第二十八話 用心棒

「お前ら、派手にやっちまえ!」


 シルが叫ぶと同時、四つの影が宙に舞った。


「行くよノル姉!」


「オッケー!」


 リナの呼びかけに答え、ノルノは馬車の周辺に降り立ち、蛇竜の毒牙を地面に突き立てる。


「何だ? ただのこけおどしかよ!」


 だが、その後に何も起こることは無い。

身構えた盗賊が再び足を前に踏み出したことを確認し、自慢げにノルノは満面の笑みを浮かべた。その盗賊の行動が、ノルノの読み通りだったが故に。


「なんだこりゃ! 地面が……」


 盗賊が足を踏み出した先の地面は、なぜかそこだけが沼の様にぬかるんでおり、盗賊が思いっきり踏み込んだ足を飲み込んだ。

 馬車が通る道のど真ん中に沼があるはずもなく、これはノルノの竜具【蛇竜の毒牙】の能力によるものだ。

 自分の血液を消費することで様々な毒を生み出す能力。今回の毒は『二秒後に一メートル先の地面を融解させる』ものだ。


「さっきお爺ちゃんが言ってったじゃーん。足元に気を付けなって。リナ!」


「任せて」


 盗賊が体勢を崩して隙をさらしたことを見逃さず、リナは一刀のもとに盗賊を切り伏せた。


「ご安心を。峰打ちです」


 華麗な斬撃を披露し、リナは一息を付く。だが、これは一人倒せば決着がつく一対一の決闘ではない。


「取ったぜ!」


「しまっ……!」


 今度は敵を仕留めた隙をリナがつかれた。しかし、リナの背後から現れた盗賊の持ったナイフがリナに届く寸前、盗賊の額を馬車の方から放たれた矢が射抜いた。


「リナ、油断禁物!」


 矢を放ったのは、馬車の上から戦場を見下ろすレイだ。

 【雷竜の義腕】によって作られた矢では物理的なダメージを与えることはできないが、この矢に打たれることは、雷に打たれることと同義だ。


「が……」


 その矢を脳天に受け、無事でいられるはずはなく、盗賊の意識は一瞬で刈り取られた。


「ルートも攻めすぎ……まあルートはいいか」


 馬車を守る位置取りをしている四人と違い、ルートは盗賊の真っただ中に突っ込んでいる。

 四方八方を敵に囲まれ、絶体絶命に違いない状況にあるにもかかわらず、誰一人としてルートを心配する者はいない。


「ギャハハハ、仲間から見捨てられるとは可哀想なガキだな!」


「んなわけあるかよ。このバカども」


「違うってんなら、なんで誰も助けに来ないんだよ?」


「みなまで言わせるなよ。お前らごとき、俺だけで十分だって事だよ」


 周囲の敵に全く恐れをなさず、ルートは悠然と構えを取る。

 余裕を通り越し、舐め腐ったルートの態度が更に盗賊達の怒りを買った。


「上等だ! 八つ裂きにしてくれる! てめえら、そのガキを殺せ!」


「じいちゃんが言ってた『嘘つきは盗賊の始まり』ってのは本当だな。できもしないことを大声で宣言しない方がいいぜ?」


「口の減らないガキが!」


 挑発を続けるルートに一斉に盗賊が襲いかかる。シル以外の全員が戦闘を始めたのを見物しながら、シルは戦況を馬車の前で見定めていた。


「見たところ大半は雑兵だな。このまま俺はここに突っ立って終了……とは行かないよな」


 地面を鳴らしながら近づいてきた足音の方へとシルが目を向けると、そこにはシルの倍近くの身長の大男が立っていた。


「お前が頭か?」


 シルの質問には答えず、大男は駆け出し、シルに向かって拳を繰り出した。


「――ほう、俺のスピードに反応するだけでなく、完璧に受け止めるか。さすがはシル・ノース」


 巨体に似合わぬ速度で仕掛けてきた大男の拳を、シルは寸分違わず刀で受け止めた。見事に自分の奇襲を真正面から防いだシルを、大男はシルを知っている口ぶりで称賛した。


「名を知られているとは光栄だな。どこかで会った事が?」


「一応面識はある」


 大男の言葉にシルは記憶を遡ったが、やはり大男の記憶は思い出せない。これだけの巨体であれば、一目見ればそうそう忘れることはないだろうに。


「――うーむ、申し訳ないが思い出せないな」


「仕方あるまい。三年ほど前に戦場を共にした事があるだけだ。だが、縦横無尽に戦場を駆けるお前の姿は、今も俺の目に焼きついているぞ? 【銀竜】殿?」


「その名まで知ってるとは、さては俺のファンか?」


 竜と猫の名が広く知られるようになったのは、約半年前のこと。それも傭兵団としての知名度のことなので、一部の傭兵の間で呼ばれているシルの異名を知っているのは、かなり少数派だ。


「正直大ファンだ。だから、こんな場ではあるが、真剣勝負を申し込みたい」


 シルの刀から拳を離し、戦場であるにもかかわらず、大男はシルに対して頭を下げた。


「――一つ聞かせてくれ。お前がこの盗賊団の頭領か?」


「頭領は俺じゃない。俺はただの雇われだ。だが、この盗賊団の中で一番強いのは俺だ」


 一番強いのはこの大男。その答えが聞けただけでシルには十分だった。

 つまり、この大男を倒せば、盗賊団の士気は大きく下がり、制圧が更に容易になる。


「よし、やろう。すぐにやろう。どちらにしろ、このまま戦わないわけにはいかない」


「感謝する」


 シルの返答を聞き、再び大男はシルに深く頭を下げて、心からの感謝を口にした。その礼儀正しい態度は、どうもシルの持つ盗賊団のイメージとはかけ離れていた。


「盗賊の用心棒にしておくには勿体無いな。どうしてこんな仕事を?」


 先の動きからも推測できるように、この大男の戦闘能力はそれなりに高い。多少は仕事を選ぶこともできるはずだ。

 加えて、これまでの言動から、他者から奪うことをよしとする正確でもないだろう。


「彼らには、空腹で行き倒れていたところを救ってもらった恩がある。危機を救ってもらったのだから、俺も危機を救う。それだけだ」


「――これは失礼した。俺の陳腐な価値観で、お前の覚悟を踏み躙った」


 恩に報いる大男の行動を侮辱したことに対し、シルは謝罪を口にし、己の偏見で他者を評価した自分を心から恥じた。


「自分で言うのもなんだが、最近少し浮かれ気味でな……自戒しよう」


「構わない。とても誇れる仕事内容でないのは、自覚している」


「そうか。ならばお詫びと言ってはなんだが、初めからちょっと本気でやろう」


 寛容な大男に一層の好感を持ち、シルはより真面目に大男と精神的な面で向き合った。


「それじゃあ、やろうか。【竜と猫】団長……」


「名乗る必要は無い。これは傭兵同士の争いだ。決闘などという高潔なものでは決してない」


 決闘の礼儀に則り、名乗ろうとしたシルを遮り、大男はあくまで謙虚な態度を貫く。

 いや、それは謙虚を通り越し、もはや自虐の域に達している。


「そうか。お前がそう言うなら、それに従おう。【竜の紋章】展開」


「――行くぞ」


 瞬きすら許されない静寂、その一瞬を経て、二人の傭兵はぶつかり合った。

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