第83話 ローレンツの
ローレンツは真っ直ぐに立って一歩ルイーゼに近付いて、意志の強そうな翡翠の瞳でじっと見つめてくる。そんなローレンツの眼差しの熱さに戸惑い、一体何を言われるのだろうと困惑してしまった。
「ルイーゼ嬢、初めて会ったときから貴女のことを放っておけませんでした。友人に対して優しく、困っている人は見過ごせない。いつからか、そんな貴女から目が離せなくなりました。そして貴女が殿下と一緒にいるのを見ると胸の辺りがモヤモヤしてしまう。それは貴女が好きだからじゃないかと、最近になってようやく気付いたのです」
「ええっ!?」
ローレンツの突然の告白に驚きを隠せない。ずっと友人に対する親切心による行動だと思っていた。まさか好意を持ってもらっているとは夢にも思わなかったのだ。
「貴女の傍にいたいと思う気持ちが友情ではないとはっきり分かりました……。すみません、私は恋愛経験がないものでどうやらこういった感情に疎いようです」
「いえ……」
そんなことを言われたら、ルイーゼなどローレンツの百倍は鈍いと思う。
ローレンツの気持ちは嬉しい。こうして言葉で伝えてもらわなかったら、ずっと気付くことはなかっただろう。だがルイーゼの気持ちが向いているのは昔からただ一人だけだ。前世の記憶が蘇る前も、そして現在も……。
「あの、私……」
ルイーゼが返事をしようと口を開きかけたところで、ローレンツにスッと片手で制止されて言葉を遮られてしまう。
「ルイーゼ嬢、私はまだ貴女の傍にいたい。だからどうか今すぐには返事をしないでください。貴女にご迷惑をかけるようなことはしないと誓います」
「ローレンツ様……」
ローレンツはこう言っているが、彼の気持ちに応えられないことを告げないまま、こうして都合のいいときだけ助けてもらうようなことを続けていいものだろうか。ローレンツの好意に一方的に甘えるようなことはしたくない。そう考えてローレンツを見上げて答えようとした瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ルイーゼ……」
ルイーゼとローレンツは同時に声のほうへ振り向いた。すると露店の前に、オスカーと一緒にアルフォンスが立っていた。予想外の人物の登場に思わず驚いてしまう。
アルフォンスとオスカーは商人の服に身を包み、ローレンツと同じく貴族とは分からないように扮装している。アルフォンスに至ってはハンチング帽と眼鏡を身に着けているので、一見王太子だとは分からない。
アルフォンスの表情は凍りついたように固まったまま、じっとルイーゼを見つめている。もしかするとローレンツとの会話を見られていたのかもしれない。だがなんと言葉を発していいか分からない。
永遠に続くかと思うほどに長く感じた数秒間の沈黙のあと、アルフォンスが伏し目がちにニコリと笑いながらゆっくりと口を開いた。
「その……君たちがここで店を開くと聞いて、何か協力ができることがないかと思って来たんだ。よかったら手伝わせてくれない?」
「そんな、王太子殿下に店の手伝いなどとんでもありませんわ!」
「そんなこと言わないで、どうか手伝わせて」
「殿下……」
「ローレンツもいいよね?」
「はい、ルイーゼ嬢さえよければ私は構いません」
「……分かりました。ではお願いします」
アルフォンスの切実な表情を目にしてしまえば、とても断ることなどできそうになかった。王太子殿下にこんなことをさせてしまっていいものだろうか。国王にばれたら大変な事になるのではないだろうか。不敬極まりない気がするが、断れる空気ではなかったので仕方がない。
それにしてもこの三人はかなり目立つ。アルフォンスもオスカーもローレンツも、いくら平民の服を着ても、美形すぎてかなり違和感があるのだ。服の下から美形オーラが漏れ出していて、とても平民には見えないというのが正直な感想だ。
でも彼らだったら歩く看板並みに客を惹きつけるのではないだろうか。いっそ開き直ってお願いしてみよう。
「殿下、オスカー、このお皿の一口大に切ったクリームパンと芋アンパンは試食用なんですが、これをお客様に食べてもらってください」
「分かった。でもルイーゼ、ここでは殿下と呼ばずにアル、それかアルさんと呼んでね」
「アル……さん」
「よくできました」
アルフォンスの表情からは先ほどの翳りが消え、明るく笑いながらルイーゼの頭に手を伸ばし優しく撫でてくれた。不意打ちの仕草に思わず胸が高鳴り、頬が熱くなる。
「姉上、このクリームパンと芋アンパンというパン、一口食べてもいいですか?」
「あ、私も貰っていいかな?」
オスカーとアルフォンスが食べたそうにじっと皿の上を見ている。そういえば、二人にはまだこの誇るべき新製品を食べてもらっていないのだった。
「ええ、どうぞ。クリームパンの中身はカスタードクリームで、芋アンパンの中身はサツマイモを加工して作ったんですよ」
「えっ、サツマイモですか!?」
「あ、美味しいね、これ。両方甘くて美味しい」
「本当だ、美味しい!」
オスカーはサツマイモと聞いて一瞬驚いたが、一口食べて認識を改めたようだ。アルフォンスとオスカーが美味しそうに食べる顔を見ているとなんだか嬉しくなってくる。
「一セット取っておいてね。持って帰って食べるから」
「あ、僕の分もお願いします」
「フフ。承知しました」
そういえばローレンツに返事をしなくてもよかったのだろうか。返事をしないでくれと言われたが、流石に都合が良すぎるだろうと思って気持ちを伝えようとしたのにタイミングを逃してしまった。なんだか申し訳ない。
ローレンツのほうを見ると、こちらを見て優しく微笑んで頷いた。……本当にこのままでいいのだろうか。
とりあえず今は販売に集中しよう。これをきっかけにして『ロイのパン屋』の固定客が増えてくれるといいのだが。
「いらっしゃいませ。新製品の甘いパンはいかがですか?」
ルイーゼの朗らかな声が辺りに響いた。
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