第110話 フランチャイズ


 労働基準監督署のような機関を設けるという話はジークベルトが発言権を握ってからの話だ。そこでルイーゼは『食文化』についての話を進めることにする。


「私もアルフォンス様に賛成です。ジークベルト様も今マインハイムに足らないのが文化的な面だと判断されたから、街を散策されていたのではないのですか?」

「なんだ、ルイーゼ嬢にもばれていたのか。そうだね。この国に来たときから感じていたことなんだけど、ルーデンドルフ王国民はゆったりとした心の余裕がある気がしてね。文化的なものが我が国より発展しているんじゃないかと思ったんだ」


 ジークベルトは何かを思い出すように遠い目をしながら答えた。そんなジークベルトにアルフォンスが尋ねる。


「それで何か分かったのかい?」

「うん。まず、街に活気がある。これに関しては以前のマインハイムもそんな感じだったと思うんだけどね。とくに違うなと思ったのは、食に関する店の多さだった。外食産業もそうだけど、パンやお菓子などの出来上がったものを小売りする店が多かったね。そういった店が多いから食料品店も大店が多くて、品揃えも豊富だった」


 そうなんだ……。

 実はあまり外出したことがないからルイーゼは街には詳しくないのだ。


「だけど中でも驚いたのが『ロイのパン屋』というパン屋だった。この店だけは異色だった。あの店はルイーゼの店なの?」


 ジークベルトがにこにこと笑いながら問いかけてきた。予想はしていたけれど、やはりばれていたようだ。


「私の店というわけではないんですけれど、多少出資させていただいているのでレシピの提供をば……」

「ハハッ。そうだろうね。思わず全種類買いだめしちゃったよ。懐かしくて」

「それはようございました」


 毎度あり、という言葉が喉まで出かかったけれど、アルフォンスの手前やめておいた。すると、アルフォンスが申しわけなさそうにルイーゼに告げる。


「勝手にルイーゼの知識を提案の材料にしてごめんね」

「いいえ、私もアルフォンス様と同意見でしたので」

「そうか、ありがとう。ジークベルト、我が国を褒めてくれて嬉しいよ。まだ細かな問題は山積しているが、この国は比較的安定している。それは国民一人一人の心のゆとりから来るものだと思うんだ。そして心のゆとりは健康と財の余裕がなければ失われると思う」

「確かに……」


 ジークベルトが頷きながら呟いて両腕を組んで何かを考え込むように俯いた。そんなジークベルトに提案してみることにする。


「私の知識は食文化に偏ったものです。けれど食は命の糧です。この機会に国営のフランチャイズチェーンでも作ってみてはいかがですか?」

「っ……!」

「ふらん……何?」


 ルイーゼはアルフォンスにフランチャイズについての説明をする。

 フランチャイズは事業主が契約した加盟店に商品に関する技術提供や経営のサポートなどを行うビジネスのことだ。

 アルフォンスはルイーゼにフランチャイズの仕組みを聞いて感心したように唸る。


「へえ、君たちがいた世界にはそんなものがあるのか。興味深いね。だがそれだと今営業している店を閉店の危機に追いやってしまうんじゃないか?」

「ええ、新たに店舗を作るだけでは既存のお店を窮地に追いやることになるかもしれません。そこは上手く住み分けを調整すべきですけれど、それでも危なそうなお店にはフランチャイズに加盟してもらってレシピを提供するといった感じで」

「確かに実現できたら凄いことになると思う。国営だったら労働者や利益の管理がやりやすいね」


 アルフォンスが楽しそうに笑った。


「はい。ついでに商標の登録制度を作って罰金や罰則も設けたらいいと思います」

「ハハッ。やらなければいけないことが多すぎて目が回りそうだね。でもやり甲斐があるな。実現できたら他の問題も解決しそうだ」


 ジークベルトが肩を竦めて笑った。これはジークベルト一人では難しいかもしれない。チームを募って取り組むべき課題だろう。

 それに対してアルフォンスが考え込みながら呟く。


「ふむ……。食産業が発展すれば第一次産業は必ず発展するな」

「ええ、食料が足らなくなって輸入にまで頼らないといけなくなるかもしれませんから、その辺の法も整備しなくてはいけませんね」

「そうだな。第一次産業の従事者が増えても、また労働者の酷使という事態にならないように監視する機関も必須だね」


 ルイーゼの掲げた問題に対してアルフォンスが答えた。

 そのまま話し合いを進めてフライドポテトや鶏のから揚げなどのシンプルなものから、パンやお菓子に関するものまでフランチャイズの話は広がった。

 大体二時間くらいの話し合いの末、ジークベルトが、まずは信頼できる協力者を集めることにすると明言した。その体制ができたのち、ルイーゼのレシピの提供をするというところで話は纏まった。

 こうして次世代の指導者同士の固い協力関係が結ばれた。そして今後も機会をみて話し合いの場を設けることにしようということになった。


  §


 翌日学園に来て午前の授業を受けた。ところが、ここのところずっと毎日登園していたテレージアが今日に限って教室に来ていない。


「またお茶会に招待されて王宮にいらっしゃるのかしら。けれど先生も何もお聞きしていらっしゃらなかったみたいだし、具合でも悪いとか……」


 お茶会にしても体調不良にしても教師には何らかの連絡が入るはずで、教師が何も把握していないということはないはずだ。一体テレージアはどうしたのだろう。

 昼休みの鐘がなったところで、教室の入口に呼び出された。声をかけてきたのはテレージアの護衛騎士でもあるニクラウスだ。

 また嫌味でも言われるのだろうかと構えたけれど、ニクラウスの様子が普通じゃない。一体どうしたのだろうか。


「クレーマン嬢、ちょっとよろしいでしょうか」


 声を落として話すニクラウスに多少警戒するも、どうやら何か異常事態が起こったのではないかと思って耳を貸すことにした。テレージアのことが気になったからだ。

 ルイーゼはニクラウスと廊下の端の人に聞こえない場所まで移動した。とはいえ、人がいないわけではない。


「どうかなさいましたか? ノイマイヤー様」

「先日は大変失礼をして申しわけありませんでした。実はテレージア殿下がクレーマン嬢に内密に話したいことがあると仰っています」

「私に、ですか?」


 アルフォンスの顔がさっと頭によぎる。アルフォンスとの仲について怪しまれているのだろうか。テレージアに直接、アルフォンスと離れてほしいと乞われるのだろうか。嫌な予感で背中に冷たい汗が滲んでくる。


「アルフォンス殿下のことで随分悩んでいらっしゃる様子で、何もお召し上がりにならないし、私もどうしたものかと思いまして……」

「まあ……!」


 やはりアルフォンスのことか。テレージアに気持ちを打ち明けられたときに、はっきりとルイーゼの気持ちを打ち明けたほうがよかったのだろうか。


「ことがことだけに公にするわけにも参りません。どうかテレージア殿下の所までご足労いただけないでしょうか」

「……分かりました。どちらへ行けばよろしいでしょうか」

「学園の裏庭です。こちらへ」


 ルイーゼはニクラウスのあとについていくことにした。テレージアのことが心配だ。昨日の放課後別れたときはいつも通り元気だったのに、昨夜誰からかアルフォンスとルイーゼのことを聞いたのだろうか。気になる。

 裏庭に入ったところで辺りを見渡すが、誰もいないようだ。テレージアはどこかに隠れているのだろうか。


「テレージア殿下はどちらにいらっしゃるのですか?」


 不安になってニクラウスに尋ねてみた。すると……


「クレーマン嬢。すまない……」


 ――ガツン

 何か固いもので首の後ろを殴られた。激痛とともにルイーゼの意識は次第に遠のいていった。




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