第117話 この手で(アルフォンス視点)

 ルイーゼがいなくなってから三日が経つ。ニクラウスに言われて国境を警備し、王都の街で多数の兵を動員してルイーゼの捜索に当たった。そしてニクラウスの告白を聞いた翌日、国境の警備兵から連絡が入った。ルイーゼを乗せていたらしき馬車が強引に国境を突破したと。

 国境の警備を強化するために配備しておいた騎兵団が強引に突破した馬車を追跡したところ、マインハイム国の国境付近に密かに配置されていたらしい敵の覆面騎兵との戦闘となった。こちらもかなりの痛手を負ったらしいが、無事殲滅できたと聞いた。

 戦闘中に、こちらの騎兵団のうちの一騎がルイーゼを乗せた馬車に追いつくことができた。賊を捕縛して確保することはできたが、ルイーゼの姿は見当たらなかったという。だが馬車にルイーゼが乗っていたことは賊の証言で明らかになっている。ルイーゼを連れ去り捕縛された賊は、今この国へと送還されている途中だ。


(ルイーゼにもし傷一つでも付けていたら全員殺してやる)


 そんな殺意が湧くほどにルイーゼを危険に晒し、この国からルイーゼを連れ去った奴らを許せない。

 ニクラウスは今のところは王宮の一室で監視付きで軟禁状態だ。マインハイムの情報を得るためにはそのほうが都合がいい。この先のニクラウスの処分はまだ審議中だ。

 一方テレージアは謹慎を命じられて王宮の私室に籠っている。ルイーゼの身を案じてずっと部屋で祈っているようだ。だが近いうちに隣国へと帰されるだろう。

 そしてジークベルトは俺と一緒にルイーゼの捜索任務に就いてもらっている。敵がルイーゼを連れ去った道程を検証して、国境の騎兵が見失った地点からルイーゼの行方を予測してもらっている。

 ルイーゼが誰かに保護されてこの国へ戻ってきたという報せは今のところない。国境を超えて戻ってこられたら、必ず連絡があるはずだ。だからルイーゼが今もマインハイム王国にいるのは間違いない。すでに捕らえられているのか、それともどこかに潜んでいるのかは分からない。だが何らかの理由で連絡できない状況にあるのだろう。俺は王宮の執務室でこれからどうすべきか煩悶していた。


「一体どこにいるんだ。ルイーゼ……!」

「アルフォンス殿下……」


 オスカーが気遣わしげに執務机に肘をついて頭を抱えている俺を見下ろしている。


「すまない、オスカー。君も心配だろうに」

「ええ、とても……。ですが殿下のことも心配です。昨日もほとんど眠っていらっしゃらないのでしょう?」

「それは君もだろう……。テオパルトはどうしている?」

「父は陛下と、彼の国へ向かわせる捜索隊について相談しています」


 あまり表には出さないが、オスカーもテオパルトも表情にかなり疲れが見える。俺と同じく、あまり眠れていないのだろう。しかし、捜索隊か……。国として動くのであればそれなりに時間がかかってしまうだろう。俺はある決意を固めて立ち上がった。


「陛下に謁見をお願いする」

「今すぐですか?」

「ああ」

「では先触れを……」

「いや、直接行く。今は執務室にいらっしゃるだろう」

「殿下、まさか……」

「オスカー、もし俺がいなくなったら俺の業務は全て陛下に回してくれ」

「えっ!?」


 普段から陛下の業務まで余計にさせられているのだ。たまには俺の分の仕事をしてもらっても罰は当たらないだろう。


  §


 陛下の執務室へ到着し、ソファで向かい合わせに座りながら話す。この場にはテオパルトもいる。これから話そうと思っていることは決して思い付きではない。


「アルフォンス。お前が直接マインハイムへ捜しに行くというのか」

「ええ。私が直接捜しにいきます」

「たった一人の人間のために一国の王太子が責務を放り出すつもりか?」

「出発のときまで死ぬ気で仕事を片付けてから行きます。それに陛下、こうなった原因の一端は陛下にもあるのですよ」

「どういう意味だ?」

「マインハイムとの協力関係を結ぼうとして、私とルイーゼの婚約を許可されなかったことです。同盟はいい。国交もいい。だがそれ以上の癒着は危険だと何度も申し上げたはず」

