第57話 贈り物


 今日は土曜日で休日だ。そしてアルフォンスが我が家に来訪する予定である。だから休日にも関わらず朝から縦ロールと化粧で完全武装をしている。昨日の夕方は王都で襲われかけローレンツとニーナに助けてもらった。二人に何かお礼をしなくては。

 そして昨夜のうちにアルフォンスに渡すお礼のクッキーも作っておいた。これで変に誤魔化さなくても済むと思うと気持ちが軽い。だが今からアルフォンスが来ると思うと緊張してしまう。こんなに頻繁に我が家を訪れるのは何か理由があるのだろうかと不思議に思わなくもないが、オスカーとは相変わらず仲がいいようなので別におかしくはないかと思い直す。


 午前十時を回ったところでアルフォンスが我が家に来訪した。オスカーと一緒にエントランスで迎え入れると、アルフォンスににこりと微笑まれた。そんなアルフォンスを見て『今日も美しいです殿下尊い』と小さく呟く。

 そしてどうやら今日は馬車二台で来たようで、アルフォンスに続いて大きな包みを抱えた城の使用人たちが入ってくる。一辺七、八十センチはあろうかという大きな箱状のものだ。恐らくこれがアルフォンスの言っていた贈り物なのだろう。


 使用人たちは贈り物らしき包みを一度エントランスの広間に降ろし、分厚い紙の包装を剥がした。すると中から出てきたのはピカピカのオーブンらしきものだった。驚いたのはそのデザインで、既に使用している調理場の薪のオーブンとは大きく違った。日本のシステムキッチンにビルドされているオーブンに近いデザインだったのだ。

 ピカピカのオーブンらしきものを見て思わず胸が高鳴る。オスカーもかなり驚いているようだ。恐る恐るオーブンらしきものについてアルフォンスに尋ねる。


「アルフォンス様、これは……?」

「これは魔道具のオーブンだよ。温度調整機能付きなんだ。維持コストとして魔石が定期的に必要になるけど、薪を調達するよりも効率がいいよ。魔石は王都で簡単に買えるしね」

「ふぁ……」


 アルフォンスの説明から、冷蔵庫よりも比較的シンプルな機能だからコストも低いのかもしれないと推測した。ルイーゼが感動に打ち震えている隣で、オスカーがアルフォンスに尋ねる。


「殿下、クッキーのお礼ですよね?」

「うん、クッキーのお礼だよ」


 にこりと微笑んで答えるアルフォンスに、オスカーが呆れたような表情を向ける。どう考えてもお菓子のお礼が、見るからに高価そうな魔道具オーブンというのは度を超えているような気がする。

 が、アルフォンスの先ほどの説明を聞いてルイーゼは嬉しさを堪えるので必死だった。脳内ルイーゼはピョンピョンと跳びあがって喜んでいる。薪と違って正確な温度調整ができる。そんなルイーゼのツボを突いた贈り物に胸がときめかないわけがない。まるで夢のようだ……。

 だがあくまでアルフォンスは我が家の料理人に向けたお礼として贈ってくれたのだ。ルイーゼがあからさまに喜ぶのは不自然だ。ここは気を引き締めて自然に感謝を述べなくては。アルフォンスが首を傾げながら、そんなルイーゼの顔を覗き込むように不安げな表情で尋ねてくる。


「……喜んでもらえないかな?」

「い、いえっ! ありがとうございます、アルフォンス様! 我が家の料理人もこのような素晴らしいオーブンをいただいて大変喜びますわ!」

「そう、よかった」


 自然にお礼を述べることができた……と思う。そしてなんだか頬が熱くなってくる。嬉しそうに微笑むアルフォンスにときめいているのかオーブンにときめいているのか、もはやルイーゼ自身にも区別がつかない。ピカピカのオーブンのフォルムを指でつつーっと確認しながら思わずうっとりしてしまい、はっと我に返る。そして城の使用人たちに調理場に運んでもらうよう頼んだ。

 頬を染めながらオーブンを撫でるルイーゼを、アルフォンスが微笑ましく見守っている様子など全く気付かないまま、オスカーと一緒にアルフォンスをサロンへと案内した。

 サロンで侍女に紅茶を頼んだあと、テーブルを囲むようにアルフォンスとオスカーと三人で座った。一息ついたところで昨夜作ったクッキーをアルフォンスへと差し出す。


「殿下、これは本日わざわざお越しいただいたことへのお礼ですわ。うちの料理人の作ったクッキーです。お気に召していらっしゃったとお聞きしましたので作らせましたの。必要なら毒味をさせていただきますが」

「いや、必要ないよ。……本当に嬉しい、ありがとう。城に持ってかえって食べるよ」

「喜んでいただいて何よりですわ」


 アルフォンスは喜んでクッキーを受け取ってくれた。にこにこと談笑している中で、オスカーだけが微妙な表情を浮かべている。引きつった笑みのような……。どうも一昨日からオスカーの様子がおかしい気がする。そのまま三人で最近の学園がどうだとか試験がどうだとかとりとめのない会話を交わした。

 そして紅茶を一杯ほど飲み終えたところで突然アルフォンスが告げる。


「ルイーゼ嬢、君と二人だけで話したいことがあるんだけどいいかな?」

「私と二人で……ですか?」

「うん」

「殿下……」


 オスカーがそう呟いたあと表情を曇らせて一人ゆっくりと立ち上がり、侍女を下がらせる。そして自らも一礼してサロンを出ていった。その間ちらりと一度だけルイーゼを見たオスカーは何かを案じているような顔をしていた。そんなオスカーの背中を見送りながら、ようやく二人きりにされたことを悟った。




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