第二十三話 友達
「疲れましたぁぁぁ! 団長、水下さい!」
キルブライドから受けた初任務のためリュースルトへ向かう道中、リナの泣き声が真昼の太陽の下に響いた。
ザンドーラを早朝に出発して数時間、いくらリュースルトへの道が整備されているといえど、リナの体力はさすがに限界が来ていた。
「なにー? リナったらもう疲れたの?」
「ノルノ……君の方こそ足が震えているじゃないか」
「――地面に倒れてる人に言われたくないんだけど?」
日々鍛錬を欠かしてはいないが、並の人間でしかないリナではそれにも限界がある。そしてそれはノルノとレイも同様。
おかしいのはこの二人だ。
「大丈夫か? ほら、水」
「三人ともしょーがねえなあ。修業が足らんよ、修業が」
リナ達とは違い、疲れの片鱗も見せない人外二人を、三人は羨ましいような憎たらしいような目で見上げた。
水を飲んで回復した直後にルートに蹴りを入れながらリナが周囲を見渡せば、周りの騎士にも疲れが所々で見える。その光景がシルとルートの人外っぷりに拍車をかけていた。
「シル……そろそろ休憩にしないか?」
「お前は情けなくないのか? せっかくの初任務なんだからもう少し頑張れよ」
地面から聞こえてくるレイの嘆きを、シルは非情にも切り捨てた。
今回の遠征は、言わば竜と猫の試運転。一応団長であるシルとしては、見事この任務を果たし、竜と猫の評価を順調に上げていきたいところだ。
「団長! 私とっても疲れました。しばらくの休息を強く懇願します!」
「確かに結構歩いたからな。そろそろ休憩にするか。シューネ!」
しかし、評価など団員の健康に比べれば些細なことだ。
レイへの塩対応は何だったのか、リナの要望を受け、シルは少し先を馬に乗って進んでいたシューネの名を呼んだ。
「うん。それでは、ここでしばらく休息を取ります。一時間後に出発しましょう」
隊を率いるシューネの一声で、隊は一斉に歩みを止めたのだった。
◆◆◆
「ふぅ、運動の後に飲む水は格別だね」
「ですねー」
「ほらほら、ルートももっと飲みなさい!」
「いやノル姉、酒ならともかく水一気飲みさせようとするやついないから」
リュースルトへ向かう一行は、さっきまで歩いていた街道を少し離れ、そよ風が吹く草原で各々が休息を取っている。
リナ達も仲間同士で集まり、いつも通りの雑談を交えながら、数時間歩き続けた体をねぎらっていた。
「皆さん、水は足りていますか? 今うちの子達に汲みに行ってもらっているので、遠慮せずに言ってくださいね」
「ありがとうございます。また足りなくなったら声をかけさせていただきます」
ありがたいシューネの申し出にレイは懇切丁寧に対応をする。
しかし、シューネはそのレイの言動を聞いて、なぜか少しだけ眉を潜めた。
「失礼、何かご無礼を働きましたか?」
何がシューネを不快にさせたか理解できず、レイはシューネにその理由を尋ねるしかなかった。
「あ、ごめんなさい! 全然無礼ってわけじゃなくて、ただちょっと他人行儀だなって……」
「と、言いますと?」
やはり正確なところが見えてこず、レイは話の続きを促す。
「もう、レイ! 今のでわかんないの? そんなんだから顔は良いのにモテないんだよ」
「君が僕に喧嘩を売っていることはよくわかったよ。それと僕は普通にモテる」
鈍感なレイに痺れを切らして二人の間に割り込んできたのは、シューネの心中を察したノルノであった。
レイの反応は全て無視し、ノルノは勢いよく立ち上がると、その反動のままにシューネの両手を握りしめた。
「要するに私達と友達になりたいってことでしょ? もちろんオッケーだよ!」
「え? そ、そんな簡単でいいんですか?」
「ん? 何か変? 友達なんてこんなもんでしょ」
ノルノの軽々しい態度にシューネは困惑を隠しきれない。シューネとしてはかなり勇気を振り絞った発言だったのだが、こうも簡単に友人が出来るとは思っていなかった。
「相変わらず面倒な人ですね。友人関係を結びたいならそう言えばいいじゃないですか」
「ごめんなさい……私、昔から友達があまりいなかったから、こういうのよくわからなくて……」
シューネがシルと過ごした故郷は、小さな農村で子供はシルとシューネ以外におらず、友達と呼べる人間はいなかった。
叔母に引き取られて騎士団に入った後も、若くして副隊長に抜擢される実力とその容姿が相まって、シューネに気軽に接してくれる人間はほとんどいなかったに等しい。さらにシューネ自身が精神的にふさぎ込みがちであったこともあり、仲の良い友人はクレアぐらいのものだった。
「偉そうに言ってるけど、リナだって友達って呼べる奴なんて俺ら以外にいないじゃん」
「私は団長がいるからそれでいいの」
リナの交友関係を知るルートの冷静な指摘を、リナは暴論で華麗に打ち返した。
「まぁ本当の事言うと、うちの団長を落とした女に興味があるの。なんせ基本的に人を信じない男だからね」
シルはとにかく他人を信用しない。自分達の様に心を許している者は別として、それ以外に真に心を開くことがないのだ。
他人を頼りはするが、それはそれとして裏切られても問題ないように行動する。悪く言えば人間不信、良く言えばリアリスト。それがシル・ノースという人間だ。
そのシルの心を文字通り奪っているシューネに対して、ノルノが興味を惹かれるのは何もおかしいことではなかった。
「奇遇ですね。私もです。私もシル君が心から信頼を寄せる仲間がどんな人達なのか、もっと詳しく知りたかったんです」
当然シューネもまた、シルの人間性をよく理解している。
だからこそ、シルが自分以外の心を許している人間についてシューネが興味を持つのも、また当然であった。
「はい! それじゃあ今日からこの五人は友達ね! 私のことはノルノって呼んでね? 私もシューネって呼ぶから」
「うん! よろしくね。ノ、ノルノ!」
「私のことは逆にリナさん、と呼んでくれても構いませんよ? やはり私の方が団長を愛しているわけですからね」
少し恥ずかし気にノルノの名前を呼ぶシューネに、今度はリナがほとんど売り言葉に等しい要望を投げかける。
「ううん? リナちゃんはリナちゃんだよ。あと私の方がシル君のこと愛してるから」
ノルノの時とは裏腹に、シューネはリナの言葉には真正面から受けて立った。
想像とは違うはっきりとしたシューネの言葉に、リナはやや困惑を隠しきれない。
「どうして貴女は、私にはそんなに馴れ馴れしいんですか?」
「だってリナちゃんは友達って言うよりも、ライバルの方が近いからね」
シューネの回答に対して、リナは何も言うまいとため息をつきながらも満足そうな笑みを浮かべる。
シルへの好意を一切隠すことをしなくなったシューネぐらいでなければ、恋敵として相応しくない。ようやく正々堂々勝負ができるというものだ。
「男性陣もよろしくお願いします!」
「はい、レイです。よろしく」
「ルートだよ。よろしくね!」
女性陣とは真逆に男性陣とはさらっと言葉を交わして、ようやく一つの大きな課題が片付いたところでシューネはようやく一つの疑問に辿り着いた。
「あれ? そういえばシル君はどこに?」
「シルならあっちだよ」
シューネがレイが指した方を見ると、そこには数人の騎士と殴り合っているシルの姿があった。
「え……本当に何してるの?」
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