第150話 あと少しだけ
アルフォンスさまに向かって身を乗り出し、思いのたけを言葉に乗せる。
「待ってください。まだ問題は片付いていません。このまま帰ってしまえばまた同じようなことが起こり得ます」
そう訴えるもアルフォンスさまは決して首を縦には振らない。こんなこと言える身分でないのは分かっている。ここまで周囲に心配と迷惑をかけていた私など反対できる立場にはないだろう。だけど。
「こうなってはもはや猶予はない。私と一緒に国へ帰れば厳重な警護によって君を守ることができる。君は私との婚約を了承してくれたろう? もう誰にも何も言わせない。君には安全な王宮に移ってもらう」
私の返答も聞かずにこれほど強引に事を進めようとするなどアルフォンスさまらしくない。けれどアルフォンスさまなりに今までは私の意思を尊重して何歩も譲ってくれていたのだろう。だけど、だけど。
「アルフォンスさま……。これまで本当にご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。全ての問題が片付いたら仰る通りにいたします。けれど」
私は真っ直ぐにアルフォンスさまを見つめて言葉を続ける。
「私はこれまでこの国に来てたくさんの方にお世話になりました。ビアンカさま、ヴェルナー侯爵夫妻、使用人の方たち、そしてモニカさん……。他にもたくさんの方たちに優しくしてもらいました」
アルフォンスさまは口を噤んだまま真っ直ぐに私を見つめている。
「そして今、モニカさんの身が危険に晒されています。彼女は隠し事が下手です。転生者と露見するのも時間の問題でしょう。そのモニカさんに公爵が接触してきたら……」
かつてこの国へ荷物のように運ばれ馬車で目を覚ましたときのことを思い出す。もはやほとんどの記憶は頭の中に戻ってきていた。
怖かった。攫われるわけではないからあれほど酷い目には遭わないかもしれない。むしろ丁重に扱われるかもしれない。
ラルフさまの幸せを見届けたいと強く訴えていたモニカさんの姿を思い出す。その瞳からは以前からは想像できないほどの強い決意と覚悟が見て取れた。
そんなモニカさんが公爵の申し出を素直に受け入れるとは思えない。そして公爵が素直にそんなモニカさんを諦めるということも。
「このままではモニカさんの身に危険が及ぶかもしれません。かつては反目していたこともありましたけれど、今のモニカさんを見捨てることなんて私にはできない。だからどうか……どうか私の最後の我が儘を聞いてくださいませんか?」
私の言葉を最後まで聞き届けたアルフォンスさまがゆっくりと目を閉じて静かに何かを考えている。そして無表情のまま静かに私を見つめた。
「モニカ嬢には悪いけど、俺にとっては君の安全が何よりも最優先なんだよ。だがこのまま君を連れて帰れば、この先当分は窮屈な思いをさせてしまうことになるだろう。それはとても……不本意なんだ。本当は」
苦しげに細められた瞳は優しいアメジストの光を灯している。そう答えたアルフォンスさまの手がゆっくりと私の頬に伸ばされそっと触れた。まるで壊れ物に触れるかのようにそっと。
「君は君のままでいてほしい。飼い殺しのようなことはしたくない。だけど俺は君を危険な目に遭わせたくないんだよ」
切なげにつげられて何も言葉が出てこない。お互いに黙り込んだままどのくらい時が経っただろう。やがてアルフォンスさまが苦笑しながら肩を竦めた。
「分かったよ。決着をつけよう。シュレマー公爵との対話を計る。事の手筈を整えたら君に伝える。だから君はくれぐれも慎重に行動してほしい。準備が整うまではできる限り外出は控えてくれないか?」
パッと顔を上げてアルフォンスさまを見上げる。感謝と申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
「ありがとうございます! 仰る通りにいたします。私の我が儘を聞いてくださって……本当にありがとうございます!」
深々と頭を垂れる私をアルフォンスさまがそっと抱き寄せて私の頭を優しく撫でた。
「これが惚れた弱みというやつか……。君といると初めての経験ばかりだよ。自分にこんな一面があったなんて驚きしかないよ。本当に君という人は不思議な人だね」
私から見ればアルフォンスさまも不思議な人だと思ったけれど、今はただアルフォンスさまの胸に頭を預けていたかった。
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