第116話 お茶会に向けて

「お茶会、ですか……。あの、私このお屋敷でお世話になることになったんですけど、私みたいな見ず知らずの人間を信用してそんな大切な用事に同伴させていいんですか?」


 ここへきて間もない、どこの馬とも知れない私に、そんな大事な用事を頼んでもいいのだろうか。そんな不用心なビアンカさまを見て、若干心配になってくる。

 私の答えを聞いてビアンカさまがあたふたと慌てる。


「あ、ご、ごめんなさい! いきなり不躾なことを、お願いしてしまって……」

「いえ、それはいいんですが……」

「貴女はいい人だってお母さまが仰ってたし、私も貴女と話していて分かるもの。クリスは優しい子だって。私、人を見る目だけは自信があるの。その、私、貴族なのに他のご令嬢たちが苦手で、話すのがいつの間にか苦手になってしまって……」

「そうだったんですか……」


 真っ直ぐ人の目を見て話すのがあまり得意ではないのか、ビアンカさまは目線を少しだけ逸らして、チラチラと私を見ながら話す。確かに身分が高い令嬢にしてはおどおどしている印象がある。それが珍しいのかどうかは分からないけど……。


「それでお茶会というのはいつ、どこであるんですか?」

「あのね、半月後に、王妃様主催で、王宮で開かれるの……」

「王宮!?」


 流石にいきなり王宮へ行くのは無理があるだろう。私は貴族の令嬢だったのかもしれないけど、取りあえずその記憶はすっぽ抜けている。だからマナーやらなんやらが分からない。せめて侍女としてなら不自然にならないのではないだろうか。


「ビアンカさま、私は貴族としてのマナーが分かりません。どうしてもと仰るなら、この家の侍女として働かせていただきたいと思います。勿論侯爵さまの許可が得られればですけど」

「え、そんな、貴女を働かせるなんて……」

「いえ、侍女なら付け焼刃のマナーでもなんとかなるかもしれないですから」

「クリス、貴女、自覚がないみたいだけど、十分に令嬢としての所作ができていると思うわ」

「えっ!?」


 まさか。前世の私にそんな真似ができるわけがない。もしビアンカさまの言うことが本当なら、やはりこの世界でこの体の少女として生きてきた癖みたいなものが体に染みついているのかもしれない。

 それにしても半月後か。その間に侍女として最低限にでも仕事をこなせるようになっておきたい。やはりヴェルナー夫人にお願いしてみよう。


「もし許可が下りたら侍女として雇っていただきたいと思います。どちらにしてもただお世話になるだけでは、どうしても私の気が済まないんです。侍女がお茶会についていくのはありですか?」

「ええ、それは問題ないけれど……大丈夫? 無理はしてない?」


 ああ、やはりビアンカさまは優しい子だ。この母にしてこの子ありといった感じだ。


「大丈夫ですよ。それよりも、どうしてお1人で行きたくないんですか?」

「あのね、私、実は、フェルディナント王太子殿下の婚約者なの……」

「ブッ! マジ……そうなんですか」


 興奮のあまりに吹き出した上に素が出てしまった。王太子殿下の婚約者って……。


「ええ。でも王太子殿下は最近仲のいいご令嬢がいらっしゃって……」

「仲のいいご令嬢?」


 なんだかまるで乙女ゲームの設定を見ているようだ。嫌な予感がする。

 でもフェルディナント王太子殿下の名前に聞き覚えがない。私がやったことのない乙女ゲームだろうか。それともたまたま乙女ゲームの設定っぽいというだけなのだろうか。


「ええ、ユリア・トイフェルという方で、男爵令嬢なのですが」

「男爵令嬢……」


 やはり令嬢の名前も記憶がない。でもあまりにも乙女ゲームっぽくて疑惑が深まる。


「元々は平民だったらしいのだけれど、男爵の庶子だと分かって男爵家に引き取られたらしいの。それもあってあまり貴族の礼儀が身についてらっしゃらない方なのだけれど、殿方にはそういった様子がかえって新鮮なようで……」

