第53話 ランチ (アルフォンス視点)


 学園の教室の窓際でアルフォンスは昨日の出来事を思い出していた。昨日オスカーの屋敷を訪問して、本当のルイーゼを見失っていたことに気付いた。そして幼いころ屋敷の庭を散策した記憶を辿りつつオスカーと会話をした。オスカーはあまり覚えていなかったようだが、アルフォンスはよく覚えている。

 アルフォンスの記憶の中には、薔薇の咲き乱れる庭で屈託なく笑う幼いころのルイーゼの姿がはっきりと残っていた。そして、その記憶に幼いころと何も変わらない昨夜のルイーゼの姿が重なる。幼いころもアルフォンスのために怪我をしていた。無鉄砲なところも昔と全然変わらない。

 そのあと屋敷でルイーゼに作ってもらったクッキーを口にして、美味しさに対する感動を上回るほどの嬉しさが込み上げてきた。アルフォンスのためにルイーゼが作ってくれたのだと思うと、喜びで胸が熱くなった。


 それと同時にルイーゼがアルフォンスのことをどう思っているのかも分からなくなっていた。少なくとも以前は慕ってくれていたと思う。だが今は分かっている状況から考察しても距離を置かれているようにしか思えないのだ。ルイーゼの本心を確かめたいが、これまでルイーゼに接してきた態度を考えると尋ねにくい。自分はこんなに臆病な性格だっただろうかと不思議に思う。

 昼休みのランチの時間となった。階段転落事故以来、婚約者候補の令嬢たちに囲まれることもなくなった。そしてどうせ今日もルイーゼが来ることはないのだろうなと気落ちしている自分に気付く。一度気持ちを自覚するとルイーゼの動向が気になって仕方がない。

 ルイーゼの気持ちを想像して落胆していると、教室の入口の外で俯いて何やら煩悶しているらしきルイーゼの姿を見つける。ルイーゼを見て胸が高鳴る。この機会を逃したくないという衝動に駆られ、即座に近づいた。ルイーゼはこちらに気付いていないようだ。


「どうしたの?」

「いえ、なんでもないですわぁっ!」


 声をかけたことで酷く驚いたルイーゼを見て可愛いと思う。外見はいつもの派手な装いだが、一度素の彼女を認識してしまえばもはや何のフィルターもかからない。

 そしてルイーゼは意識的に左手首をアルフォンスの視界から隠しているようだ。怪我をしていることを知られたくないのだろう。何を悩んでいるのか知らないが、余計なことなど考えさせたくはない。


「でん、アルフォンス様、ご機嫌麗しゅう存じます。オスカーがいないか見にきただけですわ。それでは私はこれで……」


 引き返して立ち去ろうとするルイーゼに、思わず焦って手を伸ばす。そしてルイーゼの肩に手を載せ引き止めた。逃がさない。逃がしたくない。そんな思いを心の内に秘め、にこやかに平静を装う。だが内心拒絶されるのではないかと気が気ではない。ルイーゼの肩に載せた手に全神経が集中しているのが分かる。


「今日オスカーはいないけど、たまには一緒にランチでも食べない?」

「えっ、私とですか?」


 ランチに誘ったときのルイーゼの反応を見て、ここへ来たのは何のためだろうかとも思ったが、折角会えたのだし最大限にこの機会を活かしたい。ルイーゼはよもや誘われるとは思っていなかったというような混乱した表情を浮かべている。


(そう思わせたのは俺のせいだよね……。ごめんね、ルイーゼ)


 ルイーゼは戸惑いながらもランチの誘いを了承してくれた。拒絶されなかったことに内心安堵する。少しでも一緒に過ごしたい。そしてきちんと向き合って、あわよくばルイーゼの気持ちを知りたい。そんなことを考えながら、ルイーゼを連れて学園の食堂の貴賓席へと向かった。




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