第67話 救出 (アルフォンス視点)


(頼む、間に合ってくれ!)


 伸ばした手が何とかルイーゼの腕に届く。そしてアルフォンスは無我夢中でルイーゼの腕を掴んでその体を引き寄せ、庇うように腕の中へと囲った。と同時に男が突き出した短剣がアルフォンスの右頬を掠める。


「いやぁっ!」


 ルイーゼが両手を頬に当て悲鳴を上げた。腕の中のルイーゼが無傷であることを確認して心から安堵する。右頬に鈍い痛みを感じつつも、再び目の前の男の動きに集中する。

 致命傷を与え損なった男が再度短剣を突き出してきた。その切っ先はアルフォンスの心臓へ向けられている。男の短剣を横に躱したあと、伸びきった男の肘を捕まえ、両手で抱えるように拘束する。そしてそのまま男の手首を背中側に捻り上げた。


「いててっっ! くそッ! 放せっ!」


 男は痛みに耐え切れずに握っていた短剣を落とした。苦痛に呻く男の膝裏を後ろから蹴って跪かせ、そのままうつ伏せに倒す。そして男の腕を後頭部まで捻り上げたまま背中を膝で押さ込み、拾った短剣でルイーゼの手首を拘束している紐を切って指示を出した。


「使える紐を持ってきて。この男を拘束する」

「は、はい!」


 うつ伏せに倒した男の手首を片手で拘束したまま、もう片方の腕で後ろから首を強く絞める。男は苦しそうに呻いたあと、すぐに意識を失った。だがアルフォンスの怒りは収まらず、いっそこのまま首の骨を折ってやろうかという衝動に駆られる。ルイーゼに心の傷になり得るほどの恐怖を与えたのだ。この男の罪は万死に値する。

 ルイーゼが紐を持ってきて寸でのところで我に返り、ようやく腕の力を緩めた。男の両手首を背中側で拘束したあと、アルフォンスの隣に座り込んだルイーゼの表情を覗き込むように尋ねる。


「ルイーゼ、大丈夫? 怪我は? 何もされてない?」

「ありがとうございます。私は大丈夫です。でも殿下がっ……」


 ルイーゼが今にも泣きだしそうな表情でアルフォンスを見つめ、目に涙を浮かべている。そしてハンカチをアルフォンスの右頬に当てながら震える声で話す。


「ごめんなさい、私のせいでこんな……。血が止まらない、ああ、どうしたらっ……!」

「いいんだよ、俺は大丈夫だから。ルイーゼ、君が無事で本当によかった」


 かなり動揺しているのだろう。右頬に当てられたハンカチ越しにルイーゼの手が震えているのが分かる。ちらりと見るとハンカチは血で真っ赤に濡れていた。先ほど短剣を掠められたときにできた傷が案外深かったようだ。こんなもの、ルイーゼが傷つくことに比べたらなんてことないのに……。

 ハンカチを当てるルイーゼの手をそのまま右手で覆い、左の腕をルイーゼの背中に回してゆっくりと抱き寄せる。本当に無事でよかった……。


「こ、怖かったんです……。殿下と、もっと、話しておけば、よかったって……」

「そか……可哀想にね。もう大丈夫だからね」


 涙で頬を濡らしながら嗚咽を漏らすルイーゼの頭を何度も撫でてあやす。ルイーゼの恐怖は痛いほどに分かる。襲われそうになっただけでなく死の恐怖にまで晒されたのだ。さぞかし怖かっただろうと思う。モニカも男たちも絶対に許せない。心に刻まれた恐怖は簡単には消えてくれないものだ。この先ルイーゼが悪夢に苦しめられるのではないかと思うと、胸に湧き上がる怒りが抑えきれない。

 ふと部屋の外から聞こえる騒がしい物音に気付き、入口のほうに耳を澄ます。そして立ち上がって床に置いていた剣を回収し、ルイーゼを立ち上がらせて背中側に庇いながら扉側を警戒する。すると激しい音とともに突然扉が乱暴に開け放たれた。

 入口から現れたのは見知らぬ男たちだ。外見から判断して破落戸の一味だろう。その中でも一番身なりのいい三十才くらいの細身の男が口を開いた。


「ああ、不甲斐ないねぇ、全く。若造一人にこのざまか」

「ありゃりゃ、ウドの野郎、気を失ってるみたいですね」


 現れた男たちは三人だった。だが廊下にも数人いる気配がする。流石にこれだけの数をルイーゼを庇いながら一人で相手にするのはきつい。ルイーゼを誘拐したのは二人だけではなかったのだろうか。


「このクソガキどもはヤバい仕事かどうかの判断もできねえのか。よりにもよって学園の貴族に手ぇ出すとはな。バカはどこまでいってもバカか。おい、こいつを持っていっとけ」

「分かりました」


 身なりのいい男がこの中では一番立ち位置が上のようだ。指示を受けた男たちの一人がウドと呼ばれた先ほど拘束した男を引き摺って扉の外にいる別の男に渡した。

 目の前のボスらしき男は普通の破落戸じゃないと感覚的に理解できた。男たちが何の目的で来たのかを探るために、その言動を観察する。この場にいる破落戸たち全員が武器を所持しているようだ。短剣、長剣、長い棒状の物など様々だ。ボスらしき男がにやにやと笑みを浮かべ、片手で顎を撫でながら告げる。


「ああ、すまんね。下の者が突っ走った後始末をしなきゃなんねえのよ。悪いけど証拠を残すなって言われてるんでね。あんたとそのお嬢ちゃんには俺たちについてきてもらうぜ。なあに、大人しくしてりゃ痛い目には合わせねえよ」


 今はな、と小さく男が呟いたのを聞き逃さなかった。ここに証拠を残さないように、配下ともどもアルフォンスとルイーゼをアジトで始末するつもりなのだろう。ここで無駄に抵抗してルイーゼを危険な目に合わせるわけにはいかない。隙を見てルイーゼだけでもなんとか逃がせないだろうか。そんなことを考えていると、突然扉を開けて一味の一人が慌てた様子で入ってくる。


「ライマーさん! 数人の騎士らしき奴らに入口の仲間がやられました!」

「なんだとっ!? くそっ! お前ら全員加勢に行け! まさか援軍がいたとはな! こいつらは俺だけで十分だ」

「分かりました!」


 ライマーと呼ばれたボスらしき男を残して、他の破落戸たちが部屋を出ていく。恐らく騎士というのはローレンツたちのことだろう。このライマーという男を倒せば合流できる。


「危ないから下がっててね」

「あ……」

「お、にーちゃん、俺とやるつもりか?」


 アルフォンスはルイーゼを下がらせ、持っていた剣をニヤニヤしているライマーに向けて構えた。




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