第5話 ウルトラ運命の出会い
筆記試験は無事に終わり、私はミンクレールの屋敷に戻って来た。
私と違って、アレーセル以外の地域からやって来たミーチャのような人達は、近くで宿をとって受験しに来ているそうだ。
明日はいよいよ、模擬戦の日。
私はなかなか寝付けなくて、ベッドの上で何度も寝返りをうっていた。
「大丈夫……明日の為に頑張ってきたんですもの。ケントさんとミーチャと同じ学校に通って、ウォルグさんに直接お礼を言って……」
ああ、ここまで来て受験に失敗したらどうしましょう……!
前の人生とは全く違う道を選んだのだから、今更引き返せない。
絶対に試合に勝って合格して、この先幸せな人生になってやるのだ。
「……今頃、学院の方も試験ですわよね」
セグやマリアンヌ、それに他の花乙女達も、ルディエルの入学試験を受けているはずだ。
本来そこに通うはずだった運命に逆らって、私は何故か授かった二度目の人生を生きている。
こうして全てをやり直す事が出来る今なのだから、以前の私とは全く違う自分になりたい。
セイガフでもっと新しい出会いや経験をして、自分自身を高めていきたい。
そして──
「いつかエリミヤにだって負けないような、暖かな心をもった女性に……」
……なれるだろうか。
悔しいし、認めきれない部分もあるけれど、私の理想に近い女性はエリミヤだ。
結局私は今でも彼女が憎くて、それと同時に羨ましかったのだ。ただ、それだけだ。
私がわざとあの子のドレスに紅茶をぶちまけてやった時も、エリミヤは挫けなかった。
すぐセグに告げ口すれば良いのに、彼女は笑ってこう言ったのだ。
『気にしないで下さい、レティシアさま。わたしが鈍臭いのがいけなかったんです。わたしなんかより、レティシアさまの方は大丈夫でしたか?』
あの子は、私がわざと紅茶をかけたとは思っていなかった。
私がうっかり手を滑らせたのだと勘違いして、怒るどころかこちらの心配をしてきたのだ。
他にも色々な事をしたというのに、人を疑うなんて一度もした事が無いような、自分よりも他人を優先するその心。
きっと馬車に轢かれていなければ、私はその生き方の尊さに気が付かないままだっただろう。
セグは、そういった考え方の出来るエリミヤだからこそ、あの子を正妃に選んだ。
自分の事より他人の事を──国民を優先して考えられる者こそが、王族として迎え入れられるべきなのだから。
私も、そんな人間になりたいと思う。
未来の旦那様が、どんな人になるかは分からない。
私は……その人の為に、自分を捧げられるような人になりたいのだ。
まだまだ、こんなところで躓いてはいられない……!
────────────
翌朝の待機教室で、私はまたミーチャの隣の席に座った。
「おはようございます、ミーチャ」
「おはようレティシアさん! 今朝も綺麗だねー。朝日がその白くてサラサラの髪に反射して、存在そのものが輝いて見えちゃいます!」
「あ、朝から何を仰ってるんだか……!」
「照れてる? もしかして照れてます?」
咄嗟に顔を逸らすも、ミーチャは私の顔を覗き込んでこようとする。
「良いから! そろそろ試験監督の方がいらっしゃる頃合いですからお静かにっ!」
「むー。そうやってほっぺたが赤くなるレティシアさんも可愛いんだから、拝まなきゃ損じゃないですかー」
私がキッと睨み付けても、彼女には何の効果も無い。
つまらなそうに頬を膨らまし、上半身を横に揺すって怒っている。子供か。
すると、試験監督がやって来た。
ざわついていた他の受験生達も静かになり、それを確認してから監督が口を開ける。
「皆さん、おはようございます。入学試験二日目の今日は、昨日お配りした番号札で分けた二人一組のチームによる模擬戦を行います。試合の会場は訓練棟となりますので、これから皆さんをご案内させて頂きます」
私やミーチャを含めた受験生達は、案内に従って訓練棟まで徒歩で移動する。
訓練棟は魔法や武術による戦闘訓練専用の建物らしく、攻撃によって簡単に壊れないように、強固な魔法がかけられているそうだ。
建物の入り口からすぐに試合会場が見渡せ、そこを囲むように観客席が設けられていた。
最初に戦う一番と二番のチーム以外は好きな場所に座り、すぐに模擬戦が始まった。
それからあっという間に試合が進み、ミーチャ達、六番チームの出番がやって来た。
本人が言っていた通り、試合が始まると彼女の凄さを目に見えて実感した。
初めて一緒に組むはずのパートナーと呼吸を合わせ、ミーチャがナイフに宿らせた魔法の炎の力で相手を追い詰めていく。
その動きは素早く、それでいて大胆で力強かった。確かに戦闘向きのタイプだと言える。
相手の二人もそれなりではあったのだが、ミーチャの動きに追い付ける程ではなかった。