「それで騎士団長の息子とか魔術師とか宰相の息子さんとかまで、彼女に夢中になっていたりするんじゃ……」

「クリス、凄い……。どうして分かったの?」


 これはほぼ間違いない。私の記憶にはないけど何かの乙女ゲームの世界である可能性が高い。もしそうなら、ビアンカさまは悪役令嬢的な位置付けになる。知識のない私に、ビアンカさまを助けることができるんだろうか。


「私は多分このままいけば婚約破棄をされると思うの……。ユリアさんは奔放な方だからよく他の女子生徒から注意を受けているんだけど、女子生徒たちから虐められていると言っているの。虐めのメンバーには私も入っているらしくて……」

「そんな……」

「私、こんな性格だから、誰かに意見したり注意することはできないの……。王太子殿下とは交流が少なくてあまり私のことをご存じないから、ユリアさんの言うことを信じているんじゃないかと思う。そう思うと1人でお茶会へ行く勇気がなくって……」


 今にも泣き出しそうな顔でビアンカさまが唇を震わせた。可哀想に……。でもビアンカさま自身は王太子殿下とどうなりたいのだろうか。


「ビアンカさまは王太子殿下のことをどのように思っているんですか? 好きなんですか?」

「私は……お慕い申し上げてるわ。幼いころから指導者としての勉強を懸命になさる努力の方で、心から尊敬しているの。それに全く高慢じゃなくて、平民にもお優しく接する方なの」


 ビアンカさまが頬を染めながら話す。見ている私までくすぐったくなってくる。


「そうですか……。婚約破棄はできるだけしたくないですか?」

「……そうね。でも殿下がユリアさんを望むのなら、私は婚約を解消してもらおうと思ってる……」

「それは可能なのですか?」

「多分。父は私の気持ちを理解してくれているし、殿下とユリアさんのことは随分噂になっているから、父が陛下に働きかけてくれれば不可能ではないと思うわ」


 本当に無事に婚約を辞退できるのだろうか。もし乙女ゲームの世界なら悪役令嬢にあたるビアンカさまのエンディングは、修道院行きだったり国外追放だったり、最悪処刑されたりするんだけど。凄く不安だ。


「ちなみにヴェルナー侯爵は、どのような職に就いてらっしゃるのですか?」

「私の父は魔術師団の団長なの。過去には大きな戦果を挙げていて戦力の要とされているの。今は戦争がないから、魔法省の大臣として様々な功績を挙げていらっしゃるわ」

「わあ、凄いんですね」

「父は凄い人……。でも私は平凡で地味で人見知りで……」


 私がそう言うとビアンカさまは恥ずかしそうに頬を染めて笑った。可愛い……。こんなに穏やかで可愛い人が冤罪を着せられるなんて許せない。

 それに、見た感じかなりの美少女なのに自分のことを平凡で地味って……。ビアンカさまは自己評価がかなり低いようだ。


「あっ、でも刺繍は得意なのよ。以前、街のコンテストで優勝したこともあるの」


 両手を組んで何やら思い出しながら、目をきらきらさせているビアンカさまが超絶可愛い。


「ビアンカさま、私、侍女になれるように、今日夕食のときに夫人にお願いしてみます。そのときはビアンカさまにもお口添えいただけるとありがたいです」

「じゃあ……」

「ええ、お茶会にご一緒させていただきます」

「ありがとう、クリス!」


 ビアンカさまが私の手を両手で握って嬉しそうに笑った。時間は半月。その間に対策を考えないといけない。ここが乙女ゲームの世界ならユリアさんは間違いなくヒロインだ。ビアンカさまの話を聞いた限りでは、あまり応援したくはないタイプだ。

 私にできることを考えて、なんとかビアンカさまを助けよう。私は強く決意を固めた。

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