幕間 二人だけの時間
「餓食が負けましたか。まあ復活の実験が出来た地点で用済みではありますが。ですが、これは良い収穫ですね」
「ビリー司教、お迎えに上がりました」
「ええ、ご苦労さま」
自らの手で復活させた餓食の消滅を見届け、ビリー・トロフは部下を伴って帰路に就いた。
今回ビリーが騎士団に潜入した目的は、破竜の復活を人為的に引き起こせるかの実験のためであったが、収穫は予想以上のものだった。
「司教様、何かあったのですか?」
「ああ、顔に出ていましたか? 私は嬉しいのですよ。あそこまで彼が成長してくれていることが。やはり、シル・ノースは我らが主の器に相応しい」
ビリーが今回の実験で得た何よりの成果は、シルの成長をこの目で見られたことだ。十年前に始めたセカンドプランだが、この調子ならば計画の実現も夢ではない。
「さて、帰りましょうか。我ら【竜神教】が信仰する主の復活の日は近いでしょう」
二回の餓食戦の裏で動いていた影、その存在と彼らの目的を知る者は、まだ騎士団には一人もいない。
これから先の未来、世界を混乱の渦に巻き込む【竜神教】の存在は、まだこの時は誰にも周知されてはいなかったのだった。
◆◆◆
「――んっ……、どこだ? ここは?」
シルが目を覚ますと、初めに目に入ってきたのは、見たことの無い天井だった。そしてシルが僅かに重さを感じる足元に目を向けると、そこには眠りこけるシューネの姿があった。
「――あっ! 目が覚めたんだね、よかった……シル君? 黙りこくっちゃってどうしたの?」
飛び起きたシューネに反応を示さず、呆けてしまったシルの様子を不思議に思って、シューネは首を傾げた。
「もしかして、どこか後遺症が残ってるの? 大丈夫? 私の事わかる?」
「――あ、いや、すまない。なんというか、シューネの寝顔に見惚れてた」
確かにシューネの言う通り、【零番】を使用した代償として、未だシルの体には激痛が走っている。だが、シルが膠着した理由はそれとは関係なく、ただシューネの美しさに目を奪われていたに過ぎない。
「見惚れてたって……もう、そんな事で心配させないでよ……」
「しょうがないだろ。俺が何年この光景を夢見たと思ってんだよ」
長年望み続け、遂に掴み取ったこの幸せを堪能するシルとは違い、シューネはシルの言葉にやや胸を痛ませた。
無理もない。一度はその夢を踏みにじったのはシューネ自身なのだから。
「シル君、昨日はあんなこと言って本当にごめんなさい。私に出来る償いなら何でもする。だから昨日の言葉、撤回させて下さい」
昨夜シューネはシルの幸せを願ってのこととはいえど、シルの気持ちを裏切った事は事実だ。シルに嫌われたとしても仕方ない。
けれど、たとえ嫌われていたとしても、昨日のことを謝罪しなければシューネの気が済まない。
「ああ、いいよ。俺が身の程知らずの気色悪いストーカーなのは事実だからな」
「本当に申し訳ありませんでした」
シルの言葉にシューネの頭はさらに低く沈んだが、顔を背けて震えるシルを見て、すぐに自分がからかわれているだけだと気付いた。
「一応私、本気で謝ってるんだけどな」
「ふふっ……すまん。真剣な反応が面白くてついな。でも気にしてないのは本当だぞ」
「怒ってないの?」
「俺を想っての事だろ? ま、それならいいさ。理屈じゃなくて、気持ちの問題だ」
昨夜はあまりものショックに考えが至らなかったが、慈愛の心を具現化した如き性格をしているシューネがあんなことを正面から言うはずがない。シューネから別れを切り出すなら、もっと言葉を選んだ結果、気まずい雰囲気になるはずだ。
そこまで考えられれば、シューネの真意を想像することは、シルにとって何ら難しいことではなかった。
「それは違うよ、シル君。私はただ自分が傷つきたくなかっただけだよ」
「まあ、シューネがそう言うなら、そういうことにしとこうかな」
シューネが自分に厳しいことは今に始まったことではない。
やはりシューネの根底が昔から変わっていないことに、シルは言葉に出来ない安息感を覚えた。
そして、もう一つシューネの変わっていないところにシルは気づいた。
「――シューネ、そのピアス……」
窓から入ってきた風がシューネの髪を舞い上がらせ、一時的に露になった右耳のピアス。身を寄せ合う竜と猫の姿が刻まれたそのピアスは、九年前にシルがシューネにプレゼントしたもので、同じものがシルの左耳にも付いている。
「うん……これだけは、どうしても外せなくて……ねえ、シル君」
「ん?」
「これ、貰ってくれないかな?」
シューネがピアスを付け続けていてくれた嬉しさを噛み締めるシルに、シューネが差し出したのは二人の耳のピアスと同じデザインのピアスだった。
「私が弱かったから、またシル君を傷つけた。次こそは絶対に私がシル君を守ってみせる。だから、私がシル君の隣を一緒に歩くことを許して欲しい。どうかお願いします……‼」
ピアスを付ける場所には意味がある。
左耳は愛する人を守るという誓い。そして、右耳は愛する人に守られているという象徴。
シューネが差し出したピアスは二つ。これをお互いに空いている方の耳に付けるとすれば、シルは右耳にシューネは左耳に付けることになる。
それは、シューネのシルを必ず護るという誓いの証明だ。
その誓いを無下にする理由がシルにあるはずがない。
「もちろん、ありがたく受け取らせてもらう。ありがとう」
シューネからの最高の贈り物と、再び想いが通じ合った喜びに満足するシルであったが、一つ願いが叶えば、更に求めてしまうのが人間だ。
「あ、そうだ。シューネが自分を許せないのはよくわかった。だから、一つだけ俺の願いを聞いてくれないか?」
「うん。何でも言って」
シルの要求を了承したシューネだったが、シルは何故か肝心の願いを中々口にはせず、ただシューネの目を真っ直ぐ見つめるばかりだった。
「――あっ」
しばらくシルの目を見返し、シューネはようやく気が付いた。
赤く頬を染め、顔を膝の上のシルに近づける。必然二人の唇は触れ合い、二人は八年ぶりのキスをした。
以上が二人だけが知るエピローグ。
こうして二度目の餓食戦は幕を閉じた。
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