第71話 モニカの心
懲罰室の入口からアルフォンスがオスカーとともに入ってきた。アルフォンスは片手に紫色の布に包まれた四角い何かを持っている。そしてゆっくりと歩み寄り、モニカを見下ろした。アルフォンスの眼差しにはあからさまな侮蔑の色が見て取れる。
「モニカ嬢。扉の向こうで君の言い分は全部聞かせてもらったよ。君は実に幼稚で救いようがないほど愚かだね。そんな身勝手な理由でルイーゼが害されたかと思うと、吐き気がするほど憎悪が湧くよ」
「アル様……私は!」
目に涙を浮かべて訴えるモニカに、アルフォンスは明らかな嫌悪を示して言葉を続ける。
「君に愛称を呼ぶ権利を与えた覚えはないよ。以前、俺を助けたと言ったのもクッキーを作ったと言ったのも、本当は最初から嘘だと分かっていたんだ。だけど君がルイーゼに悪意を向けるといけないと思って無難に接してきた。元々君に対しては最初から軽蔑の気持ちしか持っていないよ」
「嘘……」
「嘘じゃない。いくら綺麗ごとを並べても、目を見れば欺瞞の有無なんて簡単に分かるんだよ。幼いころから身を守るために必要だったからね。君のような女から」
「そんな! 私は心からアルフォンス様をお慕いしておりますわ!」
「君の『心』とは何だろうね。今しがたルイーゼに悪態を吐いた口で俺に好意を告げる。君は見目がいいと自負しているのかもしれないがそれだけだ。そんな薄っぺらいモニカ嬢に贈り物があるんだよ」
「贈り物……ですか?」
「うん」
流石に素直には喜べずに訝しげな目を向けるモニカに、アルフォンスは氷のように冷たい笑みを浮かべたまま手に持っていた紫色の布に包まれた何かを掲げた。30センチほどの箱状の物だ。懲罰室の机の上に置いて、箱を包んでいる布を丁寧に開いていく。そして剥き出しになった箱の蓋をゆっくりと開けたあと、手袋をした両手で慎重に中身を取り出した。
それは見るからに不気味な木製の仮面だった。木目も見えないほど黒に近いダークブラウンで、卵型の輪郭に目と鼻と口の所にだけぽっかりと穴が開いている。それ以外は何の装飾もされていないのっぺりとしたものだ。何の変哲もない仮面なのだがどことなく禍々しさを感じる。
「さあ、これを着けて。君にぴったりのプレゼントだ」
アルフォンスはモニカに近付いて手に持っていた仮面を彼女の顔に当てた。すると仮面の縁からシュルシュルと半透明の茨の蔓のようなものがモニカの後頭部に回り込むように絡まり、仮面がぴたりと顔に貼りついた。いきなり出てきたファンタジーなアイテムにルイーゼは動揺を隠しきれない。モニカは自身に起こった信じられない現象に驚きの声をあげた。
「えっ、えっ、何!? 何ですか、これ!?」
「これは昔、遥か西の森に住む魔女から王家に送られた呪……祝福の品でね。『真実の仮面』というんだ。真偽が疑わしいと思っていたけど、君に着けてもらって初めて本物だということを知ったよ」
「『真実の仮面』……?」
「うん。着ける者の心を映す仮面らしい。いかに醜い顔立ちであろうと美しい心を持つ者が着けるとその心を顕すかのように顔立ちが美しくなるそうだ。だけど醜い心の持ち主が着ければ……あとは分かるよね」
「えっ……あっ、ああっ!」
驚いたことにモニカの顔を覆っていた仮面然としたものが、血の通った肌のように質感を変えていく。土気色の肌の所々に茶色の鱗のようなものが生え、瞳は爬虫類のように変化していた。変化し終えたモニカの顔はまるで半分蛇になってしまったようだ。アルフォンスはモニカの顔を見て呆れたような表情を浮かべ、懐から取り出した手鏡を向ける。
「ウウ……顔が……私の顔が……声もォ!」
驚き嘆くモニカの声を聞いてルイーゼは驚いた。元の可愛らしい声ではない。聞きづらいほどにしわがれた声に変化している。もはや完全に別人と言ってもいいほどだ。
「これが君の『心』か。流石魔女の祝福だね。ちなみにこれは一度着けたら一生外れないらしい。というか君の顔に同化してしまったからね」
「そんな! この醜い顔が私の心……」
「唯一の武器がなくなった君はこれからどう生きていくのだろうね。そしてモニカ嬢、君にはこの学園を去ってもらう。君の周囲の人間がこれから君をどう扱うか。結果は見えているけど自業自得だね。心が美しくなれば見た目が変わるかもしれないけどね」
冷淡に嘲るような笑みを向けながら話すアルフォンスの言葉を聞いて、モニカはその爬虫類のような瞳に涙を浮かべた。自業自得とはいえ流石に気の毒に思ってしまう。そしてアルフォンスがくるくると巻いた紙を懐から取り出してモニカの目の前で開いた。
「そしてこれは君が生きている限り有効となる魔法契約書だ。今回の事件のことを口外しようとしたり、王家や侯爵家に害をなす言動をしようものなら一瞬で君の命を奪うという契約だ。サインをしなければ今ここで俺が君の命を奪う」
「分かりました……」
淡々と説明するアルフォンスに素直に従い、拘束を解かれたモニカが大人しくサインを済ませた。すると魔法契約書が一瞬だけぱっと明るく光った。流石にモニカも命まで奪われたくはなかったのだろう。モニカの目はもはや何も映しておらず、絶望の影を落としている。ルイーゼがモニカなら、すぐにでも死んでしまいたいほどに心を壊してしまったかもしれない。
一連のやり取りを終えたあとにアルフォンスはモニカの拘束を解き、懲罰室から解放した。もはやルイーゼに歯向かう言動をすることもなく、モニカは肩を落として部屋から出ていった。そしてアルフォンスが静かにルイーゼに話しかける。
「ルイーゼ、モニカ嬢の言っていたことなんだけど、俺には全く意味が分からなかった。イベントやゲームや前世といった言葉……。君はそれらの言葉について受け入れているように感じた。いつかその気になったらでいいんだ。そのときは君のことをもっと教えてほしい」
「殿下……」
アルフォンスの声には強制するような響きは全くなく、労わりすら感じられた。ルイーゼはそんなアルフォンスの優しさを感じて胸が苦しくなった。
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