第146話 招かれざる訪問者

 ユリアの家の使用人に探りを入れたら数日前にユリアが帰宅したと聞いた。行先については教えてくれなかったけど噂によるとどうやらシュレマー公爵邸に滞在していたらしい。本人が学園で自慢げにはなしていたからだけど。


「誘拐されてたら可哀想なんてちょっとでも同情した私が馬鹿だったわ」


 フォルツ邸の門扉を布で磨きながらここの所の不穏な出来事に思いをはせる。

 大切な人たちには何事もなく幸せに過ごしてほしい。ルイーゼ、アルフォンス殿下、そしてラウルをはじめとしたフォルツ邸のみんな――これほど他人の心配をするなんてかつての自分ならばあり得ないことだ。


「なんにしろ大事にならなくてよかったわ。ルイーゼなんてずっと災難続きだもの。いや、私も加害者の1人だったんだけどさ……。それにしてもここの部分の汚れ落ちにくいわね」


 かつての自分の愚かさを呪いつつ後悔の念を振り払うように、門扉にこびりついた汚れを落とすべくせっせと手元の布を上下に動かす。

 布を足元の桶に浸そうと軽く屈みこんで膝を曲げたとき、通りの遠くから近づいていた馬車の車輪の音がすぐ側で止まった。来客かと思い立ちあがって振り返ると、豪華な馬車の中から現れたのは思いがけない人物だった。


「あらあら、使用人って大変ね。でも貴女にはお似合いかもねぇ」


 記憶に新しい甲高い声の主にイラッとしつつも笑顔を浮かべる。

 ふんわりウェーブのピンクブロンドの髪をハーフアップにして見下すようにこちらを見つめている。大きなサファイアブルーの瞳を見て、「ヒロインのデザインもう少しひねってよ。ゲーム会社」と内心悪態をつきながらうんざりとした心境のまま肩を竦めた。

 目の前では最新作のヒロインであるユリアが勝ち誇ったように腰に手を当て、皮肉気な笑みを浮かべて立っている。


「前作のヒロインも落ちたもんねぇ。モニカさん、貴女も一応貴族だと思っていたけど記憶違いだったかしら」


 私を前作のヒロインと呼んだことに内心驚く。やはり予想通りユリアは転生者だったのだ。

 ユリアがフフンと鼻で笑ってさらに言葉を続けた。


「あら、ユリアさん。お久しぶりね。ヒロインって一体なんのことかしら? それにしても男爵令嬢だというのに自由気ままに動き回れるなんてほんっとうに羨ましいわ。ちなみに私は男爵家の娘で今はこの家で侍女として奉公させてもらっているだけよ。貴方の使用人ではないのだから偉そうにふんぞり返らないでくれる?」


 うっとおしかったので適当にあしらうように答えると、ユリアが憎々しげにキッとこちらを睨みつけた。


「ほんっとに信じらんない! アルフォンスさまはなんでこんな女がいいのかしら! しらを切らなくてもいいのよ? 貴女も転生者なんでしょ? フリッツに報告してご褒美貰うんだから、正直に白状なさい!」


 フリッツに報告――フリッツという人物が誰だか分からなかったけどなんとなくユリアの外泊と無関係ではない気がした。

 それにアルフォンスさまが私のことをなんたらというのはどういうことだろう。見当違いをしているのはなんとなく感じ取れたけど、ろくな予感がしないのだけは確かだ。

 捲し立てるユリアの言い分に絶対頷いてはいけないと感じて、肩を竦めて首を横に振る。


「ユリアさん、貴女が何言ってるか本当に分からないんだけど。遊び過ぎて脳みそ溶けて気が触れちゃったんじゃない? 大丈夫?」

「なんですって!?」


 私の言葉が気に障ったのだろう。目を吊り上げて顔を真っ赤に染めたユリアが私の方へつかつかと歩み寄り、右手を大きく振りかぶった。


(煽ったつもりはなかったんだけどなぁ。いや、大いにあったけど。まあこれで気がすんで帰ってくれればそのほうがいいか)


 そんなことを思いながら叩かれるのを覚悟して咄嗟に目をつぶったそのとき。


「何してるの!?」


 突然聞き慣れた声が耳に入る。驚いて目を開けたら目の前にはか細い少女の背中があった。


(もしかしてルイーゼ!? 一体なぜこんな所に、こんなタイミングで来ちゃったのぉ!?)


 驚く私に気付かない様子のルイーゼと思われる背中がユリアの前に立ち塞がっている。

 アルフォンス殿下から聞いた話から予想するに、ユリアは何かしら公爵から話を持ち掛けられているに違いない。この国に隣国から転生者が来ているといったようなことでも聞いているかもしれない。

 突然のルイーゼの出現に驚いたように振り上げた手を下ろしたユリアが、そのまま腰に手を当て首を傾げてルイーゼをじっと見つめた。


「あら、貴女……。どこかで見たことあると思ったら貴女もあのお茶会の席にいたわよね。名前はちょっと思い出せないけど……」


 興味深そうにルイーゼを見つめるユリアの表情を見てやっぱりろくな予感がしないと思いながら溜息を吐いた。




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