第70話 モニカの動機


 事件から二日経った水曜日の放課後。ほぼすっぴんメイクで縦ロールをゆさゆさと揺らしながら、モニカとの面会をお願いしようとアルフォンスの教室へやってきた。そしてアルフォンスに会って、痛々しい右頬の傷を見て思わず怯んでしまう。やはり傷は相当深かったようで、傷口が縫合されている。少しずつ薄くはなるとしても傷痕が残るかもしれないと思うと、激しい罪悪感に苛まれてしまう。そんなルイーゼの心情に気付いたのか、アルフォンスが気にするなと言わんばかりにルイーゼを見てふわりと優しく微笑んでくれた。だが申しわけないという気持ちは募るばかりだ。

 はっと我に返って教室へ来た目的を思い出し、モニカと面会させてもらえないかとアルフォンスに頼んだ。するとアルフォンスと、すぐ傍にいたオスカーに大反対された。


「どうせろくなことは言われないよ。わざわざ傷つきにいく必要はないでしょ」

「そうですよ。姉上が行くことはありません」


 二人の言うことはもっともだ。だがモニカがルイーゼへの暴行を企てた明確な動機をモニカ自身の口から語らせ、証言としてアルフォンスたちに聞いてもらう必要があると考えた。それにアルフォンスやオスカーが尋問しても、モニカの本心を引き出せないような気がするのだ。確かに恐怖心がないと言えば嘘になるが、ルイーゼが聞き出すのが最善だと考えて出した結論だ。


「心配してくれてありがとうございます。ですが私が直接話したほうがモニカさんの本心が聞けると思うんです。ですから殿下とオスカーは扉の外で私たちの会話を聞いていてください」


 そう言って半ば強引に願いを聞き入れてもらい、モニカが囚われている懲罰室へと連れていってもらった。アルフォンスとオスカーも一緒だ。懲罰室はアルフォンスが学園に申請して借り切り、付近の人払いも済ませてあるらしい。外鍵を開けて懲罰室の扉を開くとモニカが部屋の奥にある簡素な椅子に座っていた。手足は拘束されていない。

 懲罰室は予想外に広く、剥き出しの石壁に囲まれた部屋は五メートル四方くらいある。中の左奥に簡易的なベッドが置いてあり、右壁中央に机、そしてトイレとシャワーがあるであろう場所へ続く扉が右奥にある。とりあえずモニカが人間らしい待遇をされていたことに安堵する。気遣う必要などないことは重々承知しているが、モニカに対して余計な罪悪感など持ちたくはなかったのだ。

 アルフォンスは扉の外に置いてある椅子に座って部屋で行われる会話を聞くことになっている。ルイーゼとオスカーだけが部屋に入り、オスカーが近付いてモニカの手足を拘束したあと、首の『縛声のチョーカー』を外した。それによりモニカは声が出せるようになり、身動きが取れなくなった。これなら二人きりになっても安全だ。するといきなりモニカが目から涙を溢れさせ、オスカーに懇願し始めた。どうやら思っていたよりも元気なようだ。


「オスカー様、助けてください! 誤解なんです。私、そんなつもりじゃなかったんです!」

「貴女のことは全て破落戸たちから証言を得ていますから、今さら取り繕っても無駄ですよ。姉に近づくなとあれほど忠告したのに残念です。それでは姉上、お願いします」

「分かったわ。ありがとう」


 モニカはこの期に及んで往生際が悪い。オスカーの言葉を聞いても悲しそうな表情を崩しもしない。オスカーが呆れたように溜息を吐いて部屋から出ていった。扉が静かに閉じられたのを確認して、ルイーゼは大きめの声で尋ねる。


「それでモニカさん、貴女はなぜあんなことをしたの?」

「……なんのことかしらぁ? 記憶にないんだけど?」


 先ほどの悲しそうな表情から一変して、薄ら笑いを浮かべたモニカがそっぽを向いたまま目も合わせようとしない。相手によってこれほどまでに態度を変えるモニカを見て、いっそ清々しいとすら感じた。このままのらりくらりと躱されても時間が勿体無いので、尋問の仕方を変えてみることにする。感情的な彼女にはこのほうが効果的かもしれない。


「とぼけないで。貴女の指示でやったという証言は得ているのよ。貴女、正攻法じゃ私に敵わないとでも思ったのではなくて?」

「ハッ! ふざけないでよ! 誰があんたみたいなケバい女に敵わないなんて思うもんですか。ばっかじゃないの? あんたがことごとくあたしのイベントを潰して、イケメンになりふり構わず媚びまくるビッチだからよ。あたしは彼らをあんたの毒牙から守ってあげようと思ったの!」


 挑発に乗ったモニカの言葉を聞いて、真面目に言っているのかどうか本気で悩む。投げ放たれた巨大ブーメランをぜひともお返ししたい。動機については概ね予想がついていたものの、これほどまでに罪悪感がないとは思わなかった。


「私はその『イベント』というのが何なのかもよく分からないし、私は誰にも媚びたりなんかしていないわ」

「フン、よく言うわ。本当は皆私に夢中になるはずだったのに。あんたというイレギュラーのせいでこのゲームが思うように進まなくなっちゃったのよ。全部あんたのせいよ!」

「貴女が何を過信しているのか知らないけれど、この世界はゲームなんかじゃない。現実の世界だわ。私がいなかったとしても貴女みたいに自分本位な言動をする女性を誰が愛してくれるというの?」

「私は何をしても可愛いから許されるの。これまでずっとそうだったもの。前世も、幼いころも。皆私の言うことを聞いてくれたわ。なのにどうして……!」


 モニカがぎりぎりと歯噛みして憎々しげにルイーゼを睨みつける。どうやらモニカの性格には前世から変わらない歪みがあるようだ。環境のせいもあるのだろうが……。


「あんたなんかこの世界から消えればいいのよ! いなくなっちゃえ! アル様も王妃の座も私のものなんだからっ!」

「だからあんな酷いことを指示したというの? 私が邪魔だから?」

「そうよ! あんたが社交界から消えたら皆感謝するに決まってるんだから。あんたみたいな女に引っかからずに済んだって!」


 モニカが怒りに顔を歪ませ、ストロベリーブロンドの髪を振り乱して叫ぶ。自分に都合のいい持論ばかりを展開していて根拠がなく支離滅裂だ。どう会話を続けようかとルイーゼが悩み始めたところで、突然入口の扉が開いた。


「そこまでにしてもらおうか」

「アル様ぁ!」

「殿下、オスカー……」


 入口から現れたのはアルフォンスとオスカーの二人だった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る