第82話 時間がない (アルフォンス視点)


 アルフォンスは王に王宮の応接室へと呼び出された。ユリウス・ルーデンドルフ国王。ルーデンドルフ王国の第二十四代国王だ。眩い白金に近い金髪を後ろで束ね、アルフォンスと同じアメジストの瞳に悪戯っぽい光を湛えている。何かよからぬことでも企んでいそうだ。

 婚約者はまだ決めないのかという催促でもするのだろうか。それとも新たな業務でも押し付けられるのか。それでなくとも王の書類仕事を一部回されて忙しいというのに。挨拶もそこそこに本題を促す。


「陛下、今日は一体どんなご用件でしょうか?」

「うむ、実はな、来週マンハイム王国から第二王子と第三王女を留学生として迎え入れることになった」

「あの双子ですか」


 マンハイム王国はルーデンドルフ王国の南隣に位置する国だ。以前からの国の双子が留学してくるのではないかという話は出ていたが、来週とはまた急な話だ。


「うむ。そこでアルフォンス、お前に彼らの滞在中の後見を任せたい」

「……承知しました。謹んでお受けいたします」


 双子の兄はジークベルト、妹はテレージア、ともに多分今年で十六才になるはずだ。ルイーゼと同じ学年だ。双子には七才のときに一度会っただけで、性格についてはあまり知らない。外見は双子というだけあってよく似ていて、とても美しかったことだけは記憶している。

 あまり知らない双子の王族の後見など不安でしかない。どの道拒否はできないので引き受けるしかないが、正直面倒臭い。学業時間外に書類仕事、公務と忙しいのに、双子の世話まで加わったらルイーゼに会いに行く時間がなくなってしまう。アルフォンスは今後の時間のやりくりのことを考えて大きな溜息を吐いた。


 §


 翌日学園で、教室にやってきたオスカーに話を聞いて驚いた。一昨日からルイーゼが学園の帰りに毎日街へ足を運んでいるという。さらに詳細を聞き出したところ、どうやらカミラの知り合いのパン屋を助けるために動いているらしい。そういった一通りの事情を説明したあとにオスカーが告げる。


「父も協力する気になったようですし、私も近いうちに様子を見にいこうと思っています」

「そうなんだ。ルイーゼは一人で街へ行くなんて少し危機感が足りないんじゃないか? この間危ない目にあったばかりだというのに」

「あー、殿下、そのことなんですが……」

「うん?」


 何かを言い淀むオスカーの様子を見て、嫌な予感が大きくなる。


「その……姉にはローレンツ殿が同行しているそうなので身の安全に関しては大丈夫だと思います」

「……は?」


 自分でも驚くほどの低い声が出てしまった。オスカーはそんなアルフォンスの声を聞いて少し驚いたようだ。アルフォンスは胃の上の辺りがムカムカしてきた。ルイーゼの側に別の男が常にいるなど、考えただけでも行き場のない苛立ちが込み上げてくる。


「昨日、件のパン屋で危ないところをローレンツ殿に助けてもらったと聞きました」

「なんだって!? それで、ルイーゼは大丈夫だったの?」

「はい、特に怪我はありませんでした。我が姉ながら本当によくトラブルに巻き込まれる人です……。それでローレンツ殿が安全のためにしばらく姉に同行してくださるそうです」

「そうか、それはよかった。ローレンツが傍にいるんだ。うん、確かにそれなら外敵からは守られるね。うん、とりあえずは安心だ」

「殿下……」


 オスカーに向けられた哀れむような眼差しが胸に刺さる。オスカーに向かって言っているようで、口から出た言葉は全て自身を落ち着かせるために自然と呟いてしまったものだ。アルフォンスは自分がこれほど嫉妬深いとは思っていなかった。

 いや、以前もこんなことがあったか。ギルベルトがルイーゼの手を握ったのを見たとき……あれも筆舌に尽くしがたいほどにムカついた。あのときはまだ自分の気持ちをこんなにはっきりとは自覚していなかったが。

 ルイーゼに対する気持ちは日に日に大きくなる。自分に対して好意を持っていないと言われても、もはや後戻りできないほどにこの感情は大きく育っていた。


「明日、土曜日のルイーゼの予定は分かる?」

「今日の夜、姉に予定を聞いてみないと分かりません。今日は件のパン屋に様子を見にいくと言っていましたが」

「そう……。今日の夜に予定を聞いておいて。オスカー、明日は俺につきあってくれる?」

「承知しました。その……姉はああいった感じなので、ローレンツ殿とすぐどうこうといったことにはならないと思いますので……」


 どうやら心の中を見透かされているようだ。だがいくらルイーゼが恋愛感情に疎くとも、ローレンツが積極的に攻めればどうなるか分からない。ただでさえこれからあまり時間が取れなくなるかもしれないのに……。


(俺だっていつもルイーゼの側にいて守ってやりたいのに……くそっ)


 抱えなければならない案件が徐々に増えてきて、アルフォンスは今日も眠れない夜を過ごさなくてはならないことに再び大きな溜息を吐いた。




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