「……」

「私とルイーゼとの婚約を認めてくだされば、もっと迅速に動けた。遠ざけられていなかったら絶対に攫わせなどしなかった。だがルイーゼがみすみす攫われたのは私にも責任があります。だからその責任を取って私自らの手で救い出します。そして陛下にはそれを許可する義務があります」


 多少強引な理屈ではあるが、なりふり構ってはいられない。ここまでの我が儘を言えば、てっきりテオパルトに苦言を呈されると思っていた。だがテオパルトは黙って事の成り行きを見守っている。どうやら陛下に助け舟を出すつもりはないようだ。可愛い我が娘のことだ。テオパルトにも思うところがあるのだろう。

 俺は何としてもルイーゼをこの手で助けに行きたい。そしてこの手で連れ戻し、抱き締めたい。早く触れたい。ルイーゼの姿を思い出して胸が熱くなる。陛下、頼む、頷いてくれ。


「お前は今までよくやってくれていた。だが今回私情で国を離れるのは次期指導者としては失格だ。お前の取ろうとしている選択で、王太子……次期国王となる権利を失うことになるかもしれんぞ?」

「構いません。王太子になれる王子は他にいますが、私にはルイーゼの代わりはいません。……私は彼女が何よりも一番大切なのです」

「アルフォンス殿下……」


 テオパルトが目を潤ませて呟いた。だが本心だ。


「それほどまでに……か」


 陛下が顎髭を撫でながら瞼を閉じて呟いた。


「好きにするがいい。だがやるべきことはできる限り済ませてから向かえ。……私にあまり仕事を残すなよ」

「ありがとうございます」


 ジークベルトとはすでに話を付けてある。ジークベルトは留学期間終了を待たずして、俺の準備が整い次第マインハイムへと帰国する。俺に同行する形でだ。

 そしてどこから聞きつけたのか知らないが、ローレンツとギルベルトまでが同行させてくれと言ってきた。だが、王太子に加えて騎士団と魔術師団の要をであるローレンツとギルベルトまで連れていくわけにはいかない。二人には必ずルイーゼを連れて帰るからと約束をして納得してもらった。

 だがマインハイム王国への潜入に際して、陛下の命令で暗部の手練れを一人、護衛として付けてもらうことになった。俺と護衛の二人なら目立つこともないだろう。

 執務室で先の仕事まで片付ける俺に向かってオスカーが心配そうに尋ねる。


「ジークベルト殿下とお二人でマインハイム王国へ向かわれるのですか?」

「そうだね。でも護衛がつくことになっているから心配は要らないよ」

「そうですか。……殿下は向こうで公的に動くのではないのでしょう?」

「うん。王太子として街中をつぶさに捜索するのは無理があるからね。ジークベルトを通じてマインハイム国王に捜索の許可を貰うつもりではいるが、ルイーゼが見つかるまでは街に潜伏しようと思っている」

「潜伏……ですか」

「うん。ジークベルトは流石に顔が知られすぎているから、城のほうで王太子や誘拐の首謀者と思われるシュレマー公爵の動きを警戒してもらおうと思っている。俺は護衛と二人で街中に潜伏するつもりだ」

「うーん……。それならみすぼらしく変装するくらいのつもりで隠れないといけませんね。殿下はキラキラしくて目立ちすぎますから、頑張って隠れてくださいね」

「わ、分かった……」


 本当はオスカーも自分の手でルイーゼを捜したいだろう。だが自分がいないと陛下に俺の業務を引き継げないだろうと、留守番を買って出てくれた。本当にいい奴だ。感謝しかない。テオパルトも然りだ。その代わり俺が必ずルイーゼを探し出して連れて帰るから。


(ルイーゼ、早く会いたい。君の無事な姿が見たい。この手で抱き締めたい。そしてもう絶対に誰にも触れられないよう、君のことを守りたい……。ルイーゼ……)


 頭の中をルイーゼで満たしながら、俺は出発前の業務を前倒しで片付けるべく仕事に集中した。




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