第52話 真の姿 (アルフォンス視点)


 十八時ごろアルフォンスは学園を出て、オスカーの屋敷を訪問した。オスカーの屋敷に来るのは久しぶりだ。

 サロンで屋敷の侍女に入れてもらった紅茶を口にしていると、オスカーが着替えを終わらせ自室から戻ってきた。そして今から料理人にクッキーを作らせると言う。時間がかかるから城へ持ってくると言うのでここで待つからいいと断った。


 そのまま三十分ほどオスカーと雑談していると、テオパルトの帰宅が知らされた。出迎えと先触れのためにオスカーが席を離れる。一人になった今がいい機会だと思い、側に控えていた侍女に手洗いに行くと伝えて席を離れた。

 幼いころから訪れていたこの屋敷の造りは知っている。手洗いのほうへ向かいながら、侍女から見えなくなった所で調理場のほうへと進路を変えた。ここからなら使用人には見られないだろう。あまり時間はない。


 密かに調理場へ行き、開放された入口の陰から中を覗く。すると料理人たちと一緒に、幼いころに初めて会ったときと変わらぬままのルイーゼがいた。いや、一層美しくなっていた。いつも豪奢に巻かれている蜂蜜色の金髪は、緩やかなウェーブを描きながら腰まで降ろされ、後ろで編んで纏められている。そしてルイーゼの顔は何の化粧も施されておらず、昔の懐かしくもあどけない素顔のままだった。

 柔らかな笑顔を料理人たちに向けながら、楽しそうにお菓子を作っているルイーゼの様子を見て、次第に頬が熱くなるのを感じた。見た目が好みなのもあるかもしれないが、ずっと封じ込めていた、幼いころ初めて抱いた感情を呼び覚まされたからだ。胃の上の辺りがぎゅっとなる。ああ、これが……。


「俺は一体今まで何を見ていたんだ……」


 ルイーゼの手首には包帯が巻かれており、実際に目にするとかなり痛々しかった。全てアルフォンスを守るために負った怪我だ。作ったのがルイーゼだと半ば確信していたのにも関わらず、怪我を負っているのにお菓子を作ってもらったのは配慮が足りなかったと反省した。

 アルフォンスのために怪我を負いながらも健気にお菓子を作っているルイーゼを見て、愛しさで胸が苦しくなる。呼び覚まされた感情がより大きく育とうとしている。この先ルイーゼがどんな外見でいようが、この気持ちはきっともう止まらないだろう。


 一方でなぜ隠そうとするのだという疑問がより強くなった。この先ルイーゼに婚約者になりたくないなどと拒絶されたら、今度こそ立ち直れないかもしれない。

 アルフォンスは間違えていた。再会以来ずっと。ルイーゼは何も変わっていなかったのだ。嫌悪する派手な外見のフィルターで見えていなかったが、あの柔らかな笑顔はずっとアルフォンスに向けられていたのだ。


「俺は愚かだな……。再会してから四年も無駄にした。大切なものはすぐ傍にあったのに」


 激しく後悔し、自嘲する。そして手洗いのほうを経由しながらサロンへと戻る。するとすでにテオパルトを伴ってオスカーが戻ってきていた。オスカーの表情には焦りが見える。恐らく秘密がばれたのではないかと危惧しているのだろう。

 警戒されて婚約者候補を辞退されないよう、真実を知ったことを隠すべきだと判断した。それでもルイーゼに直接拒否されたら受け入れるしかないのだろうか。そんな不安を胸に抱きつつも、ハンカチで手を拭く振りをしてオスカーのほうへと歩いていく。


「ああ、ごめんね。手洗いを貸してもらっていたんだよ。少々紅茶を飲み過ぎてしまったようでね。……おや、テオパルト、おかえり」


 にこやかに挨拶を済ませると、テオパルトはクッキーを受け取るときはオスカーに毒味をさせるようにと言いおいて自室へと下がった。そのあと完全に冷静さを取り戻したオスカーが尋ねてくる。


「すみません、大分お待たせしてしまって。手洗いの場所は分かりましたか?」

「俺がいつからこの屋敷に出入りしてると思ってるんだい? 勝手知ったる、さ。心配いらないよ」

「そうですか」


 お陰で速やかに調理場へ行くことができた。アルフォンスがここを離れたのはものの五分程度だ。大したこともできまいと思ったのか、アルフォンスの答えを聞いてオスカーが安堵した表情を見せた。




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