第二十五話 ミレールト
「おっ、そろそろ見えてきな」
あれからも数度の休憩を取り、日が完全に落ちようとかという時頃に、ようやく一行は目的地に到着した。
「やっとリュースルトですか。長い道のりでしたねー」
「何言ってんだリナ? 出発前の話聞いてなかったのか?」
昼休憩の後、ずっとルートの背中で寝息を立てていたリナは、ようやくリュースルトに着いたかと顔を上げた。
しかし、残念ながら到着したのはリュースルトではない。
「今日は途中の街で一夜を越して、リュースルトに着くのは明日だって言ってただろ?」
リナはまだとろんとしている目をこすり、ようやく今朝の記憶を呼び起こした。
「そうでした、そうでした。もう、リナちゃんうっかり!」
「ルート、そろそろリナを起こしてやれ。本人が寝言で恥かく前にな」
「完全に起きてますよ!」
ある種の優しさか、リナの訴えには耳を貸さずシル達は再び歩き始めた。
「ほら皆もう少しだよ。頑張ろう!」
「ミレールトか。前に来たのは一年前だったか?」
「シル君達も来たことがあるの? ここはブドウ酒が美味しいんだよ」
ちょうど一年前、旅の途中で訪れた時の事をシルは思い出していた。
確かあの時はレイのせいで、到着したその日に早々ミレールトを発つことになった。
「俺達もそのブドウ酒が飲みたくて立ち寄ったんだ。けど、レイがやらかしてな」
「あれは僕のせいじゃないだろう……」
「何があったの?」
複雑な顔で口をつぐんだレイに代わって、ノルノが一年前の事件の詳細を話し始めた。
「レイったらこの顔でしょ? 一年前に私達の宿屋にちょうど居合わせた貴族の婚約者が、レイに一目惚れしちゃってさ。それで婚約破棄うんぬんの話にまでなったみたいで」
当時レイに一目惚れした貴族の婚約者は、どうやら親に決められた結婚に不満を抱いていたらしかった。それが理由か、彼女は自分をこの運命から連れ出してくれる白馬の王子様に人一倍の憧れを抱いていたのだ。
そんな娘が、偶然出会ったレイに一目惚れしてしまった事は、無理のないことだったのかもしれない。
「そうしてめでたく貴族様のお怒りを買った俺達は、飯も食わずにミレールトを後にすることになったとさ。にしても、あの逃げてる時の団長の顔といったら……くふふ」
貴族の私兵に追いかけられながら、当時のシルの顔には様々な感情が表れていた。
旅の疲れ、楽しみにしていた夕飯をお預けされた悲しみ、そしてこの件の清算にかかるであろう労力を計算した末の面倒さ。それらが一体となったシルの芸術的な表情を、ルートは今でもよく覚えている。
「当たり前だ。傭兵にとって信用がどれだけ大事だと思ってる。相手が貧乏の没落貴族とはいえ、あの後俺がどれだけ根回しに苦心する羽目になったか」
「大変だったんだね。まぁ一目惚れに関しては、シル君はあまり人のこと言えないと思うけどね」
一目惚れと聞いてシューネが思い出すのは、シルと初めて出会った時の記憶だ。
初対面でシューネの顔を見るなり、一目惚れしたと求婚してきたシル。そう簡単に忘れられる記憶ではない。
「あれは、シューネが綺麗過ぎたんだから仕方ないだろ? とにかくだ。何はともあれ一年越しのブドウ酒だからな。今日はたらふく飲ませてもらおう」
今晩の食事を想像して舌なめずりをするシルを微笑ましく思いつつも、シューネはすかさず釘を刺す。
「お楽しみのところ申し訳ないけど、シル君は食事代自腹だってさ」
「マジかよ。遠征の出費はそっち持ちじゃないのか?」
「キルブライド団長が『いくらシル殿といえど、毎回貴殿の食費を負担していては、国の財政が傾く』ってさ」
若干声を真似て、シューネは数日前のキルブライドの発言をそのままシルに伝えた。
シルの食事量が成人男性の平均量の三倍程度ならともかく、実際は十倍でも収まらない量をシルは平気で一食で食べ尽くす。
「国が傾くはさすがに大げさだけど、あまり仲間内で食費に偏りが出るのも少し不平等だし、ここは我慢してもらえないかな?」
「むむむ……わかった。俺も駄々をこねるほど子供じゃないとも。今日は少し抑えて食べるとしよう。はぁ……」
財布の中身と険しい顔でにらめっこをした後に、シルはやや心残りのある顔でシューネの要望を了承した。
(どう見ても子供にしか見えないけど、シル君には言わないでおこう。ちょっとかわいいし)
(お預けされる団長かわいいですね……)
シューネとリナにそんな感想を持たれていることもいざ知らず、シル達は一年ぶりにミレールトの門を潜ったのだった。
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