第二章 竜神教
第二十一話 変わったもの
「もう一度聞くが、今回の破竜化についてお前は記憶が曖昧で、あの夜に何故シルに絡んだのかもよく覚えていないということで間違いないか?」
「――はい」
ザンドーラの中心に位置する王城の地下牢で、ヴァイスは格子越しのジャックからのもう何度目かもわからない質問に、今まで同様に肯定で返した。
破竜と化すも幸運にも命を拾ったヴァイスは、餓食戦後に速やかに拘束され、地下牢へと幽閉された。今回の件がヴァイスの意思なのか、何者かの陰謀なのか、どちらにしても事件を引き起こした張本人を野放しにしておくことはできない。
幸い破竜化が短時間だったこともあり、ヴァイスは魔力を搾り取られるだけで済み、特に後遺症も確認されなかった。
おかげで事件の事情聴取も餓食戦の後日には行うことができたが、一週間が経過した今でも価値のある情報を聞き出せてはいなかった。
「何度聞いても答えは同じか。シル、お前はどう思う?」
「記憶を操作された形跡のある奴の情報を全て鵜呑みにはできないが、やっぱり怪しいのはビリー・トロフと名乗ったあの男だろうな」
「うむ、私も同意見だ。しばらくはあの男に絞って調査を続けるか。ところでだ、シル」
記憶が曖昧だと語るヴァイスから唯一引き出せた情報は、宴の夜にヴァイスをシルの下に連れてきたビリーと名乗った男と接触してからの記憶が定かでない事だった。
実際ビリーは餓食戦以降の消息が途絶え、現在もその行方はわかっていない。タイミングから見ても、少なくともこの事件と無関係とは考えづらい。
共にヴァイスの話を聞いていたシルの意見も聞き、今回の事件のある程度の落としどころも定まったところで、ジャックは椅子から立ち上がりながら隣に立つシルの方に目を向けた。
「ん? ああ、毎度気を散らせてすまないな」
「ジャックさん、ごめんなさい。どうしてもシル君が心配で……」
餓食戦で重傷を負い、更に全魔力を消費する【咆哮】によって魔力がすっからかんの状態でクレアの下に運ばれたシルであったが、【簒奪の大鎌】によって魔力を譲渡してもらうことで事なきを得た。
問題はずっとシルの看病をしていたシューネが、シルが動き回れるぐらいに回復して以降も常に付き添うようになったことだ。
どこで見かけても今の様に手を繋いでイチャイチャしている二人に、若干呆れつつあるジャックであったが、幸せそうに笑う二人を見ていると、この光景もそれほど悪くない気もしてくるのだから不思議なものだ。
「まあ、仕方あるまい。これは私が慣れた方が早そうだ」
だから、ジャックが真に言及したかったのは、バカップルのイチャつきにではない。
「むうぬぬぬぬぬぬ……また私の前でイチャついて……‼」
シューネ同様、ここ最近シルの背中に張り付いて妙な唸り声をあげているリナについてこそジャックは言及したかったのだが、こちらについても自分が慣れた方が早いかもしれない。
(それにしても人間を破竜化させるとは、一体どんな方法で? そもそも目的は何だ? いずれにせよ、前途多難だな)
ここ数日で発生した様々な悩み――一部は目の前の三人に原因があるが――に頭を痛めながら、ジャック達は地下牢を後にした。
◆◆◆
「事件から数日経っても進捗はほぼ無しか。傷も癒えないうちに付き合ってもらったのにすまない」
地下牢への階段を上りきった所で、ジャックは未だに要所に包帯を巻いているシルへ謝罪した。
自分達騎士とは違う目線で戦ってきた傭兵からの見解を聞こうと、シルに同行を頼んだが、あまり成果は得られなかった。
「ジャックは悪くないだろ。さすがに今回は不可解な点が多すぎる」
「未だに誰が何の目的でどうやってプラウドさんを破竜化させたのかもわかりませんしね。そもそもあの破竜化が人為的なものかもわかりませんし」
シルの背中に張り付いたまま、リナも自らの見解を述べた。
地下牢ではビリーを調べるとは言ったが、それも消去法に過ぎない。
ただ、ビリーが【餓食】の出現後から消息を絶っている事、宴の夜にリナに敗北したヴァイスを宿舎に連れ帰ったのがビリーである事。
