第2-1話

夜の風がさらりと身体を伝って後ろへと流されていく。

沢田はいまいち活のない疲れた顔をしているが足取りは軽かった。

僕はそんな彼に着いていく。

今日は僕に連れていきたい場所があるようなのだ。

いつもなら栄えた駅で降りてその辺をぶらぶらしながら探すのであるが今日は流石に無謀に歩くのはしんどいということで沢田から提案したのだった。

「荒木さん、ここです。中に入りますね。」

僕は彼に続いてのれんをくぐり木製の格子ドアを閉めた。

"いらっしゃいませ"

"いらっしゃいませ"

「2名でお願いします。」

そう言いながら沢田は手の指を2本あげ店員に見せた。

「こちらはどうぞ」

店員はにっこりとした顔を僕たちに見せてから席へと案内する。 

僕たちは案内された席に鞄を置いて、身体を預けるように椅子にどんと座った。

「いやぁ。今日は本当に疲れたね沢田くん。」

彼は椅子の背もたれにもたれかかっていて、それだけで気持ち良さそうであった。

「そうですね。荒木さんなに飲みますか。」

「俺はビールでいいよ。」

「すいません。ビール2でお願いします。」

注文時は沢田は背もたれから背中を外していた。

沢田は礼儀正しく真面目な人間である。

そういうところが俺は好きである。

かといって真面目すぎでもない。

先輩に対してきちんと接しなければならないという思いが強すぎるあまりか距離をとったりする人間もいるが沢田はそういうところはない。先輩に対して尊敬の念を持ちながらも気を使いすぎずに軽く話してくれるのだ。

沢田と出会ってまだ1年であるが信頼を置いている。


「沢田くんは最近仕事の方はどうだい。」

沢田はもう少し顔が赤らめている。

「えぇまあ、もう1年ほど経ちまして荒木さんからも色々と教えてもらってきていますから大分と慣れてきています。」


「それは良かった。」

僕はグラスを持ち、口にお酒を流し込む。


「そういえばこの間不思議なことありましたよね。」

僕はつまみのポテトフライを箸でつまんでいた。

「というと?」

沢田は笑いながら口を開いた。

「謎の女ですよ。ドアを開いたら見知らぬ女の人が!僕、焦ってどうしたらいいんだろう、警察を呼ぼうかなって悩みましたよ。」

僕は心臓からどきっと大きく動いたのを感じた。

「あぁ。あの日、君が一番だったんだね。いやぁ、本当に悪かったよ。どうしてもして欲しい仕事があって違う部署の人に頼んでいたのを忘れていたよ。」

僕はなんとか考えだした嘘で、会社の人に彼女のことを納得してもらうように話したのだ。

というのは

彼女は同じ会社の違う部署にいる友達で、休み明けまでにはどうしても間に合わせたい仕事を彼女に頼んだということだ。

カードキーは事前に彼女に渡しておいた。

誰にも知られないで入り、朝まで彼女がいたのは

夜、事務・管理部の人間が退社した後に自分の仕事を終えた彼女がやってきて中に入り、僕が頼んだ仕事をしたもののそのまま眠ってしまった。

そういうことである。

もちろん他人にカードを渡したこと、仕事を頼んだことに関しては部長にこっぴどく叱られたが僕の話は信じてもらえたみたいだった。

詳しく調べたらボロが出るのは明白だったが幸いにもそんなことをする人間は上にも下にもいなかった。

会社の管理能力のなさに呆れもするが今回ばかりはそれに助けられたのだった。


僕たちは酒を飲み、会社の愚痴や女の話をし、酔いも良い頃合いになったので店を出た。

「荒木さん、今日はご馳走さまです。」

沢田は顔は真っ赤だが口調はしっかりしていた。

「あぁ、気をつけてな。」


そう言って二人は頭をぼーとさせながら何も考えずに家路についた。

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