第91話 ジークベルトの誘い


 あまりに予想外なジークベルトの言葉に、ルイーゼはすぐには理解が追いつかず、しばらく呆然と固まってしまった。

 どうしていきなり隣国の王族であるジークベルトがルイーゼを国へ招くという話になるのか。一体ジークベルトの目的は何だろうか。ルイーゼの頭に次々と疑問が湧き上がる。

 一度気持ちを落ち着けてその理由を確認しなければいけない。そう考えて、ゆっくりと瞼を臥せ、大きく深呼吸をして瞼を開く。そして真っ直ぐにジークベルトの目を見て問いかけた。


「ジークベルト様。理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 するとジークベルトも同じく真剣な眼差しで小さく頷き、ルイーゼに答えた。


「ああ、そうだね。私は我が国に優秀な人材が欲しいんだ。留学中に優秀な人材を見つけたらぜひ我が国にお誘いするようにと陛下から言い渡されている。そして君に会った。君のことを調べてみれば、成績、人格面での周囲の評価、身分、品位、素行、どれをとっても申し分ないと判断したんだ。だから君を我が国へ留学生として招きたいと考えたんだよ」


 ジークベルトが至極真面目な口調で説明をしてくれた。『僕』が『私』になっているところをみると、今のジークベルトは国の代表という対外的な立場として発言しているのだろう。嘘を言っているようには聞こえないし、ジークベルトのアイスブルーの瞳をじっと観察しても欺瞞の色は見えない。

 そういえば今思い出した。乙女ゲーム『恋のスイーツパラダイス』で主人公のヒロインが全てのパラメータを最高値に近いくらいまで上げると、隠しキャラクターを攻略できるという設定があったことを。

 そのキャラクターを攻略したことはないので名前までは覚えていなかったが、ヒロインの聡明さに惹かれて隣国へ婚約者として迎え入れるというエピソードだった気がする。もしかしてその隠しキャラクターがジークベルトなのではないだろうか。すっかり忘れていたが。

 ジークベルトの説明について考察してみる。理由は本当に優秀な人物だからというだけだろうか。どうもしっくりこない。なぜならジークベルトの告げた条件を満たす人物は、この学園には他にもいるからだ。ルイーゼはそもそもヒロインではないので、ゲームによる強制力というのは働かないと考えていいだろう。それならばなぜジークベルトはルイーゼを選んだのだろうか。そこでルイーゼはクラブ活動中に聞いたジークベルトの言葉を思い出した。


「ジークベルト様、本当に理由はそれだけでしょうか? 我が学園には貴方が仰る条件を満たす人物は他にもいると思うのですが。それに貴方は先ほど『モンブラン』という言葉を元々知っているかのように口にされていましたよね?」


 ルイーゼの問いかけを聞いて、ジークベルトは真剣な顔を俄かに緩めてニコリと微笑んだ。


「そうだっけ?」

「ええ、間違いありません」


 ジークベルトは完全にいつもの表情に戻し、笑みを浮かべつつ肩を竦めて答えた。


「……ふぅ、仕方がないね。君を味方につけるには僕も全部曝け出さないといけないってわけか」

「……ええ、そう願いますわ」


 今のジークベルトの言葉で確信した。やはりジークベルトは……


「うん、僕は君の予想通り転生者だよ。前世は日本の大学生だったんだ。君がうちの国に来てくれたら打ち明けるつもりだったんだけどね」


 予想通りだった。だが、同時に気付く。ジークベルトが真実を明かしたということは、ルイーゼもまた真実を告げなければいけなくなったということに。

 どちらにしても『モンブラン』の件でばれているだろう。ジークベルトが同じ転生者ならルイーゼが言うことも全て信じてくれるだろう。ルイーゼは腹を括ることにした。


「やっぱりそうだったんですね。いろいろと納得しました。ジークベルト様が私に近付いたのは私のことも転生者だと思ったからですよね?」

「うん。やっぱり君は敏いね」

「……」


 ジークベルトが蠱惑的な笑みを浮かべる。だがルイーゼはとても笑い返せる気分ではなかった。例えお互いの正体を露呈し合っても、ジークベルトの本当の目的が未だ掴めていないからだ。


「切っ掛けは模擬戦のときに君がくれたクリームパンだった。この世界にあり得ないものが目の前にあるのを見て本当に驚いたよ。日本でしか目にしないものだと思っていたからね。そして君が作ったと聞いたときに、僕は自分以外にも転生者がいるかもしれない可能性を初めて認識したんだ」


 ジークベルトは自分のプラチナブロンドの髪を人差し指で弄りながら話を続ける。


「そして今日『モンブラン』を見て確信したよ。ルイーゼ、君が転生者だってね。クリームパンは偶然辿り着けるかもしれないけど、モンブランは流石にね……。あの形は独特だから。……ところで君は前世では何をしていた人だったの?」

「私は……会社員でした」


 三十路というのはなんとなく恥ずかしかったので当たり障りのないよう答えた。嘘は言っていない。


「そうなんだ。なんだかさ、ずっと転生者は僕一人だと思ってたから、君がそうだと分かって嬉しかったよ」


 ジークベルトが本当に嬉しそうな顔でそう話す。そう言われてみればそうかもしれない。ルイーゼの場合はモニカという嫌な思い出があるばかりに他の転生者に出会えた喜びが薄かったが、相手がいい人ならとても喜ばしいことなんじゃないだろうか。


「そうだったんですか……。実は私が以前知り合った転生者があまりいい方とは言えなくて……。ですので、同志に出会えたという感動よりも先に、どうしても相手に対して警戒してしまうのです」

「他にも転生者がいたの!?」

「ええ、今は恐らく領地にお帰りになっているかと……」

「へえ、そうなんだ。今度詳しく聞かせてくれる?」

「承知しました。それはそうと、どうして私が転生者だと国へ招くというお話になるのでしょうか」


 話がそれてしまったことに気付いて再び疑問を投げかけると、ジークベルトは笑みを消して真剣な表情を浮かべた。これから彼の話す言葉は恐らく真実だろう。一言一句聞き逃さないようにしなくてはいけない。そう思えて、無意識に身構えた。


「ルイーゼ、僕たちが前世から持ってきた知識は国の力となり財産となる。そのくらい価値があるものだ。僕は理工学部の大学生程度の知識しかないが、それでも随分国の発展のために貢献できていると自負している」

「そうだったのですね。私なんてパンとお菓子の知識くらいしかないのでとても素晴らしいと思いますわ」

「……ルイーゼ、あれ、冷蔵庫だよね?」


 ジークベルトが、彼の後方に設置している魔道具の冷蔵庫を親指でグイッと示してニヤリと笑った。




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