「……終わりましたわね」
「はあぁぁっ!」
前衛で戦っていた少年剣士の腹に、目にも留まらぬ速さで拳を叩き込むミーチャ。
鈍くて嫌な音が聞こえたかと思うと、少年は手から剣を落とし、そのまま倒れた。
彼女は静かにそれを見下ろし、もう一人の相手に目を向ける。
「こっちの子はもう動けそうにないけど……まだやる?」
気の弱そうな女の子は、ミーチャの言葉を受けてその場で膝を折った。
魔法しか使えないであろうその子だけでは、とてもじゃないが彼女の相手にはならない。
「降参って事でオーケー?」
「は、はい……。降参、しました……」
少女のその言葉を受け、試験監督の笛が鳴り響く。試合終了の合図だ。
あっけない程簡単に決着がつき、ミーチャが誇らしげに私にウインクする。
余裕の勝利だ。きっと良い評価が得られた事だろう。
そして次は、私の試合が始まる。
観客席から下の広いスペースに移動する途中で、ミーチャとすれ違う。
「あたし、結構凄いでしょ?」
「ええ。でも私も凄いですから、どうぞそこで見ていて下さいな」
「おおっ、期待してますよー?」
七番の札を持って監督に渡しに行き、そこで初めて私のパートナーと顔を合わせた。
私と同じくらいの身長の、炎のような赤い髪の男の子。その瞳は真っ直ぐで、宝石のように煌めく水色だ。
意思の強そうな眉と笑顔を浮かべる口元は、まるで太陽神の加護を受けていると言われても不思議ではない、力強く明るい雰囲気を漂わせていた。
腰には二本の剣を差しているから、双剣使いなのだろう。活発そうな彼にピッタリだ。
「キミがオレのパートナーだよな? オレはリアン。魔法はあんまり得意じゃないけど、両手でそれぞれ剣を扱えるぜ。宜しくな!」
「私はレティシアです。魔法は得意ですので、サポートはお任せ下さいませ。こちらこそ今日は宜しくお願い致しますわ」
見た目通りに快活な言動のリアンさんと握手を交わし、私はすぐに対戦相手に目を向ける。
一人はいかにもな魔法使いルックの少年で、もう一人は目立つ外見の少年だった。
褐色の肌に、深い紫色の髪は後ろで束ねられ、私を捉えた月のような金色の瞳がギラリと光ったような気がした。
胸元を大きくはだけさせたその少年は、私を興味深そうに眺め、口を開く。
「……アンタ、良い女だな」
「……それはどうも」
初対面で怪しい男に口説かれるとは……。これは初めての経験だわ。
軽くあしらってすぐに試合に移ろうとしたら、その男はまだグダグダと話し続ける。
「どうせならアンタみてぇな良い女がパートナーなら良かったのによぉ。ったく、運命の女神様はご機嫌ナナメか?」
「何言ってんだお前? さっさと模擬戦始めようぜ~!」
うーん、物凄い組み合わせ。
女を口説き続ける変人と、色恋に疎い純粋な少年。
それを止められない魔法使いくんと、呆れてものも言えない私。
「なぁアンタ、この後暇か? 時間があるなら飯でも行かねぇか?」
「あ、飯ならオレも一緒に行きたい!」
「てめぇは誘ってねぇよクソが! そっちのウルトラ女神な美少女様だけをお誘いしてんだよ、ドアホ!」
「あー、ひっでぇな! 知らない人をクソとかアホとか言っちゃダメだって母さんに教わらなかったのか!?」
リアンさんが身長の高い変人を見上げる形で怒ると、変人も彼を見下ろして、睨み付けながら怒鳴る。
「教わってねぇなぁ、そんな事! 母親の顔なんざ知らねぇし、そもそも俺様は他人の指図なんざ受けねぇ主義なんでな! ただし、美少女様のお願いだけは何でも聞くスタンスだ!」
「な、何か気まずい事聞いて悪かったな! とりあえずさっさと試合すんぞ! 良いよな、試験監督のおじさん!」
「は、はい。準備が整いましたら、いつでも試合を開始致します。では、それぞれ初期位置への移動をお願いします」
リアンさんと彼は不機嫌なまま、それぞれのチームのポジションへと歩いていった。
私もリアンさんの後を追おうと歩き出すと、誰かに腕を掴まれた。
振り返るとやはり変人の姿があって、彼はそのまま私に耳打ちした。
「自己紹介が遅れてごめんな。俺はウィリアム。ウィリアム・ハルーガだ。親しみを込めて、ウィルって呼んでくれ。アンタにだけは怪我させねぇから、また後で話そうぜ」
「……っ、話しません!」
彼の腕を振り払い、急いでリアンさんの元へと走った。
それでもウィリアムと名乗った変人は諦めていないようで、熱っぽい視線で私を見つめて来る。
私は確かに、新しい出会いを求めていた。
けれど、こんな面倒臭そうな方とは出会いたくありませんでしたわ……!
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