリアンさんを治す事が出来るのだもの。

 私の結界だけでは護りきれなかった時、それを癒す事が出来れば──


「救護の者です! すぐに治療を開始します!」


 ようやく駆け付けた救護班と交代し、リアンさんの治療が始まった。

 私は彼の傷の状態を説明する。それを聞いた救護の方々は、リアンさんの傷をある程度治した後、本格的な治療を施すべく彼を担架たんかに乗せる。

 すると、役立たずの試験監督を連れて長い銀髪の男性がやって来た。

 その男性は私とウィリアムさん、そして彼のパートナーの顔をそれぞれ見てこう言った。


「君がその赤髪の少年のパートナーで、君達がその対戦相手だな? この試験監督の男から話は聞いている。ここから先は我々に任せ、君達には別室に来てもらいたい」

「は、はい。分かりましたわ」


 その男性は、観客席に座る他の子達にも聞こえる声量で言葉を続ける。


「模擬戦の再開は三十分後とする! 諸君ももう理解してくれているだろうが、対戦相手の命を奪うような危険行為は、絶対に行わないように! 以上!」


 彼のその言葉で、訓練棟の空気が引き締まるようだった。





 銀髪の男性は、私達三人を引き連れて建物を出る。

 すらりとした背の高いその人は、お兄様とはまた違った鋭さを持つ顔立ちだ。


 しばらく歩いたところで別の建物に入り、廊下の突き当たりの部屋に通される。

 生徒指導室と札が出されたその場所は、椅子と長机が置いてあるだけの殺風景な空間だった。

 彼は無言のまま。椅子に座るよう視線で促され、大人しく私達はそれに従った。

 長机を挟んだ向かい側に男性が座り、私はウィリアムさんともう一人に挟まれる形で並んで着席する。

 その時、ウィリアムさんは私が座りやすいように椅子を引いてくれたので、本当に美少女に弱い人なんだな……と、密かに実感した。


「……私はアレク・グリーンウッド。この学校で教師をしている者だ。あの試験監督は使えん奴だな……。後程、奴に厳しい処罰を与える。迅速な対応が遅れて済まなかった」

「その判断はそちらさんに任せるが、どうして俺達をこんな所に連れて来たんだ?」

「あの少年が、あれだけの怪我を負った理由を伺いたくてな。何やら君の攻撃によるものだと耳にしたんだが……ひとまず、全員の名前を教えてもらえるか?」

「俺はウィリアム・ハルーガ。確かにあのリアンとかいうヤツは、俺の魔法銃でああなった。やりすぎちまったと反省してる。後で顔出しに行くよ」


 アレク先生──で良いのかしら──は、ウィリアムさんの言葉に頷いた。


「私はリアンさんのパートナー、レティシア・アルドゴールと申します」

「ぼ、ボクは……ロビン・ルーマ、です」

「ウィリアムにレティシア、そしてロビンだな。ではまずウィリアムに訊きたい。模擬戦のルールは読んだか?」


 アレク先生は懐から一枚の紙を取り出し、机の上に出した。

 そこには、今回の模擬戦での注意事項などが書かれている。


「ここに『対戦相手を殺害してしまった場合、その受験者は即失格とする』という一文がある。これに目を通しているのであれば、あれほど失血させるような過剰な攻撃はしないはずなんだが……」

「……読んでねぇ。だがよ、流石に殺すまでやってやろうなんざ思ってねぇからな? そこまで俺は落ちぶれちゃいねぇよ」


 試験日のお知らせの手紙と一緒に、このルール説明の紙が同封されていた。

 私はそれが届いた時にこのルールを読んでいたからこそ、ウィリアムさんを止めたのだ。

 戦闘面において光るものを持つウィリアムさんが、ルール違反によって失格にされてしまうのはもったいない。

 ……変な人ではあるけれど、才能ある人物なのは確かだから。


「常人ならば、こんなルールなど無くとも人殺しはしない。だが、過去にそういった事例があったからこそ、追加されたルールでな。君のような、才能ある若者を失うのは惜しい。今後は充分気を付けるように」

「今後って……失格にはされねぇって事か?」

「多少の怪我は大目に見る。君は、彼女の処置に助けられたな。これでもしあの少年が失血死していれば、君は受験資格を失い、殺人犯として捕らえられていただろうからな」

「マジすか……」


 魔物の討伐試験なども行われるセイガフでは、模擬戦で相手に多少の怪我を負わせてしまっても、ある程度は許される──らしい。

 これがもし学院で起きていたとしたら、即謹慎処分にされるか、怪我をさせた相手によっては、強制的に退学に追い込まれていただろう。

 ルディエルの学院は、貴族や富豪の中での上下関係が厳しいから、物理的な危害を加えた場合の制裁が重いのだ。

 それを踏まえて考えると、ウィリアムさんはここを受験していて幸運だったと言えるだろう。


「ありがとな、美少女様。アンタのお陰で、まだ俺が合格する希望はありそうだぜ」

「どういたしまして。でもその呼び方、うざったいのでやめて下さらない? 人前でそんなおかしな呼び方をされるのは……複雑ですし」


 私が美しい事は否定しないけれど、それをそのまま受け入れるのは、何だか痛々しいというか……。


「じゃあ、素直に呼び捨てにさせてもらっても構わねぇか?」

「……どうぞご勝手に」

「話を戻すが……ウィリアム。何故君は過剰な攻撃を仕掛けたんだ? 殺すつもりは無かったとはいえ、あれだけの大怪我を負わせた理由を知りたい」


 アレク先生にそう問われ、ウィリアムさんは表情を曇らせながら言う。


「まあ、その……昔色々あってな。リアンにやり返された時、その当時の嫌ーな記憶が蘇ったっつーか……」

「嫌な記憶? もう少し具体的な部分を聞いても構わないだろうか」

「んー……あんま聞いてて楽しい話でもねぇけど、それでも良いのか?」

「気が進まないなら、ぼかして話してくれても良い」


 そう言われて、ウィリアムさんは一つ溜息を吐いた。


「……俺がもっと小せぇガキだった頃に、母さんが殺された。その犯人はまだ捕まってねぇらしいんだけど、俺はそいつから母さんを護ろうとした時、思いっきり蹴り飛ばされて気ぃ失ってたらしいんだ。昔の事すぎて詳しい事は覚えてねぇんだけど、父さんがそう言ってた。そんで模擬戦でリアンに蹴られた時、その話を急に思い出しちまって……あいつがその犯人ってワケでもねぇのに、思い出したら怒りが抑えられなくなってた」


 そう言って、彼は小さく笑う。


「バカだよなぁ俺。顔も覚えてねぇ母親の仇と、全く関係ねぇあいつを重ねて……勝手にブチ切れてさ。どうしようもねぇバカだ」

「……それを止めてくれた彼女に、感謝せねばな」

「アンタの言う通りだ。知らねぇ過去を引きずるなんて、そんな無意味な事はねぇよな。マジでリアンには悪い事しちまった」


 そんな辛い話を語ってくれたウィリアムさん。

 私達はひとまず今日のところは帰宅する事になり、ウィリアムさんは治療中のリアンさんに、後日ちゃんと謝りに行くと言っていた。



 そうして試験の二日目が終わり、面接が行われる最終日も無事に終える事が出来た。

 合格発表は一週間後。

 それまで私はウィリアムさんとリアンさんの事が気になって、悶々とした日々を過ごすのだった。

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