第31話 父の思い



「また夢を見てしまったわ……。今回は以前よりも少しだけ状況が進展していたわね」


 ルイーゼはまた涙を流していたようだ。そっと指で触れてみると眦に涙の跡を感じる。

 ときどき見る夢の中の出来事は俯瞰で眺めているような感じで、彼女・・の言葉や行動を自分の意志でどうにかできるものではない。夢を見ているときはドラマや映画を見ているような感覚に近い。だが一方で夢のルイーゼの記憶と感情はダイレクトに伝わってくるのだ。同調しているのに未来の孤独な自分の姿をただ見ているしかできないなんて拷問のようだ。今回好色王の妃の夢の続きを見て、やはりアルフォンスの妃にはなりたくないと改めて思う。


 寝ている間に掻いた汗を流すべく、入浴をしながら昨日の出来事をぼんやりと思い出す。昨日アルフォンスが我が家を訪れて、ルイーゼの作ったクッキーを持ってかえった。アルフォンスが帰ったあとオスカーに尋ねたら、アルフォンスはクッキーを貰ってとても喜んでいたという。アルフォンスが嬉しそうだったことを聞いて素直に喜んだら、『そんな単純な話じゃないんです』と大きく溜息を吐かれた。そしてばれたくなければ、今までよりもさらに慎重に行動するようにと釘を刺された。今回は何やらいろいろと大変な思いをさせてしまったようで、オスカーに対しては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 昨夜オスカーと一緒にテオパルトの部屋を訪れた際、アルフォンスとのやり取りについてその理由を尋ねられた。テオパルトの質問に対して、前世の記憶を取り戻した事実をなるべく細かく説明した。テオパルトは最初のうちは非常に驚いて信じられないと言っていたが、前世の知識について説明をすると最後には信じてくれた。オスカーも口添えをしてくれたので話は早かった。


 テオパルトは未来の好色王の妃の話を聞いたときに、結果的に父である自分がルイーゼを追いつめてしまった事実に衝撃を受けていた。実際にはまだ起こっていないのだから、テオパルトには関係ないのだけれど、同じ状況、所謂正妃に後継ができないという状況になれば、同じ対処をせざるを得ないだろうと言っていた。宰相にとっては国の将来を考えることが最優先だからだ。

 正妃に子どもができない件についてはルイーゼが妃にならなければ済む話だ。他の誰かが正妃になれば後継ができるかもしれない。正妃との間に後継が一人ないしは二人でも生まれれば、アルフォンスが外で遊ばない・・・・・・限りは側妃を置く必要も生まれないだろう。置いても一人か二人だろうということだ。


 今日はまだ木曜日だ。今度のお休みまでに二日は学園へ行かなければならない。アルフォンスに嫌われる計画を考えると憂鬱な時間もあるが、放課後の製菓クラブに参加する時間を思うと楽しみでもある。そう考えるとクラブに参加して本当によかったと心から思う。

 長めの入浴を終え、エマとアンナに巻いてもらったボリューミーな縦ロールを赤いリボンで纏め、真っ赤な口紅にアイラインと頬紅で化粧もばっちり済ませる。だが香水は今は付けていない。学園での唯一の楽しみである製菓クラブへの参加ができなくなってしまうからだ。

 昨日オスカーに聞いたのだが、アルフォンスは最近昼休みにルイーゼが来ない現状を不審に思っているらしい。まだ左手首の包帯が取れたわけではないが、確かに急に顔を見せなくなるのも不自然だ。今日の昼休みは久しぶりにアルフォンスの教室へ行こうかな、などと考えながらいつものように学園へと向かった。




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