これらの証言を総合した結果、ビリーが最も怪しいという結論になった次第だ。結局は推論の域を出ない。
「気長に探っていこうって言いたいところだけど、破竜が絡んでくると呑気にしてるわけにもいかないしね」
「シューネの言うとおりだな。極論だが、今に破竜の大群が押し寄せてきてもおかしくない」
「――完全に否定できないのが恐ろしいな」
破竜の大群の前例が無いわけではないが、それはかつて世界を滅ぼした【破竜大戦】の再現だ。文字通り世界を滅ぼした彼の大戦の再現など想像したくはないし、そんな異常事態がそうそう起こるとも思えないが、それを言うなら今の状況も十分異常事態には変わりない。
国を守る騎士である以上、最悪の事態は想像しておかなければならないだろう。たとえそれが誰もが目を逸らしたくなる世界滅亡であったとしても。
「とにかく、私は隊長達を集めて今後の方針を詳しく決めるとしよう。君達はどうする?」
「同席したいが、この後キルブライドさんに呼ばれてるんだ。今回は遠慮させてくれ。代わりにレイを行かせる」
今後の方針を話し合い、かつ騎士団の隊長格への顔合わせもできる場には積極的に参加しておきたいが、シル達はキルブライドに招集をかけられていた。
隊長格と顔を合わせる初の機会に参加できないのは残念だが、ここはレイに任せるしかないだろう。
「あの隻腕の美男子か。それなら心配はないな。この数日で何度か話したが、かなり話のわかる人だった」
「うちの知識人兼軍師みたいなもんだからな。自他ともに認める竜と猫の頭脳だよ」
「ちなみに知識量と頭の回転の速さでは確かにレイさんが一番ですが、心理戦での駆け引きは団長が一番得意です。そこに【竜の紋章】の汎用性と応用性が加わることで、団長のテクニカルかつパワフルな戦闘が実現しているわけですね」
「ふむ、勉強になった。礼を言うよ。それでは私はここで失礼する」
話の主題はレイであるにもかかわらず、リナは隙ありとばかりに話題をシルの自慢話へとすり替える。ジャックも特にそれを指摘することもなく、速やかにこの場を離れる選択を取った。
「あ、まだ続きが……」
「いや先を急がなければならない。続きはまたの機会にしてほしい」
時折シルの病室を訪れていたジャックは、リナの話に興味を持てばどうなるかを、この数日で身をもって体感している。
一度火が付いたリナの自慢話は留まることを知らない。まるで油でも塗られているかの如く滑らかに動くリナの舌は、ジャックが割と真面目に止めに入るまで永遠と動き続けた。
何が恐ろしいかと言えば、長時間シルについて語っているにもかかわらず、一切同じ話題が出てこない事だろう。なぜあれだけ話して話題が被らないのかジャックには理解できない。
その狂気的な愛から生み出されるシルの自慢を聞くのも、最初は宝物を自慢する子供の様で微笑ましかった。しかし、後半になると重すぎるリナの愛に、ジャックはもはや恐怖すら感じるようになってしまっていた。
(一日で【私と団長の出会い編】から【私が団長に恋をした日】まで一気に話されたのはかなりきつかった。申し訳ないが、もうあんな思いは御免だ)
早歩きでリナの口撃から逃げるジャックを、見慣れた目でシルは見送った。
「剣すら合わせず騎士を退けるとはさすがだな」
リナを窘めることをせず、むしろ褒めるシルの姿がシューネには全てを諦めているように移った。
これまで何度も言い聞かせてきたのだろう。その苦労がシルの柔らかい声色には感じられた。
「シル君、大変だったんだね。ところでリナちゃん、その話詳しく教えて?」
「ふふん。さすがですねシューネさん。それでは続けましょうか!」
「君達、実は結構仲いいよね?」
普段は犬猿の仲でありながら、シルの話題になると意気投合する二人に挟まれながら、シルはキルブライドとの待ち合わせ場所に向かって歩き出した。
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