第69話 交渉


 入口の扉を開けて突然現れたのはオスカー、ローレンツ、ギルベルトの三人だった。ルイーゼは意外な援軍の登場に驚いた。もしかしてオスカーたちもルイーゼを助けに来てくれたのだろうか。そして三人ともこちらを見て安堵の表情を浮かべた。酷く心配をかけてしまったようだ。なんだか申しわけない気持ちでいっぱいになる。

 アルフォンスが剣を構えたまま入口で立ち竦む三人をちらりと見てふっと笑い、ライマーに視線を戻して真剣な表情で話し始める。


「ライマーだったか……。あんたたちの仲間は彼らに倒されたようだな。これ以上の抵抗は無駄だ。降参しろ」

「おいおい、こっちは部下をやられたままのこのこ帰るわけにゃあいかないんだよ」

「じゃあ、このまま捕まるか? 降参するなら、あんたたちの部下ごと見逃してやってもいい。ただし実行犯の二人は置いていってもらう」

「それだけはできねぇ。あいつらの後始末が俺の仕事だ」

「……ここで捕まればそれもできないだろう? だがあんたが責任もって彼らを処分・・してくれるなら連れて帰ってもいい。ただし見逃すには条件がある」

「……なんだ」

「あんたもあんたの組織の者もこの事件について一切口外するな。そしてあんたのボスにも今回のことは忘れるように伝えろ。もし少しでも今回の事件が明るみに出るようなことがあれば……」

「あれば?」

「あんたたちの組織を王家の名のもとに根こそぎ一網打尽にする。条件を飲むなら今回のことは不問にする。実行犯を除いてな」


 そう言ってアルフォンスは腰に吊るしていた剣の鞘をローブの中から取り出し、ぐっと突き出してライマーに見せた。剣の鞘には王家の紋章が刻まれている。ライマーは紋章を見て目を瞠る。どうやら酷く驚いたようだ。


「あんた……! そうか……分かった。俺たちのボスにも伝えておこう。全くとんでもねえことしてくれたもんだぜ。クソガキどもはこっちで始末をつける。永遠に悪さができねえようにな。できればクソガキどもを唆した女もこっちで預かりたいんだがな」

「いや、あの女はこっちで始末をつける。一応貴族だから行方不明になると面倒なことになる」

「……そうかい。分かったよ」


 ライマーが肩を竦めて笑みを浮かべる。ルイーゼはそこまでのやり取りを見て、なぜアルフォンスはこんな取引をするのだろうと不思議に思った。このライマーという男も取り押さえてしまえばいいのにと。だが入口で見守る三人の表情を見ると、それほど驚いた様子がないことに気付く。

 もしかしてアルフォンスは今回の事件をルイーゼのために隠蔽しようとしているのではないだろうか。貴族令嬢にとって一時的にでも破落戸に拉致されたとなれば安否に関わらず醜聞となるだろう。それを防ぐために大きな事件にならないようにしているのかもしれない。


 それに、考えてみれば実行犯以外は何の犯罪も犯していない。罪状がなければ破落戸というだけで捕まえることはできない。オスカーたちの侵入に抵抗はしたようだがそれだけだ。そういえば元凶のモニカはどうしたのだろうか。アルフォンスはどうしてここが分かったのだろうか。疑問は尽きない。

 ライマーがふっと笑みを浮かべ剣を鞘に納める。するとアルフォンスも手に持っていた鞘に剣を納め、再び腰に吊るした。


「それじゃあ、今回は引かせてもらう。だいぶ仲間が痛い目に合されたようだがクソガキどもの迷惑料だ。こっちも利がねえ争いはしたくねえ。じゃあな」

「ああ、別件で捕まらないように派手な悪さはするなよ」

「ハッ……!」


 ライマーは出入り口に向かって歩きながら片手を挙げてひらひらとさせながら答え、そのままオスカーたちの間を縫って部屋から出ていった。そして廊下で伸びている仲間たちを叩き起こす声が聞こえ、しばらくして静かになった。どうやら破落戸たちは去っていったらしい。ルイーゼは大きく深呼吸したあと、改めてオスカーたちに深く頭を下げる。


「ローレンツ様、ギルベルトさん、オスカー。助けに来てくださってありがとうございます。そしてご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

「いや、貴女に怪我がなくてよかった……」

「ああ、全くだ。オスカーに聞いて肝が冷えたぞ。大丈夫か?」

「ええ、ありがとうございます」


 ローレンツとギルベルトが口々にルイーゼを気遣ってくれた。本当にありがたい。そしてオスカーが駆け寄ってきてルイーゼの顔を覗き込むように尋ねてくる。


「姉上、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

「ええ、私は大丈夫よ。それよりも殿下が……」


 ルイーゼはアルフォンスに近付き、思わずアルフォンスの右頬の傷へ手を伸ばす。触れる手前でぎゅっと手を握り、傷の様子をじっと見る。出血はすでに止まっているようだが傷が深い。一刻も早く手当てをしなければ。


「殿下、申し訳ありません。私のせいでお顔にこんな……」

「ああ、君が無事だったんだ。別に構わないよ。それに君を守ってできた傷なんて勲章みたいじゃない? このままずっと残っててほしいくらいだ」

「そんな……」


 これほどに深い傷だと痕が残ってしまうかもしれない。王太子の顔に傷を負わせてしまうなんて申し訳なさすぎる。そう考えて再び涙が浮かびそうになったところで、オスカーが淡々と話し始める。


「殿下もこう仰ってますし、姉上が気にすることはありません。急いで戻って医師に見てもらえば大丈夫でしょう。殿下、モニカ嬢はどうします?」

「そうだなぁ。とりあえず拘束したまま一時的に学園の懲罰室にでも入れておこう。懲罰室の手配はこっちでやるよ。モニカには日を改めて事情聴取をする。ギルベルト、声を奪う魔道具あったよね。事情聴取まではそれを着けさせる」

「ええ、縛声のチョーカーですね。戻ったらすぐに準備しましょう」

「頼む。それと、ローレンツ、ギルベルト、オスカー、協力感謝する」


 アルフォンスがにこりと笑いながら礼を告げると、ローレンツとギルベルトが同じく微笑みながら答える。


「恐れ入ります。ルイーゼ嬢のためとあらばすぐにでも駆けつけます」

「大事な友人ですからね。殿下の命令がなくとも動きますよ」


 なんだろう。笑っているはずなのにオスカー以外の三人の目があまり笑っていないような気がする。アルフォンスの傷のことは気になるが、ようやく戻れると思い肩の力が抜けた。緊張が解けて急に膝ががくがくと震える。自分では気づかなかったがかなり怖かったようだ。そしてモニカにひとこと言わなければという怒りが、遅れてふつふつと湧いて来たのだった。




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