第22話 大和撫子ですから
午後の保健室で、ブラント先生が席を外しているときに、先生との会話を聞いていたローレンツが真剣な表情で口を開く。
「私がご自宅までお送りしましょう。貴女をこのままにはしておけません」
ローレンツの申し出に驚いてしまう。そしてルイーゼはなんて返答していいものか困ってしまった。どう断ったらいいだろう。ローレンツは下心なく純粋に心配してくれている。それは分かるのだが、嫁入り前の貴族令嬢が若い男性と二人きりになる機会を度々設けるのはどうかと思う。ここは申しわけないけどやはりご遠慮させてもらおう。
「バルテル様、私」
「ローレンツと」
突然言葉を遮られる。どうやら名前で呼んでほしいようだ。ローレンツがまるで懇願するような表情を浮かべる。そしてルイーゼの言葉を待っているようだ。
「……ローレンツ様、私は大丈夫ですわ。弟もおりますし、屋敷の馬車もちゃんとありますので一人でも帰れます。でも貴方のお気遣いには本当に感謝していますわ。ありがとうございます」
「しかしっ」
ちょうどローレンツが何かを言いかけようとしたときブラント先生が戻ってきた。洗面器と濡れタオルを手にしているようだ。ルイーゼのために準備してくれたのだろう。冷たい水で冷やしたら少しは手首の痛みも引くだろうか。
ブラント先生は戻ってくるまでのローレンツとの会話を聞いていたのだろう。さらに言い募ろうとするローレンツに、横から諫言する。
「ローレンツ君、未婚の貴族令嬢と二人きりになるのは相手の女性にとってはよくないことなのよ? 本当にルイーゼさんのことを考えるのならここは引きなさい。だけど先生は、君のそういう優しい所はとてもいいと思うわ」
そう言って先生がローレンツに優しく微笑む。
「はい、分かりました」
がっくり肩を落としたローレンツが伏し目がちに俯く。渋々ながらも諦めてくれるようだ。ローレンツの様子を見てブラント先生も目を細めて笑みを浮かべゆっくりと頷く。親切で言ってくれているという気持ちが分かるだけに、とても断りづらかったのだ。先生ナイスです。
「しかしルイーゼ嬢、もし何か不便なことがあったらいつでも私に言ってください」
ローレンツがこちらへ向き直り切々と訴える。翡翠の瞳が不安そうに揺れる。よほど責任を感じているのだろう。悪いのはこちらなのにと考えると、かえって申しわけない気持ちになってしまう。
「ありがとうございます。そのときはぜひお言葉に甘えさせていただきますわ」
そう言ってにこりと笑いかけると、ローレンツはようやく安堵したように息を吐いた。
「それではお大事になさってください。私はこれで失礼します」
ローレンツはそう言って微笑み、騎士の敬礼をしたあと保健室から出ていった。ローレンツの態度を見て本当に優しく真面目な人だと思う。ルイーゼのケバい外見で眉を顰めるようなこともなかったし。
ローレンツが去ったあと、ブラント先生が左手首の捻挫に治療を施してくれた。そして治療が終わって先生が離れたあと、ルイーゼはベッドの毛布を体にかける。仰向けに天井を見ながらふと思い出す。ここに来る前に目に入ったモニカは、ルイーゼとローレンツの様子を見て歯噛みして悔しがっていたように見えた。凄い目で睨んでいたようだし。
(どうやらまた知らない間に、モニカさんの好感度アップイベントを潰してしまったみたいね。オスカーとギルベルトさんとローレンツ様か。また何を言われるやら……)
たった一日でことごとくモニカの好感度アップイベントを潰したのだ。
(これでモニカさんが殿下一筋になってくれたらいいのだけれど。というか最初から殿下を一途に想う子だったら応援したかもしれないのに)
そのまま横になったが、モニカの報復が怖くて微睡むことはできなかった。そして気分がよくなるまで、ルイーゼは保健室でぼんやりとこれからどうすべきかを考えた。
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