第二十九話 二段構え
「二番」
先に仕掛けたのは、具現化した大剣を振るったシルだ。
シルが具現化した大剣は、その大きさもさることながら【番号】であるため、硬度も並大抵の剣とは比べ物にならない。更にはシルの膨大な魔力で強化された大剣は、大岩ですら紙切れのように切り裂く。
「これが噂に聞く【竜の紋章】か」
自らに向けて振り下ろされた刃を前にして、大男は一切の抵抗を見せず、棒立ちで刃が到達するのを待った。
「おらあああ!」
無抵抗を貫く大男を気にせず、シルは躊躇なく大剣を振り下ろした。
「――マジか?」
思わずシルの顔に驚愕の表情が浮かんだ。
大剣が大男と接触した直後、シルの耳に届いたのは金属音。大剣が等身の半ばからへし折れる音だった。
大剣が折られたことには別段ショックは受けず、シルは即座に状況を認識した。
「皮膚を硬化させる能力か?」
大剣が触れた大男の顔の皮膚、その部分だけがまるで鉱石の様に光り輝いており、この現象が大男が大剣を防ぐ事ができた理由だと、シルは考えた。
そして、そのシルの推測は的中していた。
「その通りだ。正確には、鉱物を食うほど皮膚の硬度を高める事ができるようになる固有魔力……だ!」
能力を説明し終わると同時、大男はシルに対して右ストレートを放つ。
先刻シルが受け止めたものとほぼ同じパンチ。ただ一点違うのは、今度はその拳が光り輝いていたことのみ。
やはりその巨体からは想像できない速度で放たれた拳を、シルはかろうじて折れた大剣で受け止める。
しかし、今度は受け止めるだけでは、拳は止まらなかった。
「――もう一度言わせてくれ。マジか」
硬化した大男の拳は、シルの大剣をいとも簡単に砕き、その勢いのままシルの顔面を殴り飛ばした。
だが、シルも一方的にやられはしない。
まともに大男の渾身の一撃を食らったシルは、吹き飛びながらも地面に衝突する寸前に受け身を取って着地し、無様に倒れることだけは回避に成功した。
「なかなかやるな。久しぶりだ。真正面からここまで押し負けたのは」
「参考までにその押し負けたのはいつか聞いても?」
「二週間前」
「――そうか」
口調では強がっていながらも、足がやや震えていることは隠せない。大男の攻撃が効いているのは明らかだった。
「とはいっても、その相手は破竜だ。人間相手なら本当に久しぶりだよ。さて、どうしたものかな」
「さすが冗談が上手い。すでに三手先ぐらいは考えているのだろう?」
「それは買い被りすぎってもんだ。今は無策に挑んだことを後悔してるよ」
シルに憧れ、伝聞でシルの人間性を理解しているからこそ、大男は全く気を抜いてはいなかった。
(先にダメージを与えられたからと気は抜けない。この男がこの程度で終わるはずがない)
一年前に単独で破竜討伐の偉業を成し遂げ、当確を表してきた竜と猫。傭兵団としての竜と猫の名が、傭兵の中で知られるようになったのは最近のことだ。
しかし、団長を務めるシルの名は、数年前からそれなりに知られていた。
理由は言うまでもなくシルの持つ膨大な魔力量。その長所がわかりやすく強大なものだったことに他ならない。
だが、それはあくまでわかりやすい部分の話。
シルと一度でも戦ったことのある強者達は、その勝敗にかかわらず同じことを口にする。
曰く『シル・ノースの本当に恐ろしいところは、魔力でも竜具でもない』と。
「なるほど。伊達に俺のファンを自称はしていないか。ならばこちらから動こう」
全く油断を見せない大男に剛を煮やし、シルは戦況を動かすべく、次の策を講じた。
「なんだ?」
シルは具現化した手のひらほどの大きさの球を空に向けて放り投げた。
一挙手一投足が死に直結する戦場での突然の行動に、当然大男は空中の球に意識を集中した。シルの能力を知っていれば、球に何かがあると考えるのが当然だ。
(どんな攻撃が来る? 本人は動いていない。視線誘導ではない?)
球が視線誘導のブラフである可能性も考慮し、大男はシルの動きにも続けて注意を払う。
大男の判断は概ね正しい。その判断自体がシルの想定通りである点を除けばの話ではあるが。
(いや、違う。彼の狙いは……!)
刹那に脳内に浮かんだ思考を、言葉として認識するより早く、大男は球とシルから視線を外した。理由は自分でもわからない。ただ、何かが違うと本能が告げていた。
「マジか。これに反応するかよ」
そして大男の予感は見事に的中した。
大男が本能に従い、視線を手前の地面に送った瞬間、地中から刃が蛇のように、大男の心臓目掛けて襲いかかったためだ。
(やはり本命はこちらか!)
視線を落としていたことで、素早く刃を認識することができ、大男は素早く刃を叩き折って迎撃した。
(危なかった……あのまま空を眺めていれば、ここで終わっていた)
刃を認識できたからこそ簡単に防ぐことができたが、もし大男が球とシルに意識を割き続けていれば、間違いなく心臓を貫かれて殺されていた。
(たった一手で二重の視線誘導。素晴らしい二段構えだ)
シルの恐ろしいところは、それだけで凡人を圧倒できる魔力と言う才能を持っていながら、その才を一つの手段としてしか見ていない点。
シルが本気で身体強化をすれば、戦闘において遅れをとることはほとんどない。それにもかかわらず、シルは慎重に戦況を見定め、幾つもの多様な手を打ってくる。
この刃もそうだ。刃はシルの足裏から具現化され、地中を通って大男まで到達していた。
注視すると、シルの右の靴の裏に紋章が浮かんでいる。おそらくは球を投げた直後に具現化したのだろう。
防げたのはただの偶然だ。大男のシルへの理解度を、シルが想定しきれていなかっただけのこと。
「まさか完璧に防がれるとはな。まあ憂いても仕方ない。切り替えていくとしよう」
渾身の策が防がれたことを気にせず、シルは更なる行動を開始する。
「一番」
刀を具現化し、シルは距離を詰め、大男の横腹を狙って真横に斬撃を放つ。
(やけくその一撃、ではないな)
大男は横腹を硬化――念のため硬度を高めて――させ、シルの斬撃を防ぐ体勢に入る。
このまま刀を振り切れば、先ほどの大剣の様にへし折られるだろう。当然そのまま刀を折られるつもりはシルにはない。
「【
刀が大男に接触する前に、シルは能力を発動し、刀を戦斧へと即座に変化させた。
「大きい⁉︎」
刀ではなく、巨大な戦斧が大男の脇腹に直撃し、今度は大男の体を真横に大きく吹き飛ばした。
「とりあえずこれで借りは返したぜ」
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