第109話 ジークベルトとの密談

 翌日の放課後、ルイーゼは製菓クラブを休ませてもらった。そしてオスカーに説明されたとおり、約束の時間よりも早めに第二資料室に来て、アルフォンスたちが来るのを待った。

 約束の時刻になったところで入口からアルフォンスとジークベルトが現れた。美貌の王子の夢の競演はなかなかに壮観だ。額に入れて飾りたい。


「やあ、ルイーゼ嬢、久しぶりだね」

「……ルイーゼ、待たせたかな? ごめんね、こそこそするような真似をさせて」

「ご機嫌よう、ジークベルト様、アルフォンス様。こそこそするような真似はなかなか楽しかったので構いませんわ」


 ニコニコと微笑んでいるジークベルトに対して、申しわけなさそうな顔をするアルフォンスにニコリと笑って答えた。

 実際、まるでスパイ映画みたいでドキドキした。護衛騎士たちに見つからないように隠れるスリルは癖になりそうだ。


 アルフォンスとジークベルトが向かい合わせに座ったところで、アルフォンスの隣に座ろうかと悩んだけれど、不意に騎士が扉を開けるとまずいことになるので、長机の端を資料棚の陰に隠すようにしてその陰に座ることにした。二人から離れているので仲間外れみたいで少し寂しいけれど仕方がない。

 三人の周りに遮音の魔道具を使ったあと、アルフォンスは早速話を切り出す。


「ジークベルト殿下には、街で声をかけたときにある程度は説明しましたが……」

「ジークベルトでいいですよ、アルフォンス殿下。腹を割って話すのに敬称と敬語は邪魔だ」

「承知した。ではジークベルトと呼ばせてもらうよ」

「分かった。アルフォンス、話を始めようか」


 二人ともにこやかに微笑み合う。美形王子夢の競演眼福。


「ジークベルト。昨日少しは話したが、貴国と我が国の間で、陛下が婚姻による協力関係を結ぼうとしている。恐らくマインハイム国王陛下も同意見なのだろう?」

「そうだね。だけど私は人材を補充するだけでは根本的な解決にはならないと思っている」

「そうか……。それは同意見だ」

「うん。いくらルーデンドルフ王国から人員を補充しても根本的な方針を変えない限りは、もっと問題が悪化してまた人材が足らなくなる。時間が経てば、この国も苦しくなると思う」

「そうかもしれないな」

「我が国から知識を得て何の対策も立てずに運用しようとするなら我が国の二の舞になるのは目に見えてる。人材の移動だけでどうにかしようとするのは焼け石に水なんだ」

「ああ」

「分かってるんだけど、私は知識を提供したきり政策にはあまり関わらせてもらえなくてね。第二王子だから権限が弱いっていうのもあるんだけど……」


 ジークベルトが困ったように眉尻を下げる。ジークベルト自身もどうにか意見しようとしたけれど、思うようにいかなかったのだろう。表情からは苛立ちの感情も見て取れる。


「それなんだが、転生者の知識の提供を、マインハイム国王陛下との取引の材料にするのはどうだろう?」

「私の知識を?」

「ああ。今までは無条件で知識を提供していたんだろう? 言葉が悪くてすまないが、君は貴国にとってはかけがえのない金の卵のようなものだ」

「それは確かにそうだと思うよ。だけどもうかなりの知識を提供してしまっているけど……」

「でもまだあるんだろう?」

「うん」

「利益を得ることに味を占めているんだ。経営者も国も満足することはこの先ずっとあり得ない。だとすればこれからも変わらず君は貴重な存在だ。知識と引き換えに君の意見を通すように仕向けるんだ」

「なるほど。これまでは国が豊かになるならといいと思って知識を提供してきたんだ。それがここまでの影響を及ぼすとは思わなかった」

「そうだな。転生者の知識の価値は計り知れないものがあるね」


 ここまでの話を黙って聞いていたけれど、これ以上ジークベルトの知識を国に与えるのは如何なものだろう。仮に意見を通させるためと言っても、すでにバランスを崩す限界を超えてしまっているのではないだろうか。

 一つの知識を齎すことで、それを元に人間は十の手段を編み出していくものだと思うから。


「あの、ちょっとよろしいでしょうか」

「何だい、ルイーゼ?」


 恐る恐る手を挙げたら、アルフォンスが発言を許可してくれた。


「私はジークベルト様の知識をマインハイム王国にこれ以上齎すのは危険だと思います」

「……ふむ」

「だからといって、完全に提供を拒否してしまえばこちらのカードがなくなってしまうでしょう?」

「そうだね」

「うん」

「新しい産業を生み出すのではなくて、昔からある産業を活性化する知識を提供すればいいんです」

「ルイーゼ嬢、それは……」

「第一次産業ですよ」

「なるほど……」

「だいいちじさんぎょう?」


 首を傾げるアルフォンスに、ジークベルトに説明する。

 『第一次産業』は農業、林業、鉱業、漁業。

 『第二次産業』は製造業、建設業、電気・ガス業。日本では鉱業もこれに入るらしい。

 『第三次産業』は前の二つ以外の産業のことだ。

 アルフォンスが説明を聞いてなるほどと頷いた。


「農業か。確かに人間の生命維持に欠かせない産業だな」

「はい。今マインハイム王国の人材は二次産業に集中しているのではないでしょうか。農業に従事する者も日払い賃金目当てに畑を放置して新しい産業に集ってしまっている状態」

「うん、そんな感じだね」

「今マインハイムで起こっている問題を軽くするには、二次産業に関わる人材を減らして少し鎮火する必要があると思います。荒療治ですけれど」

「具体的にどうするの?」


 ジークベルトが身を乗り出して尋ねた。


「農業に従事していた者を畑に戻すんですよ。そして農業に従事する者に国から補助金を出すんです。二次産業に従事する者が減れば無茶な生産はできなくなりますよね」

「そうすると二次産業に残った者一人当たりの負担が増えないかな? 今ですら労働者が酷使されているんだよ?」

「そこで労働基準法ですよ。監査して罰則と罰金を設けるんです」

「そうなると、法の制定からか……」

「ごめん、君たちが何を話してるのか分からない」


 ジークベルトと二人でアルフォンスに今話していたことと、これから話す内容を説明した。


「君たちの世界にはそんなものがあったのか……。この世界では考えられないね。国民の人権を保護するのか」

「ええ、そういう憲法があったんです。ですから労働者を体力ぎりぎりまで、ましてや倒れるまで働かせるなんて言語道断」


 ……のはずなんだけど、なぜか現代でもブラック企業や過労死が問題視されていた。だから監査自体も国が本気で取り組まないと資本者に転がされて都合よく扱われるかも。


「産業を発展させるなら労働者の保護は必須ですわ。国民あっての国なのですから」

「そうだね、ルイーゼの言う通りだ。法についてはジークベルトがリーダーになって監修するといいんじゃないかな?」

「これ以上私の知識を提供しないなら、陛下に意見を聞いてもらうためのこちらのカードは?」

「そうだね。その第一次産業・・・・・を発展させないといけないなら、ジークベルトじゃなくてルイーゼの知識をカードにするのはどうだろう?」


 実はルイーゼもアルフォンスと同じことを考えていた。マインハイム王国に今必要なのは労働基準監督署と『食文化・・・』だと。




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