第21話 保健室へ


 どうやら今日は養護教諭のブラント先生がちゃんと保健室にいたようだ。先生がいるのを見てルイーゼは変な噂が立たずに済むと安堵の息を吐く。

 ブラント先生は四十才くらいで、小柄な体に癖のある肩下までの茶色の髪を後ろで纏めている、少しだけぽっちゃりとした可愛らしい女性だ。養護教諭よろしく、膝下までのコートタイプの白衣をパンツスタイルの私服の上に纏っている。女子を抱えたローレンツが突然保健室へ入ってきた状況を見て、先生がその優しい茶色の目を丸くする。


「あらあら、どうしたの? まあ、ルイーゼさん!」


 ブラント先生はローレンツに抱えられたルイーゼを見て驚いたようだ。ローレンツは真っ直ぐベッドへ向かい、ベッドの上にゆっくりと静かにルイーゼを降ろす。そしてルイーゼはというとようやく降ろしてもらえた現状に安堵する。


「あ……」


 お礼を言うために口を開こうとすると、ルイーゼが話す前にローレンツが笑顔を浮かべながら胸に手を当て、ゆっくりと話し始めた。


「貴女はルイーゼ嬢とおっしゃるのですね。申し遅れました。私はバルテル伯爵家の嫡男でローレンツと申します」


 そう自己紹介をしたあとすぐに、ローレンツはブラント先生の方へ向き直り説明を始める。翡翠の瞳が不安げに揺れている。


「廊下で私とぶつかったときの衝撃で、ルイーゼ嬢が手首が痛めてしまったようなのです。どうか診てあげてもらえないでしょうか?」

「あらあら、まあまあ!」


 ローレンツの言葉を聞いて、ブラント先生は再び驚きで目を丸くする。そしてルイーゼに近づき手首の様子を見る。先生がルイーゼの手首を診るのをローレンツは心配そうに見守っている。先生がルイーゼの手首に包帯の上からそっと触れる。そして大きな溜息を吐いて話す。


「手首が熱を持ってるわ。これは捻挫ね。いつ怪我をしたの?」

「一週間くらい前です」


 恐る恐るそう答えると、ブラント先生が困ったように溜息を吐く。


「そう……悪化したのかもしれないわね」


 なんとなくブラント先生に対して後ろめたい。というのも、一週間前に保健室へアルフォンスを連れてきたときに、先生と入れ代わりにすぐに家へ帰ってしまったからだ。先生が戻ってきたときは、アルフォンスが寝ている傍で治療されたりしたら、自分が助けたとばれてしまうと焦っていたのだ。思えば先生が戻ってきたときここに残ってもっと早く捻挫を治療をしてもらえば、痛みが激しくなるほど酷くはならなかったかもしれない。

 患部を診終わったブラント先生が、ルイーゼの手首からゆっくりと手を離し、眉を顰めつつ話を続ける。


「一度ちゃんと冷やしたほうがいいわね。だけど動かさないのが一番いいわ。それに少し顔色も悪いわ。痛みのせいで貧血を起こしたのかもしれないわね。しばらく休んでから、今日はもうおうちへ帰りなさい」

「はい……」


 そう言ってブラント先生は一度ルイーゼの側を離れた。顔色が悪いのは多分痛みのせいだろう。頭が冷たくなっている気がするのもきっと痛みのせいだ。先生やローレンツに心配をかけて申しわけない。折角治りかけていたのにまた悪化させてしまうとは……まったくもって自業自得だ。


(どんなに急いでいても、廊下、走っちゃダメ、絶対!)


 後悔先に立たず、だ。ブラント先生との会話を聞いて、居心地が悪そうに様子を見守っていたローレンツが口を開く。


「私がご自宅までお送りしましょう。貴女をこのままにはしておけません」


 ローレンツの申し出に驚いてしまう。そしてルイーゼはなんて返答していいものか困ってしまった。




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