第149話 怒られたいの?
「まったく君という人は……。怒られたいの?」
あれ? デジャブ? なんだか同じような言葉をつい先刻言われた気がする。目の前では応接室の壁に凭れながら腕を組むアルフォンスさまが、呆れたような表情を浮かべたまますぐ近くに立つ私を真っ直ぐに見下ろしている。
モニカさんとお茶を飲んだあと、あまり仕事の邪魔になってはいけないと考えてヴェルナー邸へと戻って来た。決して仕事をさぼっていたわけではない。今日は休暇だったので午前中にお菓子を作ってフォルツ邸を訪れたのだけれど。
帰って来てみればアルフォンスさまが私を訪ねてヴェルナー邸の応接室で待っていた。待たせてしまったことは申し訳ないと思うけれども、何か粗相をしてしまっただろうか。
「あ、あの……?」
「取りあえず君の身辺には俺の護衛を潜ませているからその身に危険が及ぶことはないと思うが……」
はぁ、と大きな溜息を吐いて首を横に振りながらアルフォンスさまが言葉を続ける。
「絶対に安全だと保証されているわけではないんだよ? 外出するならなぜ俺を呼ばないの?」
「ええっ!?」
たかが外出程度で一国の王太子を呼びつけるなんて傲慢なことなどできるわけがない。しかも護衛のようなことをさせるためになど。
そんなことを言うなら侍女の仕事で買い付けに走る度にアルフォンスさまを呼ばないといけなくなる。仕事に王太子を護衛につける侍女がどこの世界にいるというのか。
「そうは仰られましても……。きちんと馬車で向かいましたし、特に心配するようなことはありませんでしたよ?」
道中は……。そう小さく締めくくるとさらに大きな溜息を吐かれてしまった。むやみやたらに吐き出される王太子殿下の溜息が勿体ない。瓶詰めにしたい。
などとマニアックなことを考えて罪悪感で目を泳がせていると、アルフォンスさまが私に向かって優しげに目を細めた。
「まあ君が何をしても俺はこうして君のやることを受け入れるしかないんだけどね」
首を傾げた私にアルフォンスさまがさらに優しく笑いかかけた。
「君のことが好きで堪らない男は、君のことがこの上なく大切だからね」
「にゃっ」
噛んでしまって変な叫び声が出てしまった。頬があっという間に熱くなる。目の前の気高い王太子はこのような甘い台詞を恥ずかしげもなく口にする人だっただろうか。
いや、確かに甘くなったとは薄々感じていたけれど日を追ってあからさまになっている気がする。
などと考えていたらアルフォンスさまが表情を俄かに曇らせた。
「だけど厄介だな……。君が会ったというその男は間違いなく俺が王宮であった公爵の使いの男だろう」
「やはりそうですよね……。結果的に
「いや……」
そう短く答え、表情を消して顎に指を添えながら目線を下げる。なにやら考えんでしまったようだ。その様子をしばらく見守っていた私に向かっておもむろに顔を上げた。
「君に聞いたトイフェル嬢の様子も気になる……。恐らくはフリッツという男によってモニカ嬢と一緒にいた君のこともシュレマー公爵に報告されるだろう」
「そう……でしょうね。迂闊なことをしてしまいました。申し訳ありません」
とはいえ、友人が叩かれそうになっているなんて状況に出くわしたらまた同じような行動をとるだろう。所詮放っておくことなどできないのだから。
「ルイーゼは優しいからね。その行動自体を責めているわけじゃない。危ないとは思うけど。……ただこうなってしまったからにはすぐにでも行動を起こさなければならないだろう」
「行動?」
「ああ。即刻君を本国へ連れて帰る」
「ええっ、そんな急に!?」
素っ頓狂な声をあげてしまってすぐに、ビアンカさま、ヴェルナー邸の皆、そしてモニカさんやフォルツ邸の人々――幾人もの顔が浮かんできて、気がつけば私はアルフォンスさまに向かって身を乗り出していた。
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