第二十七話 護衛

「団長、昨日はシューネさんとお楽しみだったみたいですね?」


 予定通りミレールトを出立し、後数時間でリュースルトに到着しようかという頃、リナはニヤニヤとしながらシルに話しかけた。

 昨日は一番早くベッドに入り、朝まで一切目を覚まさなかったリナが、昨晩のシルの動向を知る由は無い。ただ、シルが眠そうに欠伸しているのをからかおうとしているリナの魂胆を、シルは即座に見抜いた。


「あー昨日の見てたのか? だったら声かけてくれよ」


「ほ、本当にお楽しみだったんですか……? そうですか……」


「なんで自分で聞いといてショック受けてんだよ。心配しなくても昨日はちょっと話しただけだって」


 勝手に自滅してへこんでいるリナに、シルはしっかりと真実を告げた。


「本当にただ会話をしただけですか? 体と体で激しく語り合ったとかじゃなく?」


「貴族様にそんな簡単に手が出せるかよ。出したいのはやまやまだけどな」


 いくらシルとシューネが両想いといえど、シューネには貴族という立場がある。よってあまり大っぴらに二人の関係を公表することはできない。

 散々いちゃついておきながら何を今更とリナは思ったが、それも騎士団内に限った話だ。


「身分差のある恋愛は大変ですね。今からでも身分の近い人に乗り換えてもいいのでは?」


 例えば私とか、とまではリナは言葉にしなかった。

普段から露骨にシルへの好意を表現するリナであるが、核心的な言葉を口にすることはない。それは自分の恋が叶わぬものと、どこかで気付いているから故か。


「未練がましく八年間も追いかけといて、そう簡単に諦められるかよ。もちろん年月だけが理由じゃなくて、ちゃんとシューネのことが好きだからだけどな。さて、どうしたものか」


「そうですねー。やはりご当主のシューネさんの叔母様を説得するしかないでしょう。シューネさんはどう思いますか?」


 あたかも当然の様にリナは側のシューネへと話を振った。


「これ本人に振る話題? まあ、少なくとも正当な手順踏むなら、いずれは叔母様と顔合わせしないとだね」


「そういえばシューネさんの叔母様はどんな方なんですか?」


「簡潔に言えば真面目な人だよ。多分シル君とも相性良いと思うけど」


 当然シルは、シューネの叔母に対して苦手意識を抱いている。八年前にその使いに叩きのめされたのだから、不思議なことではない。

 しかし、こうしてシューネが健やかに成長しているのは、その叔母のおかげであることは否定できない。よってシルが、シューネの叔母に対して抱く感情は複雑なものだった。


「真面目な人ねぇ……」


「そのうち紹介するよ」


 確実に迫る恋人の保護者への挨拶を想像し、シルが空を仰いだ時、ミラー隊の隊員が血相を変えてシル達の方へと駆けてきた。


「副隊長! 大変です!」


「どうしたの?」


「先行していた者からの報告で、この先で馬車が盗賊に襲われています。かなり豪華な馬車なので、おそらくは貴族だろうとのことです」


 隊員からの報告を聞き、シューネはすぐに騎士としての表情を浮かべた。


「それは見過ごせないね。すぐに助けに行こう」


「シューネ、ここは俺達が先に行こう」


 報告をシューネの横で聞き、シルは自分達が先行することを進言した。もちろん貴族を救って恩を売る目的もあるが、一応それなりの建前はある。


「俺達が先行して、敵を撃退しながら馬車を守る。ミラー隊はその間に馬車を包囲して、逃げ道を塞いでくれ」


「わかった。皆気を付けてね」


「もちろん。よし! お前ら張り切って行くぞ!」


 シルの叫びに従い、シル達五人は救援に駆け出した。


◆◆◆


「ほら爺さん、この派手な馬車、貴族様だろ? 大人しく金目のもの出せば無傷で解放してやるよ」


「死にたくなけりゃ言うとおりしな!」


「俺達【黒き混沌の盗賊団】の名目ぐらい聞いたことあんだろぉ?」


 馬車を数十人で囲み、それぞれが投げつける脅し文句を前にして、執事服を着た初老の男性はあくまで冷静を保っている。


「大変申し訳ありませんが、お断りさせていただきます。それよりも、黒き混沌という名は改めた方がよろしいかと。はっきり言って陳腐過ぎます」


「よ、余計なお世話だジジイ! 自分の状況わかってんのか!」


 男は周囲を見渡し、改めて現在自分達が置かれた状況を確認する。


(視認できるだけでも敵は三十人以上。対してこちらの戦力は私のみ。馬車を守りながらとなると、少し面倒ですね。ですが)


 ほんの一瞬、空を見上げ、目の前の盗賊に向けて男は口を開いた。その口調はなおも冷静さを失ってはいない。


「お気遣いありがとうございます。ですが、そちらこそ注意なされた方が良い。足元をご覧ください」


「あ? 足元? そんな見え透いた手に引っかかる……ぷぎっ!」


 盗賊が男の見え透いたブラフを鼻で笑った瞬間、その頭上から大盾が降り注ぎ、盗賊の体を押し潰した。


「正義の味方参上……おっとやり過ぎたかな? おーい生きてるか?」


 空から盾に乗って降り注いだ張本人、シルは自らの能力で作った盾を解除し、下敷きなっている盗賊の安否を確認した。


「まあ最悪殺してもいいけど、とりあえずは生け捕りの方が体裁良さそうだしな。お、ギリ生きてるな。よかった、よかった」


「突然現れるなり物騒な物言いですが、あなた方は?」


 完全に気絶している盗賊の頬を叩いて息があるか確認していたシルに対して、男は当然の質問を投げかけた。


「これは申し遅れました。傭兵団『竜と猫』団長のシル・ノースと申します。高くつきますが、よければ手を貸しましょう」


 戦場のど真ん中でも気にせず、シルは丁寧に男に向けて手を差し伸べる。


「これはありがたい。それではお一つお借りしましょうか」


 シルの申し出に即答し、男はシルの手を取った。

 その握った男の手から、男が明らかに年相応の老人ではないことを、シルは感じ取った。


(強いな、この爺さん。いや、それよりもこの人、どこかで……?)


「な、なんだこいつ!」


「ビビってんじゃねえ! 一斉にかかれ!」


 昔の記憶に入り込みかけたシルの思考を、シル達に迫る盗賊の叫びが遮った。


「おっと考え事してる場合じゃなかった。それじゃあ一仕事いきますか!」


 迫りくる盗賊に対してシルも刀を抜き、迎撃準備に入る。

 それを合図として、戦いの火ぶたが切って落とされた。

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