第58話 告白


 サロンでアルフォンスと二人向かい合わせに座っている。我が家のサロンはエントランスから直接繋がっている扉のない広めのフロアだ。全く密閉性がない上に、大きめの窓から十分に光が差し込んでかなり開放的だ。アルフォンスは開放的な空間ゆえに二人きりになってもいいと判断したのだろう。そしてアルフォンスが真剣な眼差しで真っ直ぐにこちらを見て口を開く。心なしか顔も赤い気がする。


「ルイーゼ嬢。突然で驚かせたらごめん。どうか私と婚約してもらえないだろうか」


 本当に突然だ。予想外の言葉に驚いて一瞬息が止まる。一体どうして急にそんな話になったのだろう。そんな兆しなどあっただろうか。大きく深呼吸をしてアルフォンスを真っ直ぐに見つめて尋ねる。


「アルフォンス様、理由をお伺いしてもよろしいですか?」

「うん……。実は君が階段から転落した俺を庇って怪我をしたことを知ったんだ。ルイーゼ、助けてくれてありがとう。そして酷い怪我をさせて本当にごめん」


 アルフォンスが頭を下げる。王族に頭を下げられるなど恐縮してしまう。それにしてもアルフォンスの言葉を聞いて驚いた。まさか真実を知っていたとは。しかも怪我をしたことまで。これほど把握されているならば誤魔化して嘘を吐くべきではないと判断した。


「お気になさらないでください。王太子殿下をお助けするのは貴族として当然のことです。ですがそんな理由で婚約など」

「それだけじゃないよ。それがきっかけで君のことを注意して見るようになったんだ。そうしたら本来の君が見えてきた」


 アルフォンスがルイーゼのことを見てくれたのは正直嬉しい。だがふと前世の記憶が蘇った日に聞いてしまったアルフォンスとオスカーの会話を思い出す。


「殿下、私は以前に殿下とオスカーが話していたのを偶然聞いてしまったことがあるのです。殿下は貴族令嬢が嫌いだと。そして中でも私のことが最も苦手だと。ですから殿下の好意を素直に信じることができません……」

「ルイーゼ……。それはごめん、否定はしない。以前は確かにそう思ってた。言いわけになるけど、少し俺の話を聞いてくれる?」


 ルイーゼが頷くとアルフォンスは悲しそうな顔で、過去にアルフォンスの身に起こった出来事を話してくれた。そのおぞましい過去はゲームでは語られていなかったので、ルイーゼにとっては初めて知った事実だった。アルフォンスの話を聞いて、大の大人が幼い少年になんて酷いことをするのだろうと内心憤り、拳を握り締める。


「そういった経緯もあって、君が婚約者候補になって再会したときに、君の姿が俺を襲ってきた女たちと重なってしまって、反射的に拒絶してしまったんだ」

「ごめんなさい……。私は殿下が薔薇が好きだと思っていて、薔薇のような女性がお好みだと思い込んでいましたから……」

「いや、いいんだ。きっと俺が勘違いさせたんだと思う。本当は幼いころ初めてこの屋敷で会ったときから、君のことが気になっていた。俺を喜ばせようと薔薇の茂みに手を突っ込んで怪我をしてまで薔薇を手折ろうとしてくれただろう? 可愛らしい見た目も好ましかったけど、俺を喜ばせようとしてくれた気持ちが何よりも嬉しかった。それまで俺から奪おうとしても喜びを与えてくれようとした者はいなかったから」


 話しながら幼いころの出来事を思い出したのだろう。アルフォンスが優しい笑みを浮かべる。


「そ、そうだったんですか……。そう思ってくださっているとは夢にも思いませんでした」

「うん、そうだろうね。俺自身もまだあのときは胸の温かい気持ちが何なのかよく分からなかった。そして再会したときに俺が好ましく思っていたルイーゼはいなくなったと思って絶望したんだ。でもちゃんと君を見れば君の中身は昔と何も変わっていなかったのが分かって……。俺は君を見失って勝手に自暴自棄になって君を遠ざけて……愚かだったよ。だから謝るのはこっちのほうだ。勝手に誤解していてごめんね」


 アルフォンスが悲しそうに項垂れてしまう。後悔している気持ちが伝わってくる。そしてどう答えるべきか悩んでしまう。アルフォンスに告げられた言葉は全て真実だろう。そもそもアルフォンスがルイーゼを苦手だと言ったのはルイーゼの早とちりのせいだ。アルフォンスはルイーゼに好意を示してくれた。そしてルイーゼもまたアルフォンスのことが好きだ。

 だけど問題はお互いの気持ちじゃないのだ。今のアルフォンスなら好色王にならないのかもしれない。でも可能性が全くないわけじゃない。好色王の未来はルイーゼだけでなくアルフォンスにとっても全く愛のない不幸な未来だ。ルイーゼが妃じゃなければアルフォンスも幸せになれるかもしれない。そう考えるとやはり婚約者になることは受け入れ難かった。


「殿下、私は……」


 ルイーゼはきゅっと唇を噛み締めたあとに口を開いた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る