第68話 突入 (オスカー視点)


 オスカーはアルフォンスと別れたあと、学園内に残っていたローレンツに声をかけてルイーゼ救出に同行してくれるよう依頼した。


「ルイーゼ嬢になんてことを……。許せません。ぜひ協力させてください!」


 ローレンツは事情を聞いて表情に怒りを滲ませ、二つ返事で了承してくれた。ニーナは残念ながらすでに帰宅したあとで捕まらなかった。戦力的に不安になっていたところで、ギルベルトが教室に残っているのを見つけたので声をかけてみる。ギルベルトなら事情を話してもルイーゼが不利になることは絶対にしないと思ったのだ。


「ルイーゼが!? ……分かった。俺も行く!」


 ギルベルトもオスカーの説明を聞いてルイーゼの現状に憤慨し、進んで協力を申し出てくれた。ローレンツが騎士団のホープならギルベルトは王国の魔術師団のホープだ。魔術師団は魔道具製作だけでなく実戦訓練も欠かさないと聞いている。二人がいれば並みの騎士が十人いるよりも心強い。

 一刻も早くアルフォンスに合流すべく、オスカーが御者席に座り、ローレンツとギルベルトとともに馬車で目的地へ向かう。完全に日が落ちて、辺りはすっかり暗くなっていた。到着したあと、アルフォンスが乗っていった侯爵家の馬車の手前に停車させ、ローレンツたちと馬車を降りた。側に停車してあった侯爵家の馬車の扉を開けようとするが鍵がかかっているようだ。中から呻き声がするような気がするが、気付かなかったことにしよう。どうせ馬車の鍵はアルフォンスが持っているのだろうし。


 侯爵家の馬車をスルーし、遠くからアパートの様子を窺う。アルフォンスがモニカから聞いた実行犯は破落戸二人という話だった。だがアパートの前には住宅地に相応しくないような男たち三人が入口を固めていた。そして半開きになった建物の扉の隙間から様子を見ると、どうやら内側にも数人いるらしい。アパートの前の狭い通りを見渡しても一般都民の姿は見当たらない。付近の住民には気付かれていないようだ。

 ギルベルトは詠唱用の杖を手にしている。以前魔術師団の訓練を見学したときに初めて知ったのだが、魔術師は詠唱用の杖で素早く魔法陣を描いて魔法を発動させるのだ。実戦では魔道具に刻むものよりも簡素な魔法陣が使用されるために素早く発動できるのだという。ギルベルトが侵入の手筈について簡単に説明する。


「奴らにぎりぎりまで接近したあと俺が周囲に遮音魔法をかける。奴らの正体を確認してみてくれ」

「承知した」

「二人とも、よろしくお願いします」


 三人で入口に待機する男たちに気付かれないよう物陰に隠れながらぎりぎりまで接近する。するとギルベルトが杖を掲げて周囲に遮音魔法をかけた。遮音魔法というのは任意の範囲で結界内の全ての音を遮断する魔法だ。男たちはまだ気付いていないがしっかりと結界内に入っている。できるだけ秘密裏に攻略するための措置だ。

 ローレンツはギルベルトと目で合図を交わし、入口を固める三人に近付いて話しかけた。


「このアパートに用があるんだが通してくれないか?」

「ああん? ここから先は通行禁止だ。わりぃな」

「そうか」


 ローレンツは左の拳で強烈な一撃を答えた男の鳩尾に入れる。


「ぐぅッ……」

「なッ! この野郎ッ!」


 他の二人が仲間がやられたのを見て逆上する。隣にいた男が高く振り上げた長い金属の棒をローレンツの頭上に振り下ろす。ローレンツはそれを左手でパシッと掴む。掴まれた男の棒は微動だにしない。何という力だろう。ローレンツはそのまま男の足を横に蹴り払い、転倒させる。仰向けに倒れた男の持っていた棒を奪い取り、右の拳を鳩尾に突き入れた。

 奥の男がローレンツに剣を振り上げたところで、ギルベルトが杖を突きつけ魔法陣を描いて男の手を凍結させる。男の手首から先の肌が土気色となり、表面がびっしりと白い霜で覆われた。普段見慣れぬ光景に怖気が走る。


「くそっ、お前ら何もんだぁッ!」

「友人に会いに来ただけだ」


 逆上して叫ぶ男にローレンツが答える。そして手が凍り付いて剣を落とした男の首にローレンツが腕を回し、頸動脈を強く締め上げ意識を刈り取る。ほんの数秒の出来事だ。

 三人目の男を失神させたあと、ローレンツがアパートの入口の扉を開く。建物内には二人の男が待機していた。そのうちの一人が階段を駆け上がっていくのが見えた。異常事態を察知したのだろう。ルイーゼに危害を加えられるのではないかとハラハラする。早くアルフォンスに合流しなくては。

 ローレンツが飛びかかってくる男の剣戟を躱しながら男の鳩尾に強烈な左拳を叩き入れる。男は吐瀉物を口から吐き出しそのまま崩れ落ちた。ギルベルトは睨みつけるように階段の上を向いて、ルイーゼの安否を懸念する。


「チッ! ルイーゼは無事なのか!?」

「急いだほうがいいですね。ルイーゼ嬢、どうか無事で……」

「殿下が間に合ってくれているといいのですが……行きましょう!」


 ローレンツとギルベルトと一緒に階段を駆け上がる。ローレンツとギルベルトが前方を、オスカーは後方を警戒しながら三階の廊下まで辿り着いた。すると突き当りの部屋から三人の男たちが武器を振りかざしながら飛び出してきた。そのうちの一人は先ほど入口付近から階段を上がっていった男だ。

 ギルベルトが駆け寄ってくる先頭の男の足を凍結させ転倒させる。ローレンツはそれを越えてきた手前の男に向かって、入口の男から奪い取った長い棒を左手で真っ直ぐに突き出した。一撃が男の鳩尾にカウンターで入り、声にならない呻きとともに崩れ落ちた。そしてローレンツはそのまま左手の棒を手放す。

 最後の一人に向かってローレンツが剣を下から振り上げる。利き手を目がけて振り上げられた剣に、男の短剣が弾かれる。そしてローレンツの蹴りが男の鳩尾に入った。三人を倒したのを確認して扉へ急ぐ。ルイーゼの無事を祈りながら。

 扉を開けて目に飛び込んだ光景に驚いた。敵はもう一人いた。左側に破落戸の男、右奥にアルフォンス、そしてアルフォンスの後ろに蒼褪めたルイーゼが控えている。アルフォンスの右頬は血で真っ赤に染まっていた。敵とアルフォンスが剣を構えた状態で対峙していた。




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