第147話 疑惑のヒロイン

 午前中シュークリームをたくさん作ったので、モニカさんにお裾分けするためにフォルツ邸へとやってきた。門の前で女の子が2人、向かい合って話している。


(1人はモニカさんみたいだけど、もう1人はもしかして、ユリアさん……?)


 状況を把握すべく2人に近付くと、ユリアさんの右手がモニカさんに向かって大きく上げられた。


「何してるの!?」


 私の大きな声に驚いたユリアさんの手が止まった。その隙に駆け出して2人の間に割り込んだあとユリアさんを睨みつけた。


「あら、貴女……。どこかで見たことあると思ったら貴女もこの間のお茶会の席にいたわよね。名前はちょっと思い出せないけど……」


 ユリアさんが立ちはだかった私を睨みつけたあとに右手を下ろしてじっと見つめてきた。


「クリスです。ユリアさん、貴女、モニカさんに何を……」

「何って別に……。んんん? そんなことより前に貴女とどこかで会ったことあるかしら?」

「……あのお茶会でお会いしましたけど」

「そうじゃなくて! んー、まあいいわ。私はただこの女に出しゃばってこないでって言ってたの。この国のヒロインは私なんだから」


 『ヒロイン』――その言葉を聞いてほんの少し息を呑む。すっと背後のモニカさんを見ると、私の目を見て小さくコクンと頷いた。

 やはりそうだったのかという感想しか浮かばない。アルフォンスさまからも聞いていたからそれほど驚きはしなかったけれど。

 それにしても問い詰めずとも自ら暴露してしまうのは乙女ゲームのヒロインの特性なのだろうか。


「貴女が何を言いたいのか全く分かりませんけど、今モニカさんに手をあげようとしていたでしょう? 一体何があったんです?」

「それは……この女が転生者なのを素直に白状しない上に生意気だったからよ。侍女のくせに!」


 再び私の背後にいるモニカさんへとユリアさんの忌々しげな視線が向けられたところで、ユリアさんの背後に停められていた馬車から聞き慣れない声が聞こえた。


「ユリア、そちらのご令嬢が転生者なのかい?」


 穏やかに微笑みながら馬車からゆっくりと降りてきたのは、薄茶色の髪の若い男性だった。

 その男性を見て、予めアルフォンスさまから聞いていた、王宮でユリアさんに声をかけたという男性ではないかと気付く。

 同時にシュレマー公爵の存在が思い出され、この国へ誘拐されたときのことが頭をよぎり意図せず体が強張った。


「フリッツぅ。絶対そうよ。だってこのモニカって子、前作のヒロインなのは間違いないのに性格は私と違って全然ヒロインぽくないんだもの」

「なるほどね……」


 フリッツと呼ばれた男性が両腕を組んでじっとモニカさんを見つめた。その表情からは何を考えているのかが全く読み取れずに不安が募る。

 フリッツさんがおもむろに口を開いた。


「立ち話もなんだし、よかったらうちの屋敷に来て皆でおしゃべりしないかい? よかったらそこの君も一緒に」

「えっ」


 フリッツさんが私の方を向いて穏かな笑みを浮かべた。


「君たちはユリアのお友だちのようだし、とても興味深い話が聞けそうだし、楽しい時間が過ごせそうだ。美味しい料理やお菓子も用意しようか」


 お菓子……じゃなくて! 私にもお誘いがかかったことに少々驚いてしまった。

 フリッツさんは恐らくシュレマー公爵の息がかかった人物だ。どう考えてものこのことついていっては駄目な案件だろう。瞬間頭に浮かんだ美味しいお菓子の数々を振り払いつつ首を横に振った。


「折角ですが私たちは遠慮させていただきます。ねっ、モニカさん」

「ええ、初めて会ったよく知りもしない殿方にホイホイついていくなんて、はしたなくて私たちにはとてもできませんわ。そうでない方も中にはいらっしゃるようですけど」


 モニカさんがチラリとユリアさんを見るも、当の本人はどこ吹く風といった感じでにこにこと笑っている。どうやら言われているのが自分のことだというのは自覚がないようだ。


「それに私たちはこれからお仕事がありますので、お気持ちだけありがたく頂戴いたします。ご用件がそれだけでしたらどうぞお引き取りくださいませ」


 モニカさんが軽く膝を曲げるのに続いて私も礼をする。顔を上げた直後にユリアさんがじっと私の顔を見つめて首を傾げている。


「それでは失礼します」


 軽く膝を曲げて礼をしたあと、ユリアさんの視線から逃げるように、2人を残してモニカさんとともにフォルツ邸の門をくぐった。

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