第二十四話 喧嘩

 シルと戦っている騎士は三人。本気の殺し合いではないので、シルを含む全員が非武装の状態だ。

 条件は皆平等で、武器は己の拳一つ。


「二人とも息合わせろ! バラバラに仕掛けても全部防がれるだけだ!」


「そんなこと言っても」


「動きが速すぎて対応が追い付かん!」


 数で見れば、三対一で圧倒的に騎士達の有利。しかし、実際に息を切らして顔に焦りを浮かべているのは騎士達の方で、シルは余裕の表情すら浮かべていた。


「そろそろ終わらせるぞ」


 三対一の戦況をものともせず、シルは三人の攻撃を躱し続ける。

 そこにあるのは駆け引きの上手さや、格闘のセンスの差ではない。ただシンプルにシルの魔力で強化された身体能力が、どうしようもないレベルで三人を上回っていたに他ならない。

 まるで赤子と大人の様に、生物としてのレベルが違うのだ。


「マジかよ……」


「無念……」


「強すぎる……!」


 三人が動きを合わせるために見せた一瞬の隙を、シルは見逃さない。

 全員の急所に的確に一撃ずつ食らわせ、シルは何の危なげもなく、全員を地に沈めて見せた。


「ちくしょおおおおお! さらば、俺の初恋ぃぃぃぃ!」


「無理。こんなのに勝てるわけない……」


「認めよう。あんたは副隊長の隣に立つに相応しい男だ」


 今しがた殴り倒した騎士の呻き声を聞き、シルは額の汗を拭いながら、騎士達に手を差し伸べた。

 各々がボロボロの状態で地面に沈んでいる三人とは違い、シルは軽い運動程度の汗をかいているだけで全くの無傷だ。


「あんた達の方こそ強かったよ。さすがはシグルズ騎士団だ」


 本人には決してそのつもりはないが、シルの発言は皮肉もいいところである。


「そっちこそ大したお世辞じゃないか」


「一発は顔面に入れてやろうと思ってたけど……」


「まさか三人まとめてさばかれるとは」


 当然三人もシルの言葉を素直に称賛と受け取るはずはない。

 しかし、首を振ってシルは先の言葉の真意を口にする。


「そういう意味の強さじゃないさ。ここの話だ」


 そう言ってシルが親指で指差したのは自分の胸の中心だった。

「心か? それこそあんたの足元にも及んでいないと思うが……」


「同感。八年間も一人の人を離れていても思い続ける自信、僕には無いな」


「所詮俺達は副隊長の美しさに惹かれた質だ」


 三人の反応は当然だ。

 そもそも今回の件の発端は、シルとシューネの関係が徐々に騎士団内に広まったことに起因する。

 誰にも引けを取らない美貌を持ち、更に聖母の様な優しさも兼ね備えているシューネの人気は騎士団内でもトップクラスだった。必然シューネと懇意になろうと目論んでいる男は多かったが、それぞれがけん制し合うことで、これまで大乱闘になることは回避されていた。


 それを突然現れた傭兵がかっ攫っていったとなれば、男達からすると面白くない。

 当初は揃いも揃ってシルを袋叩きにする流れすらあったが、どこかから漏れた二人の過去が騎士団内に知れ渡ったことを機に、その勢いは一瞬で収まることとなった。


「あんな感動する話聞かされたら、認めざるを得ないよなぁ」


「同意。しかも僕達じゃ相手にならない程強いと来た」


「せめてやり場のない気持ちをぶつけようと勝負を持ちかけるも、結果は完全敗北。俺達じゃ勝てる部分が見当たらん」


 シルとシューネの過去を聞き、誰もがシューネの事を諦めたのは当然の流れだった。こんな純愛ラブストーリーにはめったにお目にかかれるものではない。そこに自分達が介在する余地はないと、大半の者が考えるに至った。

 それでもやはりモヤモヤしたものは残る。それならば、それをシル本人にぶつけるついでに一発殴ってやろうと、三人からシルに素手での対戦を申し込んだのだった。


「いいや、あんた達の心は強いよ。俺が保証する。だって、俺に挑んできたじゃないか」


「そりゃそうだけどよ」


「事実」


「それで負けてれば世話は無いがな」


 未だシルの真意が見えてこない三人を見て、更にシルは続ける。


「あんたら俺とジャックの決闘見てただろ? だったら初めから俺に勝てないことはわかりきってた筈だ。それでもあんた達は俺に挑んできた。動機はともかく、女のためとはいえ勝機の無い勝負に挑むってのは簡単なことじゃない」


 ようやく合点がいったとばかりに、騎士達はそれぞれが納得の表情を浮かべた。

 つまりシルが称えたいのは、彼らの勇気だ。それが誰もが持っているものではないとシルは知っている。


「こればっかりはあんた達も負けてなかったと思うよ。何より俺は、そういう暑苦しいのは嫌いじゃない」


 シルの嘘偽りの無い誉め言葉を聞き、三人はやや顔を赤くしながらも、それをごまかすように勢い良く立ち上がった。


「あーもう止め止め。俺こういう雰囲気苦手なんだよ。まぁ何はともあれ、これからもよろしくな、シル」


「うん、副団長の事よろしく」


「副団長を泣かした暁には、騎士団の男が全員敵に回ると思っておけよ」


「そりゃ怖い。肝に銘じておこう」


 こうしてシューネ達が友人関係を構築していたすぐ近くでは、また別の友人関係が築かれていたのだった。


◆◆◆


「団長は相変わらずああいうベタな展開が好きですね」


 目の前で新たに生まれた友情を、リナ達は何とも言えない気分で見物していた。特に面白くもつまらなくもない、そんな演劇を見た気分だ。


「まぁ昔からシル君はそんな感じだったよ。あんまり冒険しない選択肢を取るっていうか」


 特に深い意味は無いシューネの発言だが、さりげない匂わせをリナは見逃さない。

 気づいてしまったからには、喧嘩を売らないわけにはいかなかった。


「まーたそうやって本妻オーラを漂わせないでもらえますか? いい加減にしてくださいよ。このあんぽんたんキャット」


「――リナちゃんの方こそ、もうちょっと余裕持ってもいいんじゃない? 怒ってばかりじゃシル君に嫌われちゃうよ?」


「残念でしたね。団長は私の事一番大好きですから、嫌いになんてなりませんよ」


「え? シル君の一番は私だから、それは違うと思うけど?」


 両者の間で火花が散ったのを、その場の全員が目撃した。


「上等ですよ! どっちが団長の一番か、その綺麗な顔面に教え込んでやりますよ!」


「ふふっ、リナちゃんも十分可愛いよ」


 拳を振り上げてシューネを追い回すリナの姿に、レイはため息を漏らした。

 この喧嘩を見るのも、もう何度目になるか覚えていない。初めは案外見ていて面白かったが、どんな傑作でも何度も繰り返し見ていれば、飽きることもあるだろう。


「これは止めなくていいのかな?」


「いいんじゃない? 喧嘩するほどなんとやらってね」


「リナも刀抜かないあたり、動物のじゃれ合いみたいなもんだしなー」


 素で身体強化したシルに比肩する身体能力を持つシューネを、リナが捕まえられるはずもない。

 結局疲れ果ててせっかくの休息を無駄にしたリナは、ルートの背に背負われる事となったのだった。


「何で団長の背中じゃないんですか! おんぶしてくださいよ団長!」


「あほか。その筋肉ゴツゴツの背中で我慢しとけ」


「え? この流れで俺が傷付くことある?」


 恋敵同士の喧嘩は、無情にも関係のないルートが少し傷付く形で幕を閉じたのだった。

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