第1章 戦艦のおなまえ

戦艦という艦種

 軍艦の艦種と艦名の命名には密接な関係が存在する。そのため、軍艦の名前について説明する前に、まずは軍艦の種類を簡潔に説明していきます。最初は軍艦代表の戦艦からです。




 日本人が最も知っている軍艦の艦種と言えばやはり戦艦だろう。戦艦の代表格である戦艦大和は歴史の教科書に載っているし、第2次世界大戦の日本海軍を象徴する存在としてメディアにも頻繁に取り上げられるために目にする機会も多く、大和を題材にしたSFアニメも存在する。

 しかし、戦艦という名称の正しい意味までが一般に広く知られているかというとそうでは無く、メディアが海軍の船を戦艦と呼んでしまうことも多いために、軍事に明るくない人には、海軍の船は全て戦艦なのだと思ってしまっている人が多くいる。


 ではそもそも戦艦というのはどんな船なのかという話に移ると、戦艦というものの定義は、おおむね30センチ口径以上の大口径艦砲を搭載し、その大口径艦砲の直撃に耐えうる堅牢な装甲防御力を有する軍艦であるとされている。

 この二つの要件を満たすためには、当然ながら船体の大型は避けることが出来ないため、戦艦というのは軍艦の中でも非常に大型の部類に入り、第2次世界大戦後半にエセックス級や大鳳型などの大型航空母艦が登場するまでは、戦艦は軍艦の中で最大の艦種であった。


 海上戦闘が艦艇同士の砲撃戦が主であった第二次世界大戦期までは、大口径主砲による圧倒的な攻撃力と射程、重装甲による高い防御力を持つ戦艦はまさに主力決戦兵器であり、海軍の海上戦力の中核をなす主力艦であった。この主力決戦兵器である戦艦は、その国が当時持てる限りの技術力を惜しむことなく注ぎ込んで建造されていたため、戦艦は国の技術力・軍事力を表す象徴的な存在でもあり、海軍の顔と言える存在であった。

 当然ながら、最先端技術を詰め込んだ巨大艦である戦艦というのは、非常に高価な船であり、建造するにもそれを維持するにも莫大な予算が必要とされた。例として、戦艦大和の建造費は当時の価格で1億4千万円であり、これは当時の日本の国家予算が29億円であるため、その3%にも相当する。戦艦というのはとんでもない金食い虫なのだ。そのため、戦艦を保有できる国というのは高い技術力を持ち、尚且つ豊かな経済力を持つ列強国に限られており、第二次世界大戦終結までに弩級戦艦を保有していた国家はたったの18か国であった。

 優れた戦艦をどれだけ保有しているか、というのは国の国力を示すものであり、政治・外交の面でも重要視され、戦艦という兵器は今でいう核兵器に近いような扱いだったのだ。そのため、どこの国でも戦艦の名前には国を象徴するような名前を付けることが多い。


 第2次世界大戦がはじまるまで、戦艦は海上戦闘の王として君臨しており、強力な戦艦を多数そろえる国が有利であるとする大艦巨砲主義が各国海軍の戦術思想であった。しかし、第二次世界大戦がはじまってみると、タラント空襲や真珠湾攻撃、マレー沖海戦など、航空機が戦艦を撃沈する事例が重なり、航空機がその有用性を示し始め、大艦巨砲主義は航空主兵論に取って代わられ、海軍の主力艦の座は航空母艦へと移行してゆくことになり、戦艦は決戦兵器としての価値を損なってゆく。

 それでも、戦艦の搭載する大口径主砲の攻撃力と、それに対応した高い防御力というのは衰えるものではなかったため、戦艦というものは一定の価値を持っていた。しかし、第2次世界大戦が終結して以降は、大規模な海戦というものが行われることがなくなり、戦艦という艦種を建造する意味が薄れたことから、1950年にフランスで完成した戦艦「ジャン・バール」を最後に、戦艦は建造されなくなった。更に、艦砲より圧倒的に長い射程と高い威力を持った対艦ミサイルが実用化されたことにより、軍艦同士が主砲を撃ち合う海戦というものの有効性が喪われ、ここに戦艦は海戦の場において完全にその存在価値を失ってしまったのである。

 しかしながら、戦艦という兵器が完全にその価値を失くしたかと言えばそうでは無く、陸軍や海兵隊の行う上陸作戦の際に、その高い砲撃力でもって上陸地点周辺の敵を掃討する、という上陸支援においては有用であるとされ、アメリカ海軍はアイオワ級戦艦4隻を現役に残し、朝鮮戦争やベトナム戦闘で対地砲撃に活用し、その後は予備艦として保管されていた。そして、1980年代のレーガン政権の掲げた「強いアメリカ」を実現するための「600隻艦隊構想」の一環として、トマホーク巡航ミサイルや、RQ-2無人偵察機を搭載する近代化改装を受けて現役に復帰し、1990年の湾岸戦争では艦砲射撃と巡航ミサイル攻撃によって対地攻撃を行い成果を挙げ、戦艦の有用性はまだ失われていないことを示したものの、対地砲撃と言う用途のためだけに戦艦を維持するのは費用対効果に悪く、結局湾岸戦争終結後には全艦が退役となった。こうして、アイオワ級最後の一隻が海軍から除籍された2006年をもって全ての戦艦が現役から退いたため、海軍から戦艦という艦種は消滅した。2019年9月現在においても、戦艦を現役で運用している海軍は存在しない